崔吉城との対話

日々考えていること、感じていることを書きます。

巨文島の里長から電話

2009年01月08日 07時09分31秒 | エッセイ
 韓国の巨文島の里長から電話がきた。私はこの島に1968年夏に調査に行って以来植民地時代に日本人たちが移住して作った日本村として研究を続けてきている。その村を最初に作った人は山口県の下関市豊浦町湯玉出身の木村忠太郎氏である。湯玉には現在彼の子孫が住んでいる。私が現在下関市に住むようになったこととはなにか深い縁があるだろうか。
 巨文島の人々は戦後一時は日本人村だということで恥ずかしささえ感じていた。その時私は調査団を作ってこの島を調査を続けた。それが韓国で親日だと批判されたこともあるが、今なお「日本村」として調査を続けている。一方この島の人々も近来韓国の反日感情が弛み、観光化が進み日本村であったことを公に表現するようになった。昨日の里長の話によると海洋観光センターを設立するので資料が必要だということであった。日韓文化の交流センターとしても期待したい。