駅前糸脈

町医者をしながら世の中最前線の動きを感知、駅前から所見を発信。

夫婦の不思議

2021年05月26日 | 小考
      

 夫婦というものは、恐らく人類誕生以来の歴史がある人間の生存形態で、子孫を残すために生物として要請された結びつきに人間が人間的な価値や重みを加えてきたと思われる。
 夫婦の有り様は時代と共に変化はあるし人様々でくっついたり離れたり浮気の人もいるようだが、偕老同穴命終えるまで共に暮らし終えた後も共に眠るのが基本というか本流のようだ。
 なぜかそれが本流か難しいが、それが美しい心落ち着くと多くの人が感じているような気がする。
 そして夫婦を支えるのはどちらかというと女性のような気がしている。世に手の掛かる我が儘親父は多い。これが手の掛かる我が儘女房だといくらか夫婦は壊れやすいように見える。三十年以上の診療で何百組もの夫婦を診てきた。不思議というのは言い過ぎというか余計なお世話だろうが、味のあるというか黙々と働く立派な人だったなあと思う夫君でなく他人の目には我が儘亭主でも、一生延命尽くし見送ったあとに、もう長く生きたから早くお父さん迎えに来てと言われる奥さんが数多く居られる。
 芝居や絵物語ではなく、現実目の前でそう言われる老婦人を何人も診てきた診ている。勿論、少数だが匙を投げられた感じのご亭主もいないわけではない。一方、妻を支える妻に仕える夫君も珍しくはない。
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凄いものを見た

2021年05月25日 | 趣味
      

 将棋名人戦第四局は凄い勝負だった。インターネットで生中継があり二日目はリアルタイムで観戦できた。勿論、私にわかるのはほんの少しだが、奥深く難解な勝負で二転三転していた模様だ。解説のプロが、解説しきれなくよくわからないので、解説はやめて見守りましょうと言い出した程だった。とにかく終盤までほとんどの場面がAIの判定で50対50で進行したのだから、いかに凄い将棋だったかがわかる。
 素人目だが、気のせいか渡辺名人が昨年より薄紙一枚強くなっている印象を受けた。斉藤は谷川に雰囲気が似ている。
 今では囲碁も将棋もAIの方が強くなってしまっているのだが、AIの最善手を時々解説者がそれは人間には打てない指せない手と言う。AIがいくら最善手と示しても人間のプロには違和感のある最善手があるらしい。ひょっとしたらAIが間違っている可能性もあると思うのだが、その判定は誰にもできない。大体AIはなぜその手を選ぶか解説してくれない。言葉では解説できない世界なのか、AIが言語表現できないからなのか、よくわからない。
 とにかく名人戦第四局が希に見る名勝負だったのは間違いなく、自分はそれをいくらか理解できたのは幸運と感じる。
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バカと言われてしまった

2021年05月24日 | 身辺記
          

 幼稚園児なら雨雨降れ降れ母さんが蛇の目でお迎えだろう。パートで働く爺さんの私は雨雨降れ降れ女房が車でお迎えと駅で待っていた。家の車が見え十メートルほど先に停まった。雨の中小走りに乗り込むと、
「傘はどうしたの」。とお咎め。
「いや、傘が濡れると嫌だから」。
「馬鹿」。と言われてしまった。鞄の中の折りたたみ傘は濡れると乾かすのが面倒で、確かに自分が濡れては馬鹿かもしれない。幼稚園児から七十年、どうも進歩していないようだ。
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五輪、後生大事にではなく

2021年05月23日 | 政治経済
          

 五月末には緊急事態宣言が再延長される気配だ。ついこないだまで早く終了したくてたまらなかった人が高々五十日で五輪大事と、五輪直前の六月末の感染者減少を狙って宗旨替えらしい。後世よりも五輪大事とご都合で航路変更する元護衛今船長、あなたの船は五輪にたかる貴族よりも大切な国民の命を預かっているのを忘れないで戴きたい。通信室にはレシーバーが壊れるほど多くのSOSが北海道から沖縄まで全国から届いているはず。
 感染拡大は自己責任だと革新知事の沖縄をいじめるようとするのは最低、さすがにそれではさらに支持を失うと北海道と共に緊急事態宣言地域に入れたのは当然。
 しかしながら、もはやどう舵を取っていいのか船長は途方に暮れているのではないかと危惧する。暴風雨の中微かに見える怪しげな五輪灯台を頼りにするのは止めていただきたい。あれはサイレーンの罠。
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お前の考えなど聞いていない

2021年05月22日 | 世の中
             

 今は昔、もう旧い教授は居ないが、嘗ては大の大人を震え上がらせる教授が居た。カルテに下手な考えを書いたら「お前の考えなど聞いていない」と怒られたことがある。カルテは症状所見検査結果回診指示などを記録するもので、碌な知識も経験もないお前なぞの考えを記録するものではないと言うわけだ。
 勿論、現在では未熟な研修医でも問診診察検査結果から自分の考察を記録することは、他者に自分の思考過程を伝え同時に診療能力を高める訓練にもなるので、積極的に勧められている。客観的に事実を洗い出し、知識と思考によってより正確でより良い診療を行うことは医師の義務であり、それは事実と考察を記録することにより推進される。
 昔の教授の有り様にはいろいろ問題もあると思うが、「能力不足の人間が偉そうなことを言うものではない」は今も真実と思う。アフガニスタンがどこにあるかもわからなかった防衛副大臣が政府の方針と異なる意思表明「我イスラエルと共にある」などと発信するのは不適切、A教授なら「馬鹿者」と雷が落ちただろう。
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