昨日は新しい抗ガン剤の使い方という勉強会に出た後、病院の先生や近隣の先生と立食の情報交換会で雑談した。近頃の若い者はというのは、年寄りの繰り言と相場は決まっており、実際の若者は言われるほどの問題はなくしっかりしているとされてきた。本当にそうなら良いのだが。
我々の時代は苦労を厭わなかったという話になる。最近の研修医は怒ると寄りつかなくなり他科へ行ってしまうと、外科を選択する医師の少なさに外科部長が肩を落としていた。
二十年ほど前から医療の世界では患者のQOLが問題にされるようになった。QOLはQuality Of Life、生活(人生)の質のことで、単に延命だけを考えた治療と看護で、鼻や尿道に管が入り禄に話もできず白い壁を見つめて数ヶ月の命を終わるのでは患者は単に生きていただけではないか、もっとQOLを考慮すべきだという反省から生まれた意識改革だ。そのおかげで、現在は先ず患者のQOLを考えて医療看護が選択されるようになっている。
同年配と話しながら、数ヶ月前研修医と話したことを思い出した。「僕達にはQOLを考える奴が多いんですよ」。おおそれは感心と思ったら、ところがどっこい、彼らのQOLは患者ではなくて自分達のQOLで、夜しょっちゅう呼ばれる診療科は選ばない。訴えられやすい診療科などもってのほか。勉強大変な診療科もどうかな。ということで産婦人科小児科外科内科が敬遠されるようになって、**科**科・・・などを選択する医師が増えたと言う。自分の時間をもてない生活は嫌と言うのはある程度わかるが、大変だから難しいから避けるというのは大げさだが生命力の減衰を感ずる。
三十数年前同僚だった外科研修医のM(今は某国立病院の院長)を思い出す。あの頃は外科の研修医はなかなかメスを持たせてもらえず、金具をひっぱたり糸を結んだりの下働きだったようだ。自分が救急当番の時だけは大いばりでメスを握らせてもらえた。救急当番の看護婦がなんだか今日は外科の救急患者が多いわねえと呟いたのは当然、腕が鳴るMは秘かに消防署に電話をして、今日の外傷救急は全部うちの病院へ回すように頼んでいたのだ。
我々の時代は苦労を厭わなかったという話になる。最近の研修医は怒ると寄りつかなくなり他科へ行ってしまうと、外科を選択する医師の少なさに外科部長が肩を落としていた。
二十年ほど前から医療の世界では患者のQOLが問題にされるようになった。QOLはQuality Of Life、生活(人生)の質のことで、単に延命だけを考えた治療と看護で、鼻や尿道に管が入り禄に話もできず白い壁を見つめて数ヶ月の命を終わるのでは患者は単に生きていただけではないか、もっとQOLを考慮すべきだという反省から生まれた意識改革だ。そのおかげで、現在は先ず患者のQOLを考えて医療看護が選択されるようになっている。
同年配と話しながら、数ヶ月前研修医と話したことを思い出した。「僕達にはQOLを考える奴が多いんですよ」。おおそれは感心と思ったら、ところがどっこい、彼らのQOLは患者ではなくて自分達のQOLで、夜しょっちゅう呼ばれる診療科は選ばない。訴えられやすい診療科などもってのほか。勉強大変な診療科もどうかな。ということで産婦人科小児科外科内科が敬遠されるようになって、**科**科・・・などを選択する医師が増えたと言う。自分の時間をもてない生活は嫌と言うのはある程度わかるが、大変だから難しいから避けるというのは大げさだが生命力の減衰を感ずる。
三十数年前同僚だった外科研修医のM(今は某国立病院の院長)を思い出す。あの頃は外科の研修医はなかなかメスを持たせてもらえず、金具をひっぱたり糸を結んだりの下働きだったようだ。自分が救急当番の時だけは大いばりでメスを握らせてもらえた。救急当番の看護婦がなんだか今日は外科の救急患者が多いわねえと呟いたのは当然、腕が鳴るMは秘かに消防署に電話をして、今日の外傷救急は全部うちの病院へ回すように頼んでいたのだ。