E・F・ロフタス、K・ケッチャム『抑圧された記憶の神話 偽りの性的虐待の記憶をめぐって』はほんとに恐い本である。
8歳の時、父親が友達を強姦して殺したのを目撃した女性が、そのことを全く忘れていたのに、20年後に突然思い出し、女性は父親を告発した、という事件が1989年にあった。
このニュースは私も読んだことがあり、へえー、そんなことがあるのかと思ったものでした。
カウンセリングによって抑圧されていた性的虐待の記憶を思い出した人は、欧米には大勢おり、親が告発されて起訴され、中には有罪の判決を受けて刑務所に送られる人がいる。
ところが『抑圧された記憶の神話』によると、カウンセラーの暗示、誘導によるニセの記憶らしいのだ。
アメリカでは、性的虐待の記憶どころか、宇宙人に誘拐されたこと、悪魔崇拝の儀式への参加、前世といった記憶すらも、カウンセリングを受けることによって思いだし人がゴロゴロいる。
こういう理論である。
抑圧と忘却とは違う。
忘却とは物忘れ、抑圧とはある一部の記憶だけを失い、しかも記憶を失ったという意識さえないことである。
耐え難い経験は抑圧して、記憶から消してしまう、だが抑圧されていた記憶を思いだせば、すべてはよくなるという理屈は素人にはもっともらしく聞こえる。
カウンセリングはこのように進められる。
こういう考えのカウンセラーは、すぐさま「子どもの頃、身体的、性的、情緒的な虐待を受けたことはありませんか」と暗示し、誘導する。
そして、思いだせない人には、記憶が思いだせなくても心配しなくていいと言う。
そしてこんなことまで言う。
性的虐待の記憶がないことが、性的虐待があった証拠だと言うのである。
このように、カウンセリングによって親から虐待を受けたという記憶を植えつけられてしまうことが社会問題化しているという。
虐待された記憶がないのは子どもばかりではなく、虐待をしたとされる親のほうも自分が虐待をしたことを覚えていない。
だからといって、虐待がなかったことにはならない。
親も虐待したという記憶を抑圧しているかもしれないからだ。
虐待されたと告発された親が、やってもいないのに罪を認めている。
ある父親は17年間も子どもたちを性的虐待し、告発される一ヵ月前にも虐待したと娘から言われているのに、全く覚えていない。
ところが、警察やカウンセラー、牧師たちに自白を強要され、その父親は嘘の自白をし、現在は刑務所に入っているそうだ。
ちなみに、性的虐待を認めた父親は福音派の熱心な信者である。
この問題は、多重人格障害や外傷後ストレス障害の増加についても当てはまるかもしれないそうだ。
今までほとんど症例のなかった多重人格障害が驚くほど増加しているし、外傷後ストレス障害は当然のようになった。
これは被暗示的な人がカウンセラーによる暗示に迎合し、暗示にそった症状を呈し始めることで生じるのではないかと考えられている。
抑圧された記憶がはたして事実なのかどうか。
ロフタスたちは偽りの記憶(スーパーで迷子になったなど)を作り出すことに成功している。
だから、宇宙人に誘拐されて身体を調べられた、という記憶を、カウンセリングによって与えることは十分に可能なわけである。
となると、カウンセリングによって思いだした記憶が、本当に事実なのか、暗示による空想なのかはわからない。
問題は、実際に性的虐待によって苦しんでいる人がいるわけで、それがこの問題の非常にデリケートな点である。
回復した性的虐待の記憶がはたして事実かどうか、きちんと確認していかなければならないのだが、すべての問題が性的虐待によって説明できると考えているカウンセラーの思い込みに反証することは難しい。
私が性的虐待を受けたことはない、もしくは性的虐待をしたことはない、ということを証明するのは不可能である。
誰も覚えていない、だけども必ずあった性的虐待。
性的虐待を受けたかどうかをチェックするリストがある。
2 新しい経験をするのが怖いですか?
3 人から何か暗示されると、従わなければならないように感じますか?
4 人から暗示されたことが命令のように感じられ、従いますか?。
これはリストの一部だが、言うまでもなく誰にでも当てはまることばかり。
アメリカでは、女性の三人に一人、男性の七人に一人が18歳になるまでに性的虐待を受けているという。
どういうのが性的虐待かというと、身体接触がなくても性的虐待になることはたくさんある。
子供部屋にノックもせず、いきなり入る、性器を見せる、卑猥な言葉を言う、などなど。
クレヨンしんちゃんのお父さんみたいに、ぞうさんぞうさんと、ちんちんぷらぷらさせるのもダメだし、カンチョーもダメ。
(追記)
宇宙人による誘拐についてはスーザン・A・クランシー『なぜ人はエイリアンに誘拐されたと思うのか』を見てください。