三軒茶屋にヒサモトという洋菓子屋さんがあった。昔、父がしごと帰りに時々ヒサモトの〈レモンシャーベット〉をお土産に買ってきてくれた。ヒサモトのロゴの描かれた大きな直方体の箱に、薄紙に包まれて箱の形と同じく直方体のレモンシャーベットがぎっしり入っていた。包丁を入れて四角く切り分け、お皿に載せて頂く。こども心に、気品があって冷たくてさっぱりして魔法の食べ物のようだった。ヒサモトのレモンシャーベットは特別な味だった。父は、東京のヒサモトのレモンシャーベットと京都のイノダコーヒーのレモンシャーベットを挙げて、〈レモンシャーベットだったら、このふたつのお店のが美味しいんだよ〉と教えてくれた。
父が病気になって外出もままならなくなった頃、たまたま私が所用で三軒茶屋に出掛けた折りに懐かしくなってヒサモトのお店を探し、レモンシャーベットのことを訊ねたことがある。残念ながら、レモンシャーベットのレシピをご存じの職人さんがいらっしゃらなくなって、いまのヒサモトではレモンシャーベットは扱っていません、とのことだった。ああ、そうか、ヒサモトのあのレモンシャーベットは、元気だった頃の父の思い出とともに永久に遠いところに行ってしまったんだなと思っていた。
最近、ロッテからアイス爽冷凍レモンというものが発売されているのを知った。偶々一度頂く機会があった。なんとなく遠い記憶のヒサモトのレモンシャーベットの味に近いような気がした。アイスを口のなかで溶かしながら懐かしさがぐぐっと込み上げてきた。