2024/03/03 読売新聞オンライン
再建への思いを語る鮓井さん(小野市で)
伝統の技法で作られた輪島塗箸=鮓井さん提供
倒壊した「鮓井商店」の店舗。朝市通りの入り口に立っていた(1月、石川県輪島市で)
能登半島地震で石川県輪島市の店舗と工房が全壊し、家族で小野市に避難している輪島塗箸職人の 鮓井すしい 伸和さん(41)が再建に向け、一歩を踏み出した。インターネットで支援を募るクラウドファンディング(CF)を開始。「自分の取り組みが、廃業や転居を考えている人を踏みとどまらせるきっかけになれば」と前を向く。
店と工房全壊 「みんなが立ち上がる一助に」
鮓井さんは、約100年続く輪島塗箸の製造と販売を手がける「鮓井商店」の4代目。地震が発生した元日は、妻の実家がある福崎町に3人の息子と家族5人で帰省していた。
テレビの速報で地震を知り、輪島市にいた両親に妻が電話をかけた時、2度目の揺れが襲った。聞こえてきたのは「家が壊れる」という母の叫びだった。すぐに帰りたかったが、現地は混乱し、両親からも「来るな」と止められた。道路の寸断もあり、戻れたのは2週間後だった。
店があった朝市通りに立った鮓井さんは、変わり果てた光景にぼう然とした。「現実感がなかった。知っている家も店も、みんななくなっていた」。一帯の建物は倒壊し、火災で焼失していた。「ひたすら悲しみがこみ上げた」
焼失は免れたが、木造2階の店舗は崩れ落ち、離れた場所に立つ工房も大きく傾いて倒れる寸前だった。
現役のプロゴルファーでもある鮓井さんは、ゴルフ場が多い加東市で長く暮らしていた。しかし、高齢の両親を思って、3年前に輪島塗箸の伝統を継ぐことを決意し、Uターンした。
長年にわたって培われた技法で生み出される輪島塗箸。「色彩豊かで、見た目が鮮やかな箸は食卓が華やぐ。使ったら、いっぺんで良さをわかってもらえる」と鮓井さん。父の指導で職人修業を積む傍ら、ゴルフの試合に出場したり、輪島市の高校ゴルフ部の指導をしたりしていた。
そんな「二刀流」の生活は地震で奪われた。発生から2か月たった今も、両親は避難所生活が続く。自身は中学生の長男のことを考慮して一時避難することを決め、1月に妻子とともに、小野市が被災者に提供する市営住宅で生活を始めた。
「環境の良さもあったが、親身になって心配してくださる住民の皆さんや市職員の温かさが心にしみた」と感謝を示す。
一方で、帰省中だった知人が妻子を失ったことを報道で知った。別の知り合いからは能登を離れて転職すると聞き、寂しさを感じた。喪失感とあきらめが心に広がる中で、店と工房の再建を目指す気持ちが強まり、CF挑戦を思い立った。
最初は個人事業に寄付で支援を求めることにためらいがあった。そんなとき、同郷の友人が背中を押してくれた。「中小の事業者が立ち直る姿を見れば、『頑張ろう』と励まされる人たちがきっといる。再建できたら、今度はお前が苦しんでいる人たちを助ければいい」。漁業を営む友人の実家も船を出せなくなり、苦境の中での激励に力を得た。
輪島塗は多くの人が携わり完成する分業制。鮓井さんは「誰かが立ち上がることが、みんなが立ち上がることにつながる。『やはり古里に残りたい、ここでもう一度頑張ろう』と思える一助になれれば」と力を込める。CFは専門サイト「レディーフォー」で4月30日まで受け付けている。