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水辺に初夏告げ 平安神宮カキツバタ

2020年05月13日 | 京都の庭園・景色



京都市左京区の平安神宮の神苑で、カキツバタが見頃を迎えている。今年は新型コロナウイルスの感染拡大防止で一般公開はされていないが、青紫色の花が水辺を彩り、初夏の訪れを告げている。

 神苑は広さが約3万3千平方メートルあり、明治時代の代表的な庭園として知られる。社殿の東側にある中神苑の蒼龍池の岸辺にはカキツバタ約千株が植えられている。例年は大勢の観光客でにぎわうが、今年は4月19日から閉鎖されている。

 新緑に囲まれた池の水面には青紫色の花弁が映り、涼しげな雰囲気を演出している。同神宮は「多くの方に見てもらえないのは残念。ぜひ来年訪れてもらいたいという気持ちでいっぱい」としている。

京都新聞社

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幻想的に浮かび上がる師走の嵐山 京都で花灯路の試験点灯

2018年12月07日 | 京都の庭園・景色

試験点灯でライトに照らされ浮かび上がる渡月橋
(6日、京都市右京区)



京の冬の夜を光で彩る「京都・嵐山花灯路」の試験点灯が6日、京都市の嵯峨嵐山地域で行われた。台風による被害から修復された渡月橋と雨に煙る山裾が明かりの中に浮かび上がり、道行く人々がうっとりと見入った。

 嵐山花灯路は、京都府、京都市、京都商工会議所、京都仏教会などによる推進協議会の主催で14回目を迎える。今年は8~17日までの10日間催され、渡月橋や竹林の小径(こみち)などをスポットライトやあんどんで照らす。

 渡月橋周辺では午後6時にライトが点灯すると、わずかに紅葉が残る山裾が色鮮やかに浮かび上がった。竹林でもあんどんの明かりが散策路を照らし出し、訪れていた観光客が本番を前に冬の散策を楽しんでいた。

 期間中の点灯時間は、午後5時~同8時半。周辺の社寺や施設でもライトアップや特別公開などの協賛事業がある。

【京都新聞 2018年12月06日】

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2018年 京都初夏の特別公開 臨済宗建仁寺

2018年06月10日 | 京都の庭園・景色
2018年 京都初夏の特別公開 臨済宗建仁寺


本堂は、室中に二重格天井を備え内陣に 本尊「阿弥陀如来立像」を安置する。
庭園は、白砂と苔に青松が美しい唐門前庭。 枯山水庭園の方丈前庭。
そして京都府指定名勝庭園の池泉廻遊式庭園からなる。

梅雨の頃には、半夏生が、いきいきと生い茂る。
初夏になると徐々に色を変え、まるで白い可憐な花が咲いた様に池辺を彩る。
池の北側には織田信長の弟織田有楽斎好みの如庵の写し「水月亭」、その右には六帖席の「臨池亭」が並ぶ。


今年の特別公開は5月25日(金)~7月12日(木)の期間になります。





所在地: 京都府京都市東山区大和大路通四条下る4丁目小松町591 
TEL.075-561-3216 / FAX.075-561-3270
※お電話での受付は10:00~16:00です。
受付:10:00~16:30
アクセス:電車京阪「祇園四条」駅下車、東へ信号2つめ、花見小路南へ突き当り徒歩7分
阪急「河原町」駅下車、徒歩10分
JR「京都」駅をご利用の方は、市バスをご利用ください。徒歩48分
市バス
JR京都駅より市バス 206系統・100系統
「四条京阪」下車、大和大路通りを南へ5分
「東山安井」下車、安井通りを西へ行き徒歩2~3分
「南座前」下車、徒歩10分
「祇園」下車、徒歩10分

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京の夏の旅2013 文化財特別公開 祇園甲部歌舞練場庭園

2013年09月13日 | 京都の庭園・景色
京の夏の旅2013 文化財特別公開
祇園甲部歌舞練場庭園 








京の夏の旅2013 文化財特別公開 


期間:平成25年7月13日(土)~9月30日(月)
時間:10:00~16:00
料金:1ヶ所 大人 600円/小学生 300円
主催:京都市観光協会


場所:祇園甲部歌舞練場 ぎおんこうぶかぶれんじょう
住所: 東山区祇園町南側570‐2 
TEL:075-541-3391
交通:市バス206・100系統「祇園」下車、徒歩約5分 京阪電車「祇園四条」駅下車
*9月20日(金)~24日(火)は見学休止


祇園甲部歌舞練場は、毎年4月、芸妓舞妓による華やかな舞台が繰り広げられる「都をどり」の会場として知られる建物。特別公開される庭園は、大正期に建てられた歌舞練場別館棟と「八坂倶楽部(やさかくらぶ)」(国の登録有形文化財)に囲まれた、池を中心とした回遊式庭園です。
 織田信長の弟で茶人であった織田有楽斎(うらくさい)の邸跡と伝えられ、有楽斎の作った国宝の茶室にちなんで名付けられた茶室「如庵(じょあん)」があります。今回は八坂倶楽部内で、舞妓が「都をどり」総をどりで身にまとう衣裳や小道具なども特別展示され、あでやかな花街の伝統と歴史文化に触れることができます。



弥生会館 、花見小路側入り口から。

いつもはこの角度で見て通り過ぎます。



初めて正面から撮影。
姫路城を参考に建てられたそうです。
不思議な外観です。

中には「ギオンコーナー」 があり舞妓さんによる京舞を鑑賞できます。



本 館

国登録有形文化財に指定されている大劇場建築です。
千鳥唐破風の入母屋造りの屋根が美しいラインになっています。

大正2年に建設された木造二階建てです。
玄関には千鳥唐破風の車寄席があります。

毎年4月1日~30日の一ヶ月間開催される 「都をどり」 の舞台です




八坂倶楽部

大正5年、大正天皇御即位の響宴場として建てられました。
木造2階建てで「都をどり」の待合として使われています。




説明を受けた大広間。




庭園側より。







欄間にはつなぎ団子

これは祇園のシンボルになっています。



こちらです




池を中心にした、回遊式の庭園になっています

こちらは織田信長の弟で茶人の織田有楽斎 (おだうらくさい)」 の邸宅跡。



手入れの行き届いた庭園です。




織田有楽斎(うらくさい)の作った国宝の茶室にちなんで名付けられた如 庵 じょあん
















奥に滝が見えます。



秋になったら紅葉が楽しみですね、見ることはできませんが。











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京都御苑 捨翠亭 九條邸跡

2010年03月10日 | 京都の庭園・景色
京都御苑 九條邸跡  捨翠亭 



住所:京都市上京区京都御苑
交通:地下鉄烏丸線「丸太町駅」1番出口/京阪電車鴨東線「丸太町駅」 (市内各所からの市バスも便利・烏丸丸太町下車)
*地下鉄から出て丸太町通りを行くと門の無い「間ノ町口」を入り右手が 捨翠亭

昨年初めて行き趣のある庭園にすっかりはまってしまいました。
九條家はこの地に広大な敷地を持っていましたが明治の初めに取り壊され現在の
捨翠亭を含む庭園だけが残されました。

訪れたこの日は金曜日、入り口付近に参観を知らせる張り紙が出ています、一般公開をしているのを全く知らず偶然、通りかかりました。いいタイミングでした。


九條邸跡

九條家は、五摂家(ごせっけ)の1つで、平安後期以降多くの人が朝廷の重要職である摂政(せっしょう)や関白(かんぱく)につきましたその娘の多くも天皇妃となり、大正天皇の皇后節子(さだこ)もその1人です。
江戸末期、米総領事ハリスの通商条約締結要請(つうしょうじょうやくていけつようせい)に対し、徳川幕府は了解する考えでしたが、朝廷側の孝明(こうめい)天皇は反対でした。折りしも京都市内では、幕府と朝廷との様々な交渉が行われ、時の関白九條尚忠(ひさただ)の邸もその舞台の1つとなりました。
広大だった屋敷も、今では池の畔の茶室と拾翠亭(しゅうすいてい)と、九條邸の鎮守(ちんじゅ)だった厳島(いつくしま)神社が中島に残るばかりです。


名称:捨翠亭しゅうすいてい
参観:3月1日~12月27日までの毎週金曜日土曜日
    「葵祭り」「時代祭り」(春秋の御所の一般公開日)
時間:9:30~15:30
料金:100円(高校生以上)




受付は右手入口を入ってすぐ





 



































池の中央に架かる橋は明治15年に竣工した「高倉橋」






九條池の東側




高倉橋より捨翠亭を望む



厳島神社










橋を渡り厳島神社に入りました。

祭神は、市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)、田心姫命(たごりひめのみこと)、湍津姫命(たぎつひめのみこと)、祗園女御(ぎおんにょご)。

安芸の厳島神社の分社として、平清盛が母祇園女御のために今の神戸市兵庫区築島に勧請したものが、その後、京都の九條家邸内に遷座したという由来書が掲げられています。

厳島神社の石鳥居は、唐破風鳥居として知られており、蚕の社(かいこのやしろ)の三柱鳥居、北野天満宮の伴氏社(ともうじしゃ)鳥居とともに京都三鳥居のひとつ。

元々は九條家の鎮守社であったものが今は別管理になっている。





*尚、「捨翠亭」のすぐ近くにある「閑院宮邸跡」 も一般公開されています。

(収納展示室)
休館日: 月曜日・年末年始(12月29日~1月3日)
参観時間: 午前9時~午後4時半 ※受付は午後4時まで
入場料: 無料(ご予約の必要はありません)
(庭園)
参観時間: 午前9時~午後4時半
入場料: 無料(ご予約の必要はありません)




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京都 無鄰菴

2010年01月31日 | 京都の庭園・景色

京都 岡崎  無鄰菴 




住所: 京都市左京区南禅寺草川町31番地

【交通】

京都市営地下鉄東西線 蹴上駅から徒歩約7分
京都市営バス 神宮道バス停から徒歩約10分(西行き[三条京阪,京都駅方面行き]からは徒歩約15分)
京都市営バス 京都会館美術館前バス停(平安神宮大鳥居下)から徒歩約9分


岡崎の疎水沿いにひっそりと・・・・と言いたいのですが広大な敷地に開放的な空間の広がる由緒正しい庭園があります。

学生時代一回だけ訪れや事があります。

当時は疎水までもが中性洗剤のせいで泡だらけ、こちらの池にも泡が大量に流れ込んでいて庭園全体が薄汚れた景観になっていました。その時の印象が続いていてその後、訪れることもありませんでした。


今回、近くまで来たのでその後を見たいと訪れました。




延々と続くこの溢れ出るような木々、冬とはいえ緑の濃い庭。





長い塀を右に入ると入り口があります。
その隣に料亭「吉兆」があります。




入り口への塀、手前半分が黒くなっています、なんでしょう??




焼け焦げのような板塀・・・??

只今、TV「ビフォーアフター」を見ているとこれを作っている場面がありました。
瀬戸内海地方では(防火、防虫、耐火)目的で外壁に使う習慣があるとの事です。


杉板3枚を三角形に組み真ん中から炎を通し、すぐ消火。その後、そりをなくします。
見た目もシックで美しい景色になっています。




(明治・大正の元老 山県有朋の別荘)

 無鄰菴は,明治27年(1894)から明治29年(1896)にかけて明治・大正の元老である山県有朋(やまがた ありとも)が京都に造営した別荘です。その名は,有朋が長州(山口県)に建てた草庵が隣家のない閑静な場所であったことから名付けられたといいます。
 その後,有朋は京都の木屋町二条に別荘を構え,無鄰菴と号しましたが,さらに新しい地に好みの別荘を作りたいと考え,明治27年(1894),現在の地で無鄰菴の造営にとりかかりました。工事は日清戦争の勃発により一時中断しましたが,翌年2月から本格的な工事を再開し,明治29年(1896)に完成しました。
 有朋はこの別荘の庭園をこよなく愛し,多忙な公的生活の合間にも夫人を伴ってしばしば訪れましたが,その後大正11年(1922)に83歳でこの世を去っています。





【庭園】

 敷地の大半を占める庭園(面積約3,135平方メートル)は,有朋自らの設計・監督により,造園家・小川治兵衛(おがわ じへえ)が作庭したもので,ゆるやかな傾斜地に,東山を借景とし,疏水の水をとり入れ,三段の滝,池,芝生を配した池泉廻遊式庭園です。









































蔵のような洋館には様々な資料が展示してあります。





説明書きには・・・・・

洋館は明治31年の建立です。2階には江戸時代初期の狩野派による金碧花鳥図障壁画で飾られた部屋があり,ここで明治36年(1903)4月21日,元老・山県有朋,政友会総裁・伊藤博文,総理大臣・桂太郎,外務大臣・小村寿太郎の4人によって,日露開戦直前のわが国外交方針を決める「無鄰菴会議」が開かれています。

 今日でも,この部屋には花鳥文様の格天井,椅子,テーブルなどの家具が残り,当時の趣を伝えています。

 なお,1階は展示室になっており,無鄰菴についての説明,山県有朋についての説明や愛用品,小川治兵衛についての説明や彼により作庭された主な庭園についての説明展示を行っております。




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京都  白川一本橋

2008年01月28日 | 京都の庭園・景色
京都 白川一本橋 



今回の京都行きの目的はいくつかありますがその中に白川一本橋 を訪れる事が入っています。

雑誌やブログで良く聞くのですが場所は私が桜の季節に必ず立ち寄っているはずなのに記憶に無いのです。

京阪「伏見稲荷駅」から「三条駅」で降り三条通りを歩いて白川へ。ここから下る事に。

「伏見稲荷」で雪が降り始めましたが降ったりやんだりとハッキリしない天気になりました。

しかし写真からは晴れているように見えますがほぼ降っている状態です。

しかし京都の皆さん、傘をさしません、


雪の状態がさらっとしているからでしょうか。

私も傘はさしませんでした。




三条通りからすぐ見えてきた橋、これか?





橋のそばにあると言う銘盤 が見当たりません、この橋ではないようです。





同じような橋が見えてきました。(対面より撮影)




まさにこの橋でした。・・・・・・ こちら


変哲の無い普通の橋に見えます。





気が付かない訳が判明!!

いつも反対側を歩いていました!!!





銘盤には次のように書かれています。


一本橋(行者橋)は、 比叡山の阿闍梨修行で千日回峰行を終えた行者が
粟田口の元三大師に報告した後、 京の町に入るときに最初に渡る橋で、
行者橋、阿闍梨橋 とも言われる。

江戸時代には、この橋を粟田祭の剣鉾が差して渡る「曲渡り(曲差し)」が有名だった。

阿闍梨  千日回峰行



生活の中の普通の橋のようで皆さん、普通に歩いて渡っています。

当然か!











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