玉川上水の辺りでハナミズキと共に

春は花 夏ほととぎす 秋は月 冬雪さえてすずしかりけり (道元)

*多摩霊園

2020年04月20日 | 捨て猫の独り言

 玄関から歩いて1分の玉川上水の柵の中に、毎年キンランが咲く。昨年は愛好家がキンランの横に「みんなのものです。連れ去らないでください」とメッセージを添えていた。周りの笹を刈りこんだのも同じ方だろう。今年も無事にその姿を見せた。立派に花開くまでキンランの成長を写真で随時報告したい。(4月11日と14日)

 

 買い物以外の外出を控えよということだが、むしろスーパーマーケットの混雑ぶりには怖気づく。陽光降りそそぐ15日に多磨霊園に出かけた。徒歩で行くには遠すぎるので自転車だ。多磨霊園はわが国最初の公園的風景を取り入れた墓地で1923年(大正12)4月に「多摩墓地」としてスタートした。この年の9月に関東大震災が発生している。

 

 西武線「多摩墓地前駅」は1929年できた。墓地は1935年に「多磨霊園」と名称が改められる。西武線はごく最近2001年に「多摩駅」と改称した。霊園の墓所面積の割合は敷地全体の50%以下におさえられ豊かな緑に包まれている。私は前に一度霊園中央を走るバス通りを自転車で通ったことがある。今回は適当に選択した著名人墓所をゆっくりと巡ってみた。

 

 事務所で案内図をもらう。東郷平八郎と山本五十六の墓所は正門近くに隣り合わせにあった。いかにも特別な雰囲気で巨大な墓石がそれぞれ柵で囲われている。新渡戸稲造は等身大の彫像がぽつんとあるだけだ。多磨霊園ではこのような彫像をよく見かけた。岡本一平、岡本かの子、岡本太郎の家族の墓所はきわめてユニークだった。与謝野鉄幹、与謝野晶子の墓石は最近新しくしたと思われるものが二つ並んでいた。この日はさらに菊池寛と数学者の高木貞治の墓所を見とどけてから帰った。

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