あられの日記

カテゴリーは場所優先。鶴岡八幡宮は寺院・仏閣ではなく「鎌倉」に。一部検索し易さ優先で、花カテゴリーに入れてる場合も。

ぼたもち寺

2009年02月12日 06時05分08秒 | 鎌倉
ぼたもち寺は俗称。本当は常栄寺というのだそうです。
なぜぼたもち寺と謂れるようになったのか?
日蓮が、処刑場である龍の口(藤沢市片瀬)に護送される途中、この地に住んでいた桟敷の尼が「ごま入りのぼた餅」を捧げたという言い伝えによるのだそうです。
その後日蓮は、奇跡的に処刑を免れたことから、「頸つぎのぼた餅」という逸話が生まれ「御首継ぎに胡麻の餅」といわれるようになった。

このお寺は小さい。地図もなく歩いていたので、どこにあるんだ~と見当をつけて歩いてたのですが、見つからず、あれ~?と振り返ったら上の画像。道路の側にこの赤い入口がありました。
ところで、お寺や神社って相性ってあるんですかね?
なんか、このお寺の境内に入ったらとっても和んだんですよ。気持ちが優しくなるというか、楽になるというか…。
私にしては珍しくお礼とお賽銭を入れちゃいました。
境内の梅や手入れされた冬葉牡丹も綺麗ですよ。
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日蓮像

2009年02月12日 06時01分25秒 | 鎌倉
妙本寺の境内にある日蓮さんの像です。立派。
このお寺も背後に山と崖が迫ってます。鎌倉のお寺の特徴ですね。
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比企一族のお墓

2009年02月12日 05時31分53秒 | 墓所巡り
NHKの大河ドラマで鎌倉の北条氏にスポットを当てた時に見なかったので、せっかくの鎌倉を散歩しても盛り上がりに欠けるのが残念。
上のお墓の画像は、源頼朝の乳母「比企禅尼」の一族のお墓です。
比企禅尼は頼朝が伊豆配流中も何かと援助し、頼朝は禅尼の養子である能員に特別な扱いをしていた。二代将軍になった頼朝の長男頼家は比企の館で誕生している。頼家は比企能員の妻を乳母とし、能員の娘若狭局を側室としたことにより、母北条政子やその実家である北条氏より頼りにしていた。
やがて北条氏と比企氏は対立する。
頼家が病気になり、跡継ぎ問題が起る。
その時北条氏は比企能員を暗殺。北条時政の子、義時は比企館を攻めて一族を滅亡した。
その比企能員の屋敷があった場所が現在の妙本寺。ちなみに、妙本寺の開山は日蓮。開基は比企能本(能員の末子。比企の乱当時2歳)。
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