水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ③<38>

2015年04月01日 00時00分00秒 | #小説

 なんといっても、猫が語るモノローグ[独白]がこの映画の進行には欠かせないから、小次郎は多くを語らねばならなかった。直接、話すシーンは少なく、ほとんどがモノローグのアフレコだった。アフレコとは、あとから場面に合わせて、自分の気持を別撮りする手法である。普通の場合、声だけの録音だから、台本とかを読めばいい訳だ。だが、小次郎の場合、文字が読めないからそれもままならず、里山が呼んだ台詞(セリフ)を暗記する必要があったのだ。OKが出れば、その部分は忘れればよかったが、次から次へと覚える必要があった。ただ、小次郎がストレスを感じるほどの負担にはならなかった。みぃ~ちゃんは猫語でしか話さなかったが、美人猫だったから、小次郎にはそれで十分だった。
「では、奥様はこちらで…。みぃ~ちゃんはそこの縁側に置いて下さい。ご存知かとは思いますが、小次郎君がやって来るシーンですから」
「分かりましたわ…」
 小鳩(おばと)婦人は木邑(きむら)監督に言われるまま、みぃ~ちゃんを縁側の座布団の上へと下ろした。
「小汚(こぎたな)いお座布(ざぶ)ざぁ~ますこと! もう少し、小綺麗なの、ございませんの?」
「ははは…、明治の暮らし風を出してますので…」
 映画にイチャモンをつけられ、さすがに木邑監督もムッ! としたのか、声では笑いながら顔が引き攣(つ)った。後々(のちのち)分かったことだが、小鳩婦人は、この映画の重要なスポンサーの一人だったそうである。小次郎はそれを知り、なるほど、アレだったからアレか…と得心した。それが分かったのは、映画が封切りになって一年以上、過ぎてからである。


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