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気仙沼漁港、再興へ課題山積みも「やれることやる」

2011年03月21日 | ニュース



  巨大津波で壊滅的な打撃を受けた宮城・気仙沼の漁業協同組合が20日、魚市場関係者を集めて魚市場再開検討会議を行った。漁協側からは夏頃までの漁港再興を目指す方針が示されたが、震災の爪痕は深く、懸案事項は山積み。ひとまず、関係者一同がスクラムを組むことを確認し合った。

 いつまでも落ち込んでばかりはいられない。約1時間の会議。「沖に漁業中の船はいる。彼らからは、『僕たちが取りますから、現場の生産は大丈夫。気仙沼に戻りたい』と言われた。気仙沼港は生きていると全国に示さないといけない」。福洋水産・斉藤社長の言葉に、約150人の関係者は奮い立った。11日の震災後、関係者が集まるのは初めて。市場の職員、海産物加工会社、製氷業者、漁師…。気仙沼漁港に携わる関係者が集まった。

 水揚げ量全国4位で東北一の漁港。マグロの遠洋漁業の基地でもあり、フカヒレの名産地だ。漁協が示した方針は、夏頃までにカツオ、サンマ漁など近海漁の水揚げを可能にすること。ただ、急ピッチの回復には首をひねる関係者も多い。「今は社員の安否確認をしている段階。目標は拙速すぎる」。そう、水産関係者はクギを刺した。

 地震の影響で市場自体が約1メートルも沈下。満潮になると冠水する恐れもある。湾岸に並んだ冷蔵倉庫も全壊し、保管場所もない。津波の影響で400トンクラスのマグロ漁船約15隻が陸を駆け上がり、道や宅地に転がっていた。「海に下ろすすべがない。上で解体するしか…」と関係者は話す。数十億円規模の損害が出る会社もあるという。湾内には乗用車や廃材などが沈んでおり、航行する船は座礁の恐れもある。水揚げを開始するには、解決すべき問題は多い。

 地震当日は漁に出ていた漁船が、18日からポツポツと戻ってきた。銚子港で水揚げして、家族の待つ気仙沼に帰還。だが、ある船頭は「サメは気仙沼じゃないと加工できない」と肩を落とした。臼福本店の臼井社長は「とにかく、今はみんなで手を取り合って、今、やれることやっていくしかない」。一歩ずつ、再生への道を歩んでいく。



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「手のひらの祈り」 震災後の日本に捧げる=台湾

2011年03月14日 | ニュース


「手のひらの祈り」 震災後の日本に捧げる=台湾



【大紀元日本3月14日】フェイスブックの1枚の写真からすべてが始まった。あの悪夢から4時間後、台湾時間の11日17時半、被害の様子が少しずつ明らかになったとき、台湾のある若者が青いペンを取り、自分の手のひらにこう書いた。

 「日本の平安を祈ります」

 彼はそれを写真に収め、フェイスブックで呼びかけた。「日本のために祈りを捧げたい人へ。今日から、青いマニキュアを塗るか、青いブレスレットを付けるか、あるいは、青いペンで手のひらに『日本の平安を祈ります(祈祷日本平安)』と書くかして、私たちの気持ちを届けよう。日本語と中国語、どちらでもかまいません」

 「手のひらの祈り」が見る見るうちに集まった。「絆」は見知らぬ人の手で次から次へとつながって行く。そして、その絆はいま、ユーチューブを通じて日本へ。震災後の2日間ですでに8万5千人がその絆を受け取った。

 台湾の若者から届いた「絆」をご覧ください。

 

【青い「絆」】 



ありがとう 臺灣 !! 涙が止まらないよ!!


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