Yさんの家に往診に行く。
「こんにちわ」。
「はいはい」。
割烹着姿のYさんが姿を見せる。とても九十のお婆さんには見えない。腰が少し曲がってはいるが足腰は勿論、頭もしっかりしている。廊下の奥に患者さんが寝ている。患者さんは今年67歳のN子さん、脊椎疾患で両下肢が動かない。Yさんのお嬢さんで、もう四十年近く寝たきりだ。頭はしっかりしておられ、丁寧に質問に答えられる。とても六十代には見えない。染みと皺はあるが五十そこそこに見える。世間の灰汁芥を浴びることなく生きてこられたせいだろうか。週一回、デイサービスに行くのをとても楽しみにしておられる。それはそうだろう。毎日、壁とにらめっこで、話し相手と言えば年老いた母しか居ない。
Yさんも高血圧と不整脈で通院しておられ、月に一度受診される。
「この頃、年を取って物忘れをするようになりました」。と嘆かれ、次いで「くたびれたわ」。と呟いて苦笑された。
「あの子がね。お母さん倒れないでねって言うんですよ」。
幾ら元気と言っても、九十歳の人がいつまでどこまでやれるものだろうか。うまく返す言葉も浮かばず、芸もなく「ああ、そうですね」。「ああ、そうですか」。と肯くばかりだ。
帰られた後、「どうするんだろうなあ」。と看護婦と顔を見合わせた。