あられの日記

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豪徳寺から池上本門寺紅葉散歩

2011年11月24日 12時08分33秒 | 紅葉散歩
こちらは今週、11月22日の紅葉散歩です。ええ、その予定だったんですが、随分フライングで紅葉狩りしちゃいました!色づき具合の参考にして下さい。
まずはトップ画像は例年なら既に境内が真っ赤に染まってる豪徳寺です。
この日の友人との待ち合わせは小田急線の豪徳寺駅。
でも紅葉は始まったばかりで、適当に写したトップ画像だけ~。ちっ!まさかここまで全然色づいてないとは思わなかったぜ~。ちなみに、豪徳寺の紅葉が最盛期になりますとこうなります。豪徳寺紅葉散歩(2009年12月6日)の記事。この記事の中で2008年の紅葉情報もリンクしてありますので、ぜひ閲覧して真っ赤に燃え上がる境内を堪能して下さい。

でも今日は紅葉散歩とは名ばかりの、歴史散歩にスライドか?
ってな具合で、友人に豪徳寺の見所を説明しつつ散策。ここのおすすめは彦根藩の井伊家の墓所です。桜田門外の変で命を落とした有名な井伊直弼のお墓もここにある。井伊家2代藩主から13代だっけ?明治に没した殿のお墓まである。
ってなことでサクサク次へ。
道々、国士舘大学の正門前の銀杏を見上げる。イチョウはぼちぼち色づきが進んでます。
到着したのは吉田松陰を祀っている松陰神社。
こちらは松陰先生のそばに葬って欲しいと遺言した桂太郎のお墓。桂太郎といえば、NHKのドラマ「坂の上の雲」では日露戦争当時の内閣総理大臣だったような…。松蔭先生の松下村塾は、2年半ほどしかなかったので、幼かった桂太郎は学んでないんじゃないかと思うんだけど…。松下村塾で学んだビックネームは伊藤博文と高杉晋作でしたよね?これまた司馬遼太郎原作のNHKのドラマで見たんだけど~。松陰先生を演じてたのは松たか子のお兄さん!
んでもって記憶が確かならば、松蔭先生と桂太郎って親戚関係だったようなそうでなかったような…。(や。調べずに記事をリアルタイムで書いてるんで、間違ってるかもしれんが)
ここは境内も見所はたくさんあるので、歴史好きにはおすすめの神社です。特に明治時代が好きな人は必見やもしれん。
ここで歴史をひもとくと、確か吉田松陰って、安政の大獄で江戸で牢死してるんだよね。んでもって安政の大獄をやったのって、時の老中井伊直弼だったよね。…既に大老になってたっけ?や。そんなこたぁどうでもいい。ポイントはこれだ。まさか現在お互いが近所で眠ってるなんて。これも歴史のいたずらか?
そして世田谷線の松陰神社前から終点三軒茶屋駅へ移動。

ついでに駅のすぐそばにある江戸五色不動の一つ、目青不動の銀杏を確かめに。
どっちにしろまだ早い…。
すぐさま東急に飛び乗って、池上駅へ移動。
実はこっそりここの松濤園が本日のメインに据えてたのですが…。この分では紅葉してないだろうなあ~。
でも!ここで大事な注意事項が一つ。
池上本門寺のお庭松濤園は基本非公開なのです。見たいならば、境内を回りスタンプを5つ集めないなりません!
や~、良かったぜ~。以前はクイズを10問正解しないと入れなかったからね。スタンプ集めのオリエンテーションなんか軽い軽い。
 
うっかり、本門寺のスタンプ集めの罠にかかってしまいました~。
スタンプ台は、「池上本門寺を散策してみませんか?」というB4サイズのチラシなんだけど、これには本門寺の見所マップが書かれてまして、ついついうっかり、歴史の人物のお墓巡りを始めちゃったんですよ。

ちなみに、こちらは幕末の3大人斬りとして名高い熊本藩の河上彦斎(げんさい)のお墓(後ろの。前のは後に信奉者が建てたそうで)。
ここで問題です。「河上彦斎が切った有名人は誰?」
あ!それ知ってる~。でも名前が出てこないっ!アレだ。京都で、馬に乗ってる所を後ろから切られて、それが原因でお家断絶になってしまっった~~。「JIN」のっ!あれ、篠原涼子のダンナさんの劇団四季にいた市~なんとか~親さんが演じていた人っ!!
と、私はうっかりのたうちまわってしまいました。
「待ってられないんで、答えは佐久間象山です」
「そ!それだ~っ!!」
近頃すっかり名前が出てこなくなった私。でもそんな高度なお墓を広大な本門寺の墓地から私が発見出来るハズはなく、たまたま境内を散歩中だったご近所の歴史に詳しくて説明好きなご隠居さんに遭遇し、幸運にもあれこれ所在を教えて下さるだけでなく埋葬された人物の説明とか墓の形、家紋にまで詳しくレクチャー受けました。設問もご隠居さん。答えもご隠居さん。
本門寺の墓地には熊本藩の細川家のお墓もいくつかあるんですが、細川家の家紋は九翟紋なんですよ。ご隠居さんいわく「テレビ見てたら九翟紋が出て来て、なんでだろう?」と思って見ていたら、細川ガラシャがつけてた。なるほどとスッキリした」ですって!へえ~へえ~へえ~!!!ドラマは奥深い。でもそこまでこだわってるNHKも凄い、気づく歴史好きも凄い。などと。
もう、私は楽しくて楽しくて時を忘れてしまいました。紅葉散歩の記事でおさまるハズないんで、これは後日連載します。だって、1時間以上ご隠居さんの名調子でレクチャーしてもらったんだもん。も。浮かれてますよ。ええ、帰宅する頃に万歩計見てびっくりする程歩いてましたよ。2万歩超えでしたよ。

そんなこんなでスタンプを集めてようやく入れた松濤園です。

案の定早すぎました。
 
松濤園は、作庭の名手として有名な小堀遠州のお庭です。お庭だけでも楽しいのですがこちらは歴史の舞台でもあるんです。しかもまさに歴史の上での大事件の場所。西郷隆盛と勝海舟の江戸城開城の会議の舞台でもあるんです。
あれ?それって確か、品川の薩摩藩邸が舞台だったんじゃないの~?と思われた方います?実はあれは第2回。その前に池上本門寺で会談の場を持っていたのです。時はまさに幕末。池上本門寺にはこれからまさに江戸で決戦をと逸る官軍の本陣が置かれていました。率いるのは西郷隆盛。そこへ勝海舟が乗り込むんです。
残念ながら会見があった庵は既に現存していません。が、勝と西郷が会談の時に望んだ庭は今も当時のままあるのです。
とかなんとか、紅葉が全然だった庭で、紅葉から歴史に友人の目を逸らしてみる。
 
心の目で見れば、やがて美しく紅葉する庭が見えるハズ。
つーか、このお庭は紅葉散歩の穴場だと思います。入園するのにスタンプ集めをしなきゃならないんで、人も少なくておすすめです。だってこの時、松濤園にいたの私たち2人だけだったのね。つまり小堀遠州の庭を貸し切りですよ!マジでぇ~~~っ!?これでもう少し紅葉が進んでたら言う事なしだったんですが。これから近所で奇麗な所gw紅葉狩りにおでかけしたいと思う人におすすめの場所です。
ちなみに、ど~してもスタンプ集めをしたくない人は今限定の裏技があります。それはね、七五三の撮影をするなら入れちゃうんだよね~。本門寺の朗峰会館で七五三。適齢の孫を連れてけば入れます。
ちなみに、この後、日蓮上人入滅の場のある大坊本行寺に立寄り帰宅しました。
予定では、この後川崎大師と大師公園の中国庭園へ行くつもりだったんですが、うっかりご隠居さんの説明で時間を費やした私たちは池上本門寺に4時間以上滞在しちゃったんだよね~。そりゃ時間が足りなくて当たり前!
ってなことで紅葉情報の参考になったでしょうか?

え~、河上彦斎について、何げに思い出そうとした時に、「銀魂」が頭をよぎっていたんですけど、あれって鬼兵隊のギターとか持ってた人。なにげにどこがどう間違ってるかはわからんかったけど、とりあえずここでご隠居さんにアニメの「銀魂」の話をしてもジャンプの話をしてもまずいと思ったけど、これやっぱ彼がモデルだよね。ここにお墓あったんですよ。ファンの方、知ってました?

2013年11月30日追加記事:いつも私のブログをご覧いただきありがとうございます。
この記事の参照率が高いので、2013年の豪徳寺紅葉散歩の記事も掲載してますので参照して下さい。
豪徳寺の紅葉全編2013(2013年11月30日)の記事 こちらは2013年11月27日の訪問です。
コメント (3)
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大国魂神社紅葉情報

2011年11月24日 11時29分20秒 | 巨木・古木・ご神木・盆栽
散歩日は11月13日。ええ。またまたもっと早くアップすべきでしてすみません。
そもそもこちらを選んだのは、東京都文化財公開ウィーク!
またかいっ!!というツッコミが聞こえてくるなあ…。
JR武蔵野線北府中駅下車。そこから徒歩で約10分。東京農工大学があります。そこの本館が、大学の学祭に合わせて公開されるのですよ。んで、お邪魔したんです。せっかくなのでついでに大国魂神社の木造の狛犬とご神木の大銀杏に会いに行ったんです。
参道は大きな…。こりゃなんだ?クスの木?ケヤキ??

ま、ちょっと詳しいことはパスして大国魂神社に着いたならば…。なにやら屋台が並んでました。

酉の市?
いや、七五三に一家でお出かけしてる皆様でごった返してました。
そそくさとご神木の大銀杏に会いに行く。

大銀杏の枝がポッキリ折れてる~~~~っ!!な、なななな、なんじゃこりゃああああああ~~ッ!!!もしかして、9月の台風でやられたのか??
(今年の3月末に立ち寄った時の大銀杏です。枝はちゃんと健在でした)
先日町田の薬師池公園の薬師堂に大銀杏を見に行ったら、剪定して今年は台無しだったし、大国魂神社のイチョウはコレかい~~。も、泣くゾ私はっ!!
がっくりと肩をかかとまで落としてしまいました。予定では府中競馬場か府中の郷土の森公園を散歩するつもりだったのですが、気力が萎えた。とぼとぼと旧甲州街道を分倍河原駅まで歩いて、新田義貞の像を見て帰宅しゃいました…。
ま、詳しいお散歩は後日にでも。今日の記事は紅葉情報なんで。
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甲州街道の紅葉

2011年11月24日 11時04分53秒 | 紅葉散歩
お散歩日は先週、11月17日です。こういうのはその日にアップすべきなんですが、すみません。
まずは色づき具合が気になるイチョウ並木の様子を紹介。

こちら、JR中央線の西八王子駅から高尾駅まで、甲州街道沿いにイチョウ並木が連なっています。場所によって、枝の剪定具合がやり過ぎだったり、丁度だったりします。色づき具合も場所によってバラつきがあります。

この甲州街道のイチョウ並木は、武蔵野陵の造成の折りに、参道として植えられたそうで、どれも同じ程の高さなので、歩いてて楽しいですよ。八王子駅から西八王子駅への車窓で、イチョウ並木が見えるので、場所は丸わかり。初心者でも絶対にたどり着けます。ちなみに、イチョウ並木のスタート地点は、信号に「追分交差点」って書かれてる場所。そっから隣駅の高雄までは約4キロ程。いい感じに歩けます。道々、食事の出来る店も点在してるので、安心。
ついでに、武蔵野陵へも足を延ばしました。

甲州街道を外れると、武蔵野陵まではケヤキ並木が参道になります。武蔵野陵までの途中に綾南公園があります。こちらでアンパンとお茶でお昼を取り、大正天皇両陛下。昭和天皇両陛下の陵を参拝。
陵の入り口に小さな池と紅葉の庭園がありました。見頃まであと少しといった具合。

時間に余裕があるなら、武蔵野陵に隣接してある森林公園もおすすめ。こちらは4月の桜の保存林ほ花見が有名ですが、訪れた先週11月17日には冬桜、十月桜、四季咲き桜などが見えました。ええ、いまの時期でもお花見可能だったんです。でもここで発見したのはコレ。

旅するチョウで有名なアサギマダラ様まさか、11月にお会い出来るとは…。つーか、この時程携帯電話しか持ってなかったことを後悔したこともない。ええ、マイフェイバリットコンパクトカメラも重いからと家に置いて出かけちゃったんですよ。
森林公園は里山にあって、アサギマダラを見かけた場所の近くには、アサギマダラの食草がありました。だからいたのね~。つーか、今年は本当にまだ気温が高いんですね。驚きました!
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明治学院記念館

2011年11月24日 05時10分59秒 | 歴史散歩
素敵な建物なのに~、建物の全体が写せない~~。
なぜって、建物の手前の芝生広場が立ち入り禁止だからです。
11月3日は東京都文化財公開ウィークです。なので建物内部も公開されてます。
入ろう~ってアレ?何コレ??
アンネのバラ。
アンネって「アンネの日記」のアンネだよね??
なぜにこんな所に??
実はこの苗木はホロコースト記念館よりいただいたんだそうで。世界平和を考え行動する学生が育って欲しいと願って植えられたそうで。ひょろい株だなあ~。…何年前に植えたんだか??もっとお手入れした方がいいんじゃないかな~?
そして正面玄関へ。
いただいたガイドブックによりますと、「小チャペル(礼拝堂)、歴史資料館、事務室を備えるこの建物は、1890年(明治23年)、明治学院の教員であったH.M.ランディス教授によって設計されたといわれている。建設当初は赤煉瓦、瓦葺きの2階建ての建築で、神学部の校舎と図書館として使われていた。明治から現在まで震災等によりその姿を変えながらも学院によって大切に保存され、煉瓦と木造の連繋構造が美しい建物として現存する」とあります。
1階にある礼拝室の中はこんなです。
 
2階への階段はこんな~。

今の建物と違って、手すりがとても低いんです。これはオリジナルから?
2階には卒業生である島崎藤村作詞の校歌が流れ、学院の歴史を紹介する資料が並んでます。こんなモダンな部屋で神学の勉強をしていたんですねっ。うらやましい~~っ!!
あ。ちなみに、今年私のブログでちょくちょく登場している高橋是清さんですが、是清さんも明治学院大学の卒業生です。是清さんはNHKのドラマ「坂の上の雲」では、西田敏行さんが演じていました。
こちらはかつての図書館です。
古の頃、明治の黎明期、キリスト教の書家が並んでたんですかねえ~。現在は大会議室として利用されてます。
ん?
なんかある。

リードオルガンだそうです。
「このオルガンは、アメリカのMason and Hamlin会社製のLiszt Organと言い、1914年当時、明治学院教授A.K.ライシャワー博士の尽力で米国プレスビテリアン•リフォームド両ミッションから学院に贈られたもので、現在我が国においてはほとんど唯一のものではないかと思われる」譜面台に解説文が置いてありました。

この角度だと、煉瓦の1階、木造の2階の連繋構造がよくわかりますね。

帰りに銀杏並木の隙間から撮影しました。   人気ブログランキングへ

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