三日坊主日記

本を読んだり、映画を見たり、宗教を考えたり、死刑や厳罰化を危惧したり。

映画における少子化について

2009年08月25日 | 映画

小説や映画の主要登場人物には一人っ子が多いことに気づいた。
今年読んだ本や見た映画でいうと、『ロリータ』のロリータとハンバート・ハンバート、『西の魔女が死んだ』は母親と娘が一人っ子だし、『レディジョーカー』は一人っ子同士が結婚して生まれた一人っ子が一人っ子(たぶん)と結婚しようとしてという話。
最近の映画だと、『ハリー・ポッター』『色即ゼネレーション』『エヴァンゲリヲン』などなど。
『愛のむきだし』となると主要人物三人とも一人っ子だし、『ダイアナの選択』は二人と娘が一人っ子、『HACHI』は一人娘に一人息子、『サマーウォーズ』は大家族が舞台なのに主役の二人はたぶん一人っ子。
一人っ子の割合がどの程度か知らないが、フィクションの世界では異様に多いように思う。

なぜ一人っ子が多いのかというと、兄弟がいると物語が成立しないというのがまずある。
たとえば『犬神家の一族』は長女と次女は息子が一人ずつ、三女は息子と娘。
もしもこの三姉妹が多産系で子供がごろごろいたら、犯人は全員殺さないといけないから大変である。
それと映画には一発妊娠の法則というものがあり、そのいい例が『ターミーネーター』。
もしも妊娠しなかったら物語自体が成立しないし、続編が作られることもない。
あるいは、『ガマの油』のように子供が死んだという物語だと、死別のつらさは子供が一人でも複数でも同じだが、何人か子供がいたらそちらの気持ちも描く必要があるので、親に焦点を絞ることができない。
『ポチの告白』のような低予算映画だと、子役の出演料を少なくするためという気がする。

そういえば片親家庭も映画には多いように思う。
スピルバーグ作品の多くは父親が不在だし、『ターミネーター』も母親が一人で育てるし、『ボルト』の女の子はテレビドラマでも実生活でも片親だし、『レスラー』の主人公は一人娘に愛想づかしされてるし、『ウルトラミラクルラブストーリー』は祖母と孫の二人暮らし。
これも片親じゃないと物語が成立しないということがある。
『リリイ、ハチミツ色の秘密』、父親と二人暮らしの娘に母親がいたら旅に出ることはない。
『チェイサー』、少女に父親や兄弟がいたら主人公は少女を連れ歩くことはない。

それで思いだしたのが、小津安二郎の映画で主役は再婚しない。
『一人息子』『秋日和』などは母親、『父ありき』『東京暮色』(陰々滅々さと父親の無神経さがたまらない傑作)『晩春』などなどは父親が一人で子供を育てる。
再婚話があったろうに、どうして再婚しなかったかと思う。
小津安二郎が独身だったことと関係があるのだろうか、不思議です。

コメント (2)
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