宇宙人に誘拐されたという「信じ込みが生まれた根底にあるおそらくもっとも重要な要因」は「人生の意味を見つけたいという欲求」だと、スーザン・A・クランシーは言う。
宇宙人に誘拐されたという記憶が強烈なのは、本物らしく感じられるだけではなく、衝撃的なことが起こるからである。
被験者は全員、人生でいちばんトラウマになりそうな出来事はエイリアンに関するものだと言っている。
「アブダクティーの生理的な反応は、戦争体験者やレイプ被害者など、心的外傷の被害者として記録されている人のものと似ていただけでなく、それ以上に極端な反応を示したケースさえあった」
にもかかわらず、何人かの被験者は「いままででいちばんよかった体験もエイリアンに関することだ」とも答えているのである。
そして、「やり直せるとしたらエイリアンに誘拐されないことを選ぶか」と質問すると、被験者は「エイリアンに誘拐されることを選んだのだ」。
「わたしは、被験者が全員例外なく、体験によって〝変わった〟と感じ、誘拐されたあとは〝まえよりよい人間になり〟〝生活もよくなった〟と言っている事実に驚いた」
アブダクティーたちはこんなことを言っている。
「いままででいちばんよかった出来事は、コンタクトを体験できたことだ。(略)自分の人生の意味を再評価させてくれた―それまでのすべての苦しみや醜さを心から受け入れて、感謝することを教えてくれた。人生が美しい贈り物だということを教えてくれたのだ」
「もしエイリアンに誘拐されていなかったら、わたしはいまとはまったくちがっていたでしょう。もっと無味乾燥な生活を送っていると思います」
「おかしいと思うでしょうけど、肝心なのはアブダクションの体験が私の人生を変えたということです。わたしたちはひとりではないと教えてくれました。わたしをまえよりいい人間に変えてくれたのです」
「もちろんアブダクションの体験は恐ろしいものでした。でも、ベッドに戻されたあと、わたしは安らかな気持ちになり、さらわれたことをうれしく思ったんです。私は何度も何度も……生まれ変わったのだという思いに打たれました。エイリアンに誘拐されて、とてもありがたいと感じています。いまは、この知恵をだれかと共有したいのです。(略)わたしたちは孤独ではないことを知り、人生における優先順位も変わりました。この世のものにはもう執着していません。人類が進むべき精神的な道のほうが気になります。(略)あの生き物は、ある意味、神の天使です―メッセンジャーのような。彼らは、わたしたちにもっと大きな現実を認識させてくれるために、地球にやってきたのです。わたしたちを助けたいのです。わたしは孤独だったからこそ、宇宙とひとつだと感じることができたのです」
こうした感想は前世療法や臨死体験、瞑想による神秘体験を経験した人と似ている。
「アブダクションの体験にともなうショックや恐怖にもかかわらず、アブダクティーは誘拐されたことを喜んでいた。彼らの生活はよくなった。まえほど孤独ではなくなったし、まえより未来に希望が持てるようになったし、まえよりいい人間になったと感じていた」
これをどう評価するかだが、クランシーは肯定的にとらえている。
「アブダクション信奉のいいところは、頭痛や性機能不全のような特定の問題を解決してくれるだけでなく、世界観をひろげ、人間の存在について説明し、よりよい生活を約束してくれることである」
「アブダクションの信じ込みは、ただの悪しき科学ではない。不幸を説明したり、個人的な問題の責任を回避したりするためだけのものではない。アブダクションを信じることによって、多くの人が精神的な渇望を満たしているのだ。宇宙のなかに自分の居場所があることや、自分は大切な存在であることを教え、安らぎをあたえてくれるものなのである」
さらには、クランシーの説によれば、アブダクションは新しい時代の宗教、エイリアン教とでも言うべきものである。
「アブダクティーの研究から見えてきたいちばんのポイントは、わたしたちの多くは神のような存在とのコンタクトを求めていて、エイリアンは、科学と宗教との矛盾に折り合いをつける方法なのだということだ」
「アブダクションを信じることによって得られるものは、世界じゅうの多くの人たちが宗教から得ているものとおなじであるのは明らかだ。人生の意義、安心、神の啓示、精神性、新しい自分。正直言って、わたしもいくらかほしいと思うものもある。アブダクションの信奉は、事実ではなく、信仰にもとづいた宗教の教義のひとつだと考えることができそうだ。実際、多くの科学的なデータが、ビリーバーは心理的な恩恵を受けていることを示している。彼らは、そういうものを信じていない人やり、幸せで健康で人生に希望を持っている。わたしたちは、科学や技術が幅をきかせ、伝統的な宗教が批判される時代に生きている。天使や神に宇宙服を着せ、エイリアンとして登場させたら納得がいくのではないだろうか?」
クランシーは冗談や皮肉でこんなことを言っているのではないと思う。
ここまでくると、神は死に、神の代わりに宇宙人が新しい神として登場したというわけで、エイリアン教は神なき時代の宗教ということになる。
臨死体験や前世療法による過去世の記憶のように、宇宙人に誘拐されたということは客観的事実ではあり得ないが、神や仏を見たということと同じく主観的事実である。
科学とは客観的普遍的真理であり、宗教とは主観的普遍的真理だ、と岸本鎌一氏の話にあった。
アブダクションを信じる人がかなりの人数いるわけだから、アブダクションは宗教的だと言えるかもしれない。
つまり、アブダクションはスピリチュアルなのである。
何なんだこれは、というのが正直な読後感だった。