三日坊主日記

本を読んだり、映画を見たり、宗教を考えたり、死刑や厳罰化を危惧したり。

『命の灯を消さないで』2

2010年11月28日 | 死刑
死刑囚へのアンケートをまとめた『命の灯を消さないで』に収録されている匿名男性B死刑囚の文章はかなり長いが、理路整然としてしごくもっともな意見が書かれてある。
一部引用。
「現状(現在)で起きている凶悪事件の報道が過激であればあるほど死刑執行がやりやすくなる。法務省からすれば、事件が大きく報道されればされるほど「世論は死刑執行を支持している」ということになるからです。しかし今も述べた通り、現在の過剰な報道によって、当局から「今が執行のチャンスである」とばかりに、独居房から引きずり出され、吊されてゆくのは、何年も何十年も罪について反省の日々を送っていた人たちなのです。同じ立場でもある私がいうのも変ですけど、彼らは一様におとなしく普通の人です。長い収容生活にもかかわらず、一度としてあばれたり問題を起こしたりしたこともありません。中には職員らから“紳士”と呼ばれ慕われている死刑囚の方もおられます。私から見ても、なぜこの人が……と思えるくらい普通の人なのです。世間の喧騒の裏でひっそり吊されてゆくのはこうした普通の人間性を取り戻した、まことに穏やかな人々であるということをぜひ知っておいてもらいたいのです」

マスコミの過剰報道が厳罰化の一因となっているのは事実である。
権力をチェックするはずのマスコミが権力の走狗になっているわけである。
事件報道(特に雑誌)を読むと、こんなひどい奴は人間じゃない、許せんと思う。
しかし、死刑囚だからといって、ことさらに凶悪、狡猾、残忍、非情というわけではないらしい。

話は飛ぶようなのだが、マイクル・シャーマー『なぜ人はニセ科学を信じるのか』に「これまた私見だが、奇跡や怪物や謎を信じている人々のほとんどは、嘘つきやペテン師でもなければ、気が狂っているわけでもない。ごくふつうの一般人で、何かのせいで誤った考えかたに足を踏み入れてしまっているだけなのだ」とある。
特別異常な人間というのはそうそういるものではないと思う。
死刑囚もたぶん同じである。
死刑囚の多くはちょっとしたはずみが積み重なって事件を起こしてしまった普通の人だと思う。
匿名男性B死刑囚「その多くの根本的原因は、精神的に追い詰められての凶行がほとんどです。裁判で「計画的であった……」などと指摘されたとしても、やはりその前提には貧困や恐怖、社会に対しての身の置き所のない不安や絶望感が、その者たちを凶行に走らせてしまったのだと思います。その瞬間というのは、誰もが精神を病んでいた状態であったともいえるのです。そして逮捕、起訴され……ゆっくりと考える時間がもてるようになってはじめて「はッ!! 自分はなんというバカなことをしてしまったのだ」と、目を覚ますことになるのです。そしてその日から自分の犯した罪の深さに対して、後悔と反省の日々を送ることになるのです」

後悔と反省の日々を過ごす死刑囚がいるかと思うと、こんな人もいる。
『命の灯を消さないで』を読むと、これは何なんだ、という文章があって、たとえば上田宜範死刑囚(無罪を主張している)は自分のことはさておいて、松本健次死刑囚のことを心配している。
「大阪拘置所在監・松本健次死刑囚はえん罪であり、早急に弁護団を結成すべきである。松健氏は知能が低く(決して差別表現ではない)、取調べで自供を強要された節があり、大阪拘置所の調査で、知能が低いから、取調べで丸めこまれたのであろう、死体遺棄は手伝ったかも知れないが、殺人についてはやっていないと結論が出ており、その旨が法務省への報告され、法務省も同じ見解を示している。松健氏を救って上げてください」
その松本健次死刑囚はどういうことを書いているかというと、
「福島みずほちゃんへ 俺と文通をよろしくお願い致します。文通する相手をよろしく。全員で10人程支援人を増やして下さるように、福田首相さん、保岡興治法務大臣さま達へ報告を。レーダー光線を外部から中止して下さるよう国会議員達へ報告をして下さい。命の大切さは良くわかりましたので、トクー償金等のために特別出廷願いを弁護士たちに現在お願い中です!」
松本健次死刑囚は胎児性水俣病による知的障害だそうだ。
主犯の兄が自殺したために、その代わりに死刑になったらしい。

「レーダー光線」は長勝久死刑囚(殺人を否認している)も書いている。
「美しい“福島みずほ先生”へ[P.S.]」として
「自分は、獄中生活上で、拘置所の職員からマインドコントロール等されて苦しめられています。
(1)頭部の機能操作。(特殊な電波照射による同操作)
生活している上で、一定の間、断続的や全く思考することができない状態や、思考上で変な内容を思考する状態や、頭に一部の思考した内容を固定してそれ以外思考できなくなる状態や、記憶ができなくなる状態にされているのです。
(2)麻痺刺激。(特殊な電波照射による同刺激)
生活する上で、断続的に膀胱や肛門を感電しているようにされているいるのです。
(尚、自分は健康でどこも悪い所はないのです。)」
詐病とは思えない。

山本峰照死刑囚(2008年9月11日執行)の文章もウーンというもの。
「福島みずほ様
わだわだアンケイ用紙を送って下さいましたが、お力ぞえにならず気を悪くなさらないで下さい。裁判の時は判決で死刑 私しは死刑にして下さいといいましたが、弁護士がこおその手続をしましたが、私しはその日に取下をし死刑にせんねんしました。死刑が確定すれば半年以内で処刑されると聞いていましたので、それが約4年になりますが、一行にそんなそぶりも有りませんので、私しも困っています。
私しの書いた事とアンケイトは関係は有りませんが、福島みずほ様のお力で法務省のほうに年内まぜの間いだにどおか処刑出来ますように法務大臣にお力ぞえをよろしくお願いします。毎日 一日でも早くお告がくくるように私は手を合せて、お告のくる事を心まちにしています。どおか福島みずほ様 どうおかよろしくお願いします」
山本峰照死刑囚はどんな人だったのか気になる。
それとか藤波芳夫死刑囚(2006年12月25日執行)は「歩くことができず車椅子で刑場に連行され、刑務官に体を抱えられ投げるようにして執行されたと伝えられている」

何年も死刑囚と接し、そしてある日突然、執行に立ち会わなければならない(刑場まで連行したり、ボタンを押したり、遺体を清拭したり)なんてこと、誰だってしたくはない。
まして、深く罪を悔いて反省している人、知的障害者、精神障害者、身体障害者、冤罪を主張している人、そういった死刑囚の絞首刑を刑務官にさせるのは残酷だと思う。
以前、自分が選んで刑務官になったんだ、いやだったらやめればいい、とコメントした人がいたが、薄情だと思う。
コメント (16)
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