水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ④<7>

2015年04月20日 00時00分00秒 | #小説

「…なんなんですよ。すっかり、いい仲になったようでして…」
「まあ! どなた達が?」
 小鳩(おばと)婦人は扇(おうぎ)を手元へ下ろし、訝(いぶか)しそうに里山を見た。
「ですから、うちの小次郎とみぃ~ちゃんが…」
 小鳩婦人は、しばらく黙っていたが、理解したのか頷(うなず)いた。
「ああ、そういうことざまぁ~すの? ちっとも気づきませんでしたわ。あら、嫌だ!」
 婦人は扇をパタつかせた。
「なんとかなりませんか? 頼まれたもので…」
「どなたに?」
「いや、その…小次郎に」
 小次郎が人間語を話せる猫だということは、今や世界で知れ渡っていたから、当然そのことは小鳩婦人も知っていた。
「そういうことは、本人同士、いえ、本猫同士に任せるしか仕方ないんじゃござ~ませんこと?」
「と、いうことは、ご婦人も二人の仲をお認めになると?」
「ええ、もちろん。世界的な国際猫の小次郎君なら、文句はござぁ~ませんことよ、ほほほ…」
 話は小次郎の心配とは裏腹に、順調に纏(まと)まっていった。
「通い婚というのは、古く平安の御代(みよ)には、ごく当たり前だったそうですから、小次郎を通わせても別に不自然ということはないですよ」
 里山は歴史好きだったから上手(うま)い具合に小鳩婦人へ返した。


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コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ④<6>

2015年04月19日 00時00分00秒 | #小説

『新居で暮らす、という訳にもいかないしね…』
『通うにしたって、私の方からは無理だと思う』
『確かに…。みぃ~ちゃんは伝えられないからな。それにしても、いい天気だね』
「ええ…」
 二匹は背を丸め、尻尾(しっぽ)の先を丸めた。
 その頃、邸内では里山が超高級紅茶を飲んでいた。傍(かたわら)に侍女(じじょ)風の高貴な老女が、里山が食べたことも見たこともない超高級菓子が乗った皿を置いた。スイーツには滅法、目がない里山だったが、これは、なんと? と訊(き)く訳にいかず、黙って食べ始めた。里山にもプライドは少なからずあったのだ。スィーツを食べながら里山は小次郎とみぃ~ちゃんのことを、さてどう話していいものか…と考えた。
「いや、実はですね…」
 意を決した里山は、小鳩(おばと)婦人に語りかけた。
「あらっ、なんざまぁ~すかしら?」
「うちの小次郎とみぃ~ちゃんが…」
「えっ? 小次郎君と宅のみぃ~ちゃんが、どうかしましたの?」
「いや、その…あの…」
 里山はどう伝えていいのか…と、難儀した。
「ほほほ…面白いお方」
 小鳩(おばと)婦人は、また手持ちのダイヤモンドが散りばめられた扇ゅおうぎょで口を押さえ、笑う口を隠した。よく扇を使うお方だ…と、里山は思った。


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コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ④<5>

2015年04月18日 00時00分00秒 | #小説

「あらっ? みぃ~ちゃん、どこへ行ったのかしら? 嫌ざまぁ~すわ、ほほほ…」
 高貴な笑いで、小鳩(おばと)婦人は手持ちのダイヤモンドが散りばめられた扇子を見せつけるように口を押さえた。
 二匹は、すでに小鳩邸のゴージャスな大庭園を散策しながらデイトしていた。交わす言葉は、もちろん猫語である。
『ご主人が、仲を取り持ってくれるそうだよ』
『ふ~ん、そうなんだ…』
 みぃ~ちゃんは、攣(つれ)れなく返した。小次郎としては肩すかしを食らった格好である。
『人ごとみたいに…』
『だって、うちの奥様、なかなか手強(てごわ)いわよ。上手(うま)くいくかしら?』
『…まあ、そう言われれば、なんだけど。でも、うちのご主人も、アレでどうして、やるときはやられるお方だから』
『お手並み拝見ってとこね』
 みぃ~ちゃんはお嬢さま風に高級感を漂(ただよ)わせて言った。言われてみればそのとおりで、里山に任せるしかないのだ、所詮(しょせん)、僕達は猫だ…と、小次郎は目を片手でフキフキした。猫が器用に顔を拭(ふ)く例の仕草である。二匹は池に掛けられた橋の上へ腰を下ろした。青空に澄みきった空気が流れ、いい気分の二匹だった。
『僕達のことは、ご主人に任せるしかないだろう。一応、人間語で相談したんだよ…』
『そうなんだ…。確かに、人間のようにはいかないわね』
 みぃ~ちゃんは橋の上へ腰を下ろすと、軽く片手をナメナメした。小次郎も腰を下ろした。


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コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ④<4>

2015年04月17日 00時00分00秒 | #小説

「ほほほ…この辺りで、お寛(くつろ)ぎ下さいましな…。今、お茶を運ばせますわっ」
 小鳩(おばと)婦人は据(す)え置かれた純金製と思われるハンドベルを優雅に数度、動かした。すると、なんとも耳触(みみざわ)りがいい高い音色が響き、奥間のドアが開いて侍女(じじょ)風の老女が現れた。
「お嬢さま、どのような…」
 お嬢さま? どう見ても年老いた大きい梟(ふくろう)だろう…と里山には思え、思わず噴き出しそうになったが、必死に堪(こら)えた。
「ああ、婆や…。お茶をお出しして」
「はい、かしこまりました…」
 侍女風の老女は、すぐ大広間から退出した。そのとき、里山は腕に抱いた小次郎が変な小声で鳴くのを感じた。猫も笑うのである。そこへ、一端、奥の間に消えたみぃ~ちゃんが楚々と歩いて現れた。今日の主役の再登場である。小次郎は笑いを止め、里山の腕からヒョイ! と、飛び降り、みぃ~ちゃんに近づいた。里山が予想していない小次郎の動きだった。
『シカジカなんだよ、みぃ~ちゃん』
『えっ! シカジカ? 大先生が?』
 みぃ~ちゃんは、すぐ理解した。彼女は小次郎を映画の役どおり[先生]と呼び、里山は先生のご主人ということで、[大先生]と呼んでいた。
 二匹は気づかれぬよう大広間を静かに出た。


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コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ④<3>

2015年04月16日 00時00分00秒 | #小説

『大丈夫そうですね…』
「そのようだ…。早く、食っちまってピンポ~ンだ」
 里山は片手の人差し指で表門のチャイムを鳴らす仕草をした。
「お久しぶりざま~ぁす、里山さん。それに小次郎君…でしたかしら?」
 食後、車から降りた里山がチャイムで呼び出すと、しばらくして小鳩(おばと)婦人がみぃ~ちゃんを抱いて現れた。里山も小次郎を抱いていたから、出会いの形としては最高だった。小次郎はみぃ~ちゃんの手前、余り人間語で挨拶するというのも高慢(こうまん)ちきに思え、ニャ~とだけ猫語で鳴いて挨拶した。それでも、みぃ~ちゃんの耳には、『逢えたねっ!』と、聞こえた。みぃ~ちゃんも小次郎に逢いたかったのか、ニャ~と猫語で返した。意味は、『私も…』ぐらいの意味である。人間で言う、いい感じ・・だ。
「まあ、立ち話もなんざまぁ~す。どうぞ、お入(はい)り下さいまし…」
 小鳩(おばと)婦人は高級感が漂(ただよ)う香水(パヒューム)を、これ見よがしに匂(にお)わせながら、そう言った。
 小鳩家の邸内へ入り、里山と小次郎が最初に通されたのは、まるでベルサイユ宮殿を彷彿(ほうふつ)とさせる大広間だった。だが、邸内全体に空調システムが完備されているのか、まったく暑くも寒くもない快適さだった。その一角にある王朝風の豪華な応接セットへ里山達は導かれた。
 「ほほほ…この辺りで、お寛(くつろ)ぎ下さいましな…。今、お茶を運ばせますわっ」
 小鳩(おばと)婦人は据(す)え置かれた純金製と思われるハンドベルを優雅に数度、動かした。すると、なんとも耳触(みみざわ)りがいい高い音色が響き、奥間のドアが開いて侍女(じじょ)風の老女が現れた。


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コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ④<2>

2015年04月15日 00時00分00秒 | #小説

 調べは割合つきやすく、所属やスケジュールの詳細も存外早く、入手できた。
 みぃ~ちゃんは動物専門の芸能事務所、槍プロの所属だった。個人事務所で一人と一匹で頑張る里山達とはド偉(えら)い違いで、槍プロの所属動物は犬猫は申すに及ばず、多種多様な動物を網羅(もうら)して数十匹にも及んだ。
「明日は空き日だそうだ…。よし! 思い切って訪れてみよう。婦人も知らない訳でもなし、まさか門前払いはしないだろう」
『よろしく、お願いいたします…』
 小次郎は丁重に、ニャ~と尻尾(しっぽ)を動かした。小次郎しては、自分の力では離れた距離的なものも含めて手に負えず、里山に任せるしかない訳だ。里山は、すでに仲人(なこうど)気分になっていた。申すに及ばず、多種多様な動物を網羅(もうら)して数十匹にも及んだ。事前に槍プロへコンタクトをとり、みぃ~ちゃんの空き日と飼い主の小鳩(おばと)婦人の住所を訊(き)きだしておいた。
 そして、その日が巡り、朝早く、里山と小次郎は小鳩(おばと)婦人の大邸宅前に立っていた。時間的に遅い訪問だと、外出後で留守ということも有り得たからだ。まさか六時過ぎに出かけているということもないだろう…と思い、車を邸宅が見える近くの空き地へ横づけし、コンビニで買った菓子パンと牛乳を飲み食いした。もちろん、小次郎の朝食用固形食料や猫缶、キャット・ディッシュは車に積み込んであった。里山はまるで探偵のように、食べながら小鳩婦人が出ないかを見張った。


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コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ④<1>

2015年04月14日 00時00分00秒 | #小説

 道ならぬ恋とは、まさしく小次郎とみぃ~ちゃんのことだった。小次郎が意を決して里山にその想いを打ち明けたのは、完成試写会を迎えた日だった。
『実は、しかじかかくかくなんですよ』
「なるほど! かくかくしかじかじゃなく、しかじかかくかくなんだな。なぜ、もっと早く言わなかった!」
 里山は小次郎に、しかじかかくかくだと聞かされ、思わず怒っていた。水くさい、お前と俺の中で…と瞬間、思えたのだ。
『どうも、すみません。でも、僕は飼われている身の上ですから…』
「馬鹿なことを言うんじゃない。飼われているのは里山家だ。今のお前は、立派な里山家の稼(かせ)ぎ頭(がしら)じゃないかっ! 俺もひと肌、脱がん訳にはいかんだろう…」
 里山は熱い口調で語った。小次郎は、ひと肌、脱ぐとは大げさな人だ…と思ったが、思うに留めた。
『はあ。まあ、そうなるんでしょうか…』
「なるとも、なるとも。…そういや、いいとも、終わっちまったなぁ。そんなこたぁ~どうでもいいんだ! それよか、みぃ~ちゃんの方は?」
 里山は漫才のボケとツッコミを一人でやった。
『それなんですよ。小鳩(おばと)婦人も知らないと思いますし…』
「そりゃそうだ…。ニャ~じゃ分からんからな。さて、どう算段するかだが…」
 里山は腕組みし、小次郎は尻尾(しっぽ)を軽く巻いた。しばらくして、里山が口を開いた。
「とにかく、みぃ~ちゃんが婦人の手を離れる機会を探るとしよう」
 しばらく、小次郎のスケジュールを開けていたのを幸いに、里山と小次郎は探偵気どりでみぃ~ちゃんのオッカケを始めた。そこはそれ、並みのトウシロとは違い、こちらも業界人、いや、業界猫である。


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コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ③<50>

2015年04月13日 00時00分00秒 | #小説

「相変わらず、下手(へた)ね…」
 キッチンへ戻(もど)り際(ぎわ)、沙希代が発した必殺のひと言で、ギターの音がピタリ! と止まった。
 夜が更けた頃、沙希代は寝静まり、こっそりとベッドを抜け出した里山と小次郎の談義が始まった。
「お前の活躍のお蔭で、俺は第二の人生を進めている。改めて、ここで礼を言っておくよ」
『嫌ですよ、ご主人。そんな他人行儀な…』
 小次郎は小(こ)っ恥(ぱ)ずかしくなり、長く伸びた口毛を少し動かすと、尻尾の先をピクリと動かした。
 あれこれの雑事はいろいろと起きたが、ともかく小次郎の活躍で里山は新たな生き甲斐を見つけることができ働いている。かなり疲労 困憊(こんばい)はしているものの、心理(メンタル)面での満足感はあった。勤務の頃の、あの嫌味な蘇我部長の顔を見ないで済(す)むのだ。
「小次郎…俺達は、これでよかったんだよな?」
『…ご主人がよかったと思っておられれば、それでよかったんだと思います。僕は、どちらにしても、もともと捨て猫ですから…』
「そんなに僻(ひが)まないでも、いいだろうが…」
『僻んでる訳じゃありません。それが事実ですから…』
「まあ、暮らし向きは幸いよくなったし、家内の機嫌もいいしな…」
『奥さん、を辞められて、太られましたね』
「ははは…、テレビを観ながら煎餅(せんべい)ばっかり食ってるからな。小次郎の活躍の成果だ」
『成果かどうか…』
 里山が笑い、それに吊(つ)られて小次郎もニャニャニャと笑った。

                                          第③部 <活躍編> 完


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コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ③<49>

2015年04月12日 00時00分00秒 | #小説

「小次郎の活躍で、我が家はすっかり金持ちになったが、どうも住みづらくなった…」
『今の日本に似てませんか?』
「そういや…俺の子供時代は国全体が住みやすかったな」
 里山はそう言いながらテレビのリモコンを弄(いじ)った。テレビ画面には、ひと月ほど前に収録された[小次郎ショー]の様子が映し出されていた。里山は画面を見ながら茶を飲み、小次郎は高級陶磁器製のウォーターボールに入った水を舐(な)めた。缶詰の空き缶の水を舐めていたときから考えれば、破格の出世である。活躍の結果、暮らし向きはよくなった? いや、それはまだ里山にも小次郎にも未知数だった。物的には恵まれたのは確かだった。ただ、気分的には恵まれていなかったのだ。里山も小次郎もマスコミという自分達を包み込む見えない圧力に翻弄(ほんろう)されていた。里山は木邑(きむら)監督がクランクインしたその日、突然、歌い出した、♪そのうち、なんとかなるだろう~~♪を思い出した。里山は急に立ち上がると居間の隅に置いてあるギターを手にし、下手(へた)にジャンジャカと弾き始めた。急に襲った土石流のような雑音に、小次郎は緊急退避を余儀なくされ、素早くその場から走り去った。
「なによ! テレビ、点(つ)けっぱなして!」
 小次郎と入れ替(かわ)ってキッチンから沙希代が現れ、リモコンでテレビを消した。里山はとり憑(つ)かれたように沙希代を無視し、無言でギターをジャンジャカと弾き続けた。


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コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ③<48>

2015年04月11日 00時00分00秒 | #小説

「無理無理無理! 裏口から…」
 里山が玄関戸を開けようとしたとき、沙希代が待った! をかけた。
「そうだったな。ははは…、これじゃ、コンビニへも出られんな」
 里山は辛笑(にがわら)いした。だが内心では、少し有名人になったような誇(ほこ)らしい気分もあった。
 この日、仕事はなく、里山も小次郎も、のんびり過ごそう…と、それぞれ思っていた。コンビニから帰った里山が、真新しいカミソリで髭(ひげ)を剃(そ)っていると、小次郎が近づいてきた。
『今、よろしいですか?』
「… ああ、いいよ」
 里山は髭を剃りながら、鏡越しに映る足下(あしもと)の小次郎に言った。
「なんだ、そんなことか。それなら答えるが、この城は、捨てられん。なんといっても、住み心地がいいからな…」
 歴史好きな里山は、昨日観た歴史大河ドラマの一場面を思い出しながら、戦国時代的に言った。どうも、この家の暮らしやすさが気に入っているようだった。
『確かに…』
「お前も、そう思うか?」
『はい!』
 マスコミ騒ぎがなかった頃を思い返せば、この辺(あた)りは閑静でいい佇(たたず)まいの環境だった。


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