三日坊主日記

本を読んだり、映画を見たり、宗教を考えたり、死刑や厳罰化を危惧したり。

裁判員制度を考える5 調書主義と弁護士

2008年11月07日 | 日記

ある弁護士が「私は今まで裁判の最中に寝たことがない」と言うのを聞いて驚いたことがある。
裁判というのは検察官や弁護士が原稿をだらだら長々と読むので眠たくなるものなんだそうで、裁判官や検察官でも寝ている人は珍しくないらしい。

読売新聞社社会部裁判員制度取材班『これ一冊で裁判員制度がわかる』にも、裁判は緊迫感がなく、質問のテンポは悪く、声が小さく聞き取りにくく、専門用語が飛び交うから素人には何を言ってるのかわからない、裁判を取材する記者もつい眠ってしまうと書いてある。

最高裁のHPには、裁判員制度は「国民の司法への理解を深める」「国民の理解しやすい裁判を実現する」「国民に分かりやすく,迅速な裁判とする」などと書かれてある。
裁判員制度になると、裁判員にもわかる裁判に変わるというというのだから、眠たくならない裁判になるのだろう。
そのために調書主義から口頭主義へと変わる。

調書裁判主義とは「警察や検察の取り調べで作成された被告らの供述調書を重視する裁判」ということである。

伊東良徳『連合赤軍とオウム真理教』によると、裁判とはこういうものだそうだ。
「今(1996年)、日本の裁判所で行われていることは、検察側が捜査段階で得た供述調書をもとに、その得られた供述調書というものも警察段階で喋ったことを検察官が自分好みのストーリーに編集した検察官面前調書というものしか出てきませんから、その検察官面前調書をもとに作ったストーリーを追認する儀式をしているにすぎないわけです。それ以上になにか新しい事実を発見するとかそういう努力というのは、検察側は、起訴してしまえばその事実を認めさせることが目的なわけだから、なにもやらないし、弁護側も基本的に争わないという姿勢ですから、一切行っていないということですね」

検察の作った調書を読み上げ、裁判官が追認という儀式を行う場が裁判というわけである。
被告の話を弁護人が聞かずに検察の調書をそのまま受け入れるということでは、富山連続婦女暴行冤罪事件や光市事件の一審がそう。
裁判がこういう状態だと、被告はわけがわからないうちに有罪となってしまう。

それが口頭主義に変わる。
「裁判では難しい証拠書類を読んで、理解できないといけないのか? そんなことはありません」「法廷でのやりとりを聞いていれば理解できる裁判へと変えていく努力が続けられています」(読売新聞社社会部裁判員制度取材班『これ一冊で裁判員制度がわかる』)

たとえば、素人にもわかるように法律用語の言い換えが行われる。
心神喪失と心神耗弱の違いは私もよくわからなかったが、心神喪失とは「精神の障害により、やって良いことかどうかの判断や、やってはいけない行為を抑えることが「全くできない状態」」、心神耗弱とは「判断したり、行為を抑えたりすることが「非常に困難な状態」」となるそうだ。

『それでもボクはやってない』の周防正行監督
「一般の人たちが裁判に参加することで、法廷で使われる言葉は変わらざるをえない。今の裁判では裁判官、検事、弁護士だけが分かる言葉で行われている。裁判員制度の導入で、法曹3者が自分たちの言葉を考え直すいい機会になる。変化が起こらざるを得ない。そこにすごく期待している」

調書主義から口頭主義になることによって、「刑事裁判で起訴事実を否認した被告の一審無罪率(一部無罪含む)が昨年、過去10年で最高の2.9%に上った」という。

「捜査段階の自白調書が証拠とされないケースの増加を示す最高検のデータもあり、各地裁で市民参加の裁判員制度を意識し、証拠評価が厳しくなっていることをうかがわせる」

「刑事裁判の一審無罪率のアップは裁判員制度に向け、法廷でのやりとりで主に判断する「口頭主義」の徹底が提言されていることが影響しているとみられる。口頭主義の徹底が、自白調書をこれまでほど重視しない傾向につながっているのだろう」(西日本新聞

口頭主義になれば冤罪が減るかもしれない。
ただし、裁判員制度でなくても、口頭主義の裁判をすればいいだけのことだが。

調書主義の裁判では「基本的に争わないという姿勢」の弁護人が多いという、弁護士の質の問題は口頭主義になると変わるのだろうか。
伊藤和子『誤判を生まない裁判員制度への課題』によると、アメリカでも「驚くべきことだが、冤罪事件の中には、被告人の要望にも関わらず、弁護人が公判で必要な証人や鑑定を申請しないまま陪審評決に達し、死刑を宣告されるケースが珍しくないという」
安い謝礼では弁護士もちゃんと働いてくれないわけである。
「弁護活動に見合うだけの弁護士費用を保証する公的制度が存在しない州が、アメリカには少なからず存在する。そうした州では、自ら弁護士費用を支払えない貧しい被告人には適切な弁護人がつかず、結果として不適切な弁護活動があとをたたない状況である」

例えばアラバマ州。
「アラバマ州では2004年段階で190人の死刑囚がいる。これは全米7位の規模、人口あたりの死刑囚の率では全米1位である。
1990年以降、死刑囚の人数は倍増し、1998年以降、アラバマ州は全米で最も多く死刑を執行する州となった。理由の第一はアラバマ州が全米で最も殺人事件の多い州の一つであることにある(このことは死刑が殺人の抑止となっていないことを表している)」

アラバマ州では刑事弁護に対する予算、そして弁護士に対する報酬の低さがいかに多くの冤罪被害をもたらすかを示している。
報酬の少なさを反映して、刑事弁護に取り組む弁護士の層が少ないからである。

「貧しい被告人は、このような低い報酬に相当する弁護活動しか受けられなかった。多くの場合、弁護人は必要な調査をせず必要な証人を呼ばないまま、きわめて不充分な活動のもとで弁論を終了した。こうして、多くの無実の人々に死刑有罪判決が宣告されてきた。犠牲になるのは、経済的に貧しく、人種的に差別された黒人ばかりである。無実の者が、弁護士費用が支払われないために、つまり「貧しいために」死刑になっていくという実態である」

貧しい死刑囚や死刑事件被告人のために弁護を引き受けるブライアン・スティーブンソン弁護士によると、
「裁判所は弁護人を指名して弁護にあたらせていますが、その多くはトレーニングを受けておらず、やる気もあまりなく、何より少額の報酬しか支払われないため、彼らは事件を調査しないし、重要な証拠を提出しません」
ということである。

伊藤和子氏はこう言う。
「アメリカの少なからぬ地域で、あまりにも低い報酬のため、経験も熱意もない弁護士が不適切な弁護活動を繰り広げており、経済的資力のない被告人が憲法上の保障を実質的に受けているといえない事態が存在する」

では日本の現状はどうかというと、現在の国選弁護報酬は、最近引き上げられたアラバマ州の水準すら下回る場合が多いそうだ。

裁判員制度:「対応態勢整っている」は6割 弁護士会
毎日新聞は8月下旬~9月、各地の弁護士会の裁判員制度担当副会長らに、担当弁護士確保のほか、連日開廷が可能かなど準備状況を尋ねた。その結果、「対応可能」「めどはついた」としたのは東京の3会や大阪、横浜などの各弁護士会。これに対し岩手は「苦しい」、茨城県は「刑事専門の弁護士がいない。厳しい」と答えた。ともに人口に対する弁護士の数が全国で最も少ない地域だ。
 そのほか「現状では連日開廷に対応できない」(長野県)、「対応できるが、研修参加は若手中心で、中堅、ベテランの関与が不足」(千葉県、山口県)などの声が上がった。埼玉は制度を担う国選弁護人の希望者を募ったが、目標の100人に対し49人しか名乗り出なかった。
 今後の課題では、国選弁護人の選任数について、1人ではなく原則複数を求める声が多く、「強盗殺人の否認事件の集中審理には3~4人必要」(大分県)との意見も。連日開廷中の夜間、休日接見や公判前整理手続きでの検察側による全面証拠開示、国選弁護報酬増額の要望も目立った。
毎日新聞11月3日

「現状では連日開廷に対応できない」ということだが、弁護士のほとんどは民事事件で生計を立てているそうだ。
否認事件で10回の公判が必要とすると、2~3週間かかる。
「いまのわが国の弁護士事情からすると、二週間ないし三週間のあいだ、民事事件をまったくやらずにその刑事事件に専念できるほど余裕のある弁護士はほとんどいないのではないかと思われます」(西野喜一『裁判員制度の正体』)
だから「国選弁護報酬増額の要望」があるわけである。

裁判が長引くようだと、弁護人の引き受け手がいない場合があるだろうし、引き受け手があっても、時間がないというので公判が始まるまで時間がかかるかもしれない。
ひょっとしたら忙しいというので3日間ですませようとする手抜き弁護士がいるかもしれない。

こういう状況でだから、こんな弁護士もいるのだろう。
大阪弁護士会:ベテラン国選を懲戒 否認事件で「手抜き」
 起訴事実を否認した被告の弁護を受任しながら、検察側の証拠にすべて同意するなどの「手抜き弁護」で被告の権利を損なったとして、大阪弁護士会が竹内勤弁護士を「戒告」の懲戒処分にしていたことが分かった。09年5月から新たに裁判員制度が導入され弁護技術の向上が課題となる中、司法関係者から「弁護士としてあるまじき行為」と非難する声があがっている。
 竹内弁護士は、同会の非弁活動取締委員会委員や人権擁護委員会副委員長などの要職を務めたベテラン。同会の議決書などによると、竹内弁護士は05年12月、暴行と傷害罪に問われた男性被告の国選弁護を受任。その約1カ月後に大阪地裁で開かれた初公判で、被告が起訴事実を否認したのに、検察側が裁判所に取り調べるよう請求した証拠すべてに同意した。
竹内弁護士は「40年以上、積極的に国選弁護を引き受けてきた自負はあるが、処分は甘んじて受ける」と話している。竹内弁護士は、女性依頼者に対し着手金の割引きと引き換えに性的関係を求める趣旨で食事に誘ったとして、05年にも業務停止3カ月の懲戒処分を受けている。
毎日新聞2008年5月20日
裁判員制度になったからといって、弁護士の質が上昇するとはかぎらない。

裁判員制度を始める前にすべきこと、変えるべきことが山ほどある。
それからでも遅くはないと思う。

コメント (2)
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