OURSブログ

社会保険労務士としての日々の業務を行う中で、考えたこと、感じたこと、伝えたいことを綴る代表コラム。

社労士開業当初はすべてが先生

2022-06-12 23:32:09 | 開業記

開業や勤務社労士として登録して日の浅い方が参加する山の手メンター塾や、BBクラブOBで開業することになったというご報告で、開業当初を振り返ることは比較的多くあります。今年で開業30年目に入ったということで、最近は参加者の中で私が開業暦としては一番古いという場面も多くあり、昔の話をしても仕方がないことと、参考になるのではないかということと、考えて話をしないといけないと心していますが、開業当初どのようなことが勉強になったかお話ししたいと思います。

開業当初どのように知識・経験を得ていくかということは、今のようにネットで情報がすべて入手できるわけではなく、また顧問先の当てもなくひとりひっそりと自宅で開業したので、知識と経験を得る方法は本当に限られていたと思います。どのようなことをして知識・経験を重ねたかというと、周りのすべてが先生だったなと思います。

まずこれは今も新しいテーマで講演の依頼やご相談を受けたときは、とにかく2、3冊書籍を購入して勉強します。開業当初も同様で、細々と入る収入は大方書籍購入に充てていたといっても良いと思います。ネットで入手できる情報もありますが、全体からの俯瞰や正確性、信頼性、本当に細かい部分を確認するにはやはり書籍ということになります。ですから事務所の本箱は今や隅っこにありますがかなりの量の書籍があります。

年度更新や算定は行政協力で経験を積みました。特に年度更新はたった1件だけ申告書を書いただけで、監督署の受付をさせてもらいました。そこで実務上の基本的な考え方や変則的な場合の扱いを教えて頂いてその後毎年20年間続けて表彰も受けました(今のように臨時指導員向け研修はなく、おそらく私のような新米が来るので支部開催の研修の必要性があり要請があったのかもしれませんが、その後その研修で講師もしました)。建設業の年度更新なども行政協力で持ち込まれた書類から記載方法などを勉強したといってよいと思います。初年度隣に座って頂いた監督署の女性の課長さんは今もお名前も覚えていますが本当に感謝しています。

開業当初から5年ほどTACの採点チームでアルバイトをしていたのですが、その時の5,6人のメンバーが皆同じように開業したての仲間でその仲間との情報交換が貴重な時間でした。その後講師になっても3年ほどは続けていたと思います。あとから考えると合格したとはいえあの頃は知らないことが本当に多かったと同じく講師になった仲間と話したりしましたが、週1回の採点のアルバイトは本当に助かりました。採点する問題について質問しあったことも勉強になりました。社労士事務所での勤務経験者がいて「そんなことも知らないでよく社労士と言えるな~」と言われてズキンと来たりもしましたが、皆でわからないなりに相談しあえるのは本当に心強く勉強になりました。何らかのきっかけを見つけてそういう勉強会を作ってみるのは良いことと思います。

顧問先から確認してもらいたいというご依頼も、勉強になります。これも今でもそうですが、顧問先からの依頼があれば初めての書類でも調べながら確認していくのですが、これは本当に勉強になります。報酬を頂きながら勉強できるのは本当に有り難いです。36協定も厚生労働省から出ているモデルしか見たことがなかったのですが、顧問先から確認依頼を受けて初めて実際提出する現物を確認する機会を得ました。厚生労働省のモデルと違うところを監督署に確認して目から鱗だったこともあります。当時はそこまでできていませんでしたが、今はやはり法律上条文や通達などの根拠もできるだけ当たって自分自身が納得するようにしています。

あとは、先輩社労士の存在です。開業したばかりのころは先輩に気軽に質問はできないのですが、どうしてもというときは先輩社労士に電話をしたり支部の事業で集まったときに勇気を出して相談していました。支部の役員になったのも楽しかったからということもありますが、情報を得ることができるのも魅力でした。社労士の先輩は皆さん優しくて、困ったときの行政への質問の仕方、手続きの方法など実務的なこと、事務所運営のこと(法人化の時も決算をどの時期にすべきか)などある程度経験してからも沢山相談に乗ってもらいました。その経験があったので支部長になったときに「山手メンター塾」を創設することにしました。

開業当初や勤務社労士で実務をしていなくても、自分なりのテーマを決めて勉強するのが良いと思います。できればそのテーマで本を書いたりセミナーをできるとより良いと思います。色々なところに売り込んでも良いのです。自分の勉強にもなりますし、〇〇に強いということで認知されることは士業にとっては大事なことですので。

最近本当に人出も増え、食事会や懇親会もぼちぼち行われるようになり、いよいよwithコロナの時代になったことを実感します。オミクロン株の感染が急増した頃に比べると今は落ち着いているのでそれほど心配はないのかもしれませんが、マスクを取る気にはならないですね。それでも夏のように暑い日はマスクがつらいなとちょっと感じる日はあるのですが。

最近スターバックスの季節のフラペチーノに凝っていて夜の予定がない時は必ず仕事帰りに一人で寄っています。私はお酒を飲まないので、仕事が終わったときの一杯ということにしています。5月はバナナナバナナフラペチーノ、6月はメロンフラペチーノですが、仕事が終わってからだとやはり時間が遅いのでsold-outのシールが・・・。しかし、我が家の駅にテイクアウト専門のスタバがありそちらだと何とか購入できることがあるのです。それでもない時は抹茶フラペチーノにしています。


開業記28 組織力について

2013-11-17 23:56:32 | 開業記

開業記28 組織力について


開業社労士として登録した時に20年後にまさかここまで事務所が大きくなっているとは正直考えていませんでした。法人化をしたこと、それにより大きな企業からのご依頼を頂いたこと、それによりスタッフの数が必要になったことに尽きるのですが、事務所がしっかりしてくるとそれに伴い人材も増えてきたと思います。2年前から取り組んできている大企業からの受託も、当初は私と手伝ってくれた受講生OBで手さぐりで立ち上げたのですが、今は更に派生した新規の立ち上げをスタッフが何人かで担当してくれているので、私はとても楽になりました。


ある程度の規模になったら、代表社員のすることは次の一手は何かを考えて資金面だけでなく事務所の体制等必要な手を打っていくこと、まんべんなく法人内を見渡しながら仕事の偏りや担当の状況を把握し調整をしていくこと、顧問先企業の状況をそれぞれポイントを押さえながら掴んでいくこと、スタッフの得手不得手を見極めながら仕事の中で必要なキャリアを積んでもらい人材として伸びて行ってもらうこと、などと考えながらやっています。


今法人組織として目指そうとしているのは、とにかく仕組みづくりです。前にもブログに書きましたが人数が少ない時に人事制度についてはプロジェクト制を引こうとミーティングで私が提案したところスタッフの中で「失笑」という雰囲気がありましたが(プロジェクトを組むのはこのメンバーしかいないのだからほぼ全員でしょう、ということだと思います)、今は当然のようにプロジェクトを組んで取り組むようになりました。そういう意味ではまずは私が具体的なイメージを持つ必要があり、それをうまくスタッフに伝えることも大切なのだと思います。組織力の重要性については私の中でのイメージがやっとできたところだということもあり、まだまだ伝え方が足りないかなと思っていますが、これは今後OURSにとっては非常に大事になってくると思います。


例えばミスについてはもちろん一人一人が細心の注意を払い手続等を行っていく必要がありますが、やはり人のやることですから絶対にミスが発生しないということはなかなか難しいことなのだと思います。また特に新しい事業を手探りでやっていく中でミスが発生することは可能性としては高いと思います。


その時に、何が一番大事かというといかに「ミスをしない仕組みを作れるか」というところだと考えています。その時に「もう二度とミスはしないようにしよう」という気持ちは大切です。しかし、そのような個人の問題よりもっと大事なことは、組織としてどのようなチェック体制を作れば、チェックポイントをいかに洗い出せばミスがなくなるのかまたはどのような作業工程にすればミスが出ないようにできるのか、というところを徹底的に考えて実行していくことだと思います。その分析と実行ができれば、組織として手続業務を行っていく上での安定感が出ると思います。誰でもミスなく作業ができるというところを持てるようになれば、急なお休みの穴埋めも問題ないはずですし、新たに担当したスタッフもその業務を行うことがすぐに可能であるということになるのだと思います。それこそが組織力だといえます。


個人個人の頑張りは確かに必要なのですが、組織で仕事をしていく以上個人の頑張りに頼るのではなく、組織としての業務フローやチェック体制をきちんと持てることが目指すところだと思っています。労務相談の業務については、毎週事務所内でミーティングをして情報共有を図り、人事管理研究所というブレーンを持ち、研修も積極的に参加してもらう等勉強の機会はできるだけ持ってもらっていますので事務所のスタッフのレベルは自信があります。法人組織として、手続も組織力を高めるやり方を意識していき、その上でさらに臨機応変の対応も可能になるのが目指すところです。


最近、政治家などに「二代目」がなぜ多いのか少しわかってきました。社労士も二代目が多いのですが、やはり基盤があったところからのスタートはとても大きいような気がします。継続は力なりと頑張ってみても、一代限りでは急成長しなければなりません。急成長というのはいろいろな企業のご相談を受けていても思うのですが、やはりどこかでひずみが出ていることが多いです。そのひずみの修正が大変なことがあります。その点二代目は先代からじっくり時間をかけて歩いてきた安定感があります。やはり人脈も蓄積・経験も簡単には作り上げることはできませんから、それらを継承できるというのは大きなことなのだと思います。良い回転はさらに良い回転を生んでいきます。そこまで持っていくのには時間と労力とお金が必要だと思います。既に良い回転をしているところからさらに良い回転を生み出して大きな回転にすることができるというのが二代目の役割であり醍醐味なのだと思います。



開業記27 新たに会社を立ち上げる事業主にアドバイスしたいこと

2013-06-29 20:34:45 | 開業記

OURSの顧問先企業は大規模な会社から起業したばかりの小さな会社まで様々です。年に数件ずつですが起業してまだ数年の会社からも新適や顧問契約のご依頼があります。OURSはスタッフ担当制になっていますので、まだ立ち上げたばかりの企業の手続を私が担当することはありません。ただ、だいたいは就業規則を作るという作業の中で私も一緒にアドバイスをさせて頂きます。

守られていない法律についてご説明をして、また時には踏み込んで経営方針ともいえる部分についてご相談にのる機会が多くあります。私も個人事務所を立ち上げてからこれまで人を雇い、お給料を払い、高い社会保険料を支払い、資金繰りに気を遣い、働く環境を考えて来たので、事業を立ち上げた社長の気持ちはよくわかる部分もあります。しかし、最近思うのは、起業して社員を雇おうと考えたときに事業主が知っておく必要があることが沢山あるのにあまりにもそれを知らな過ぎる、ということです。法律を知らず法律を守っていないということは結局あとから大きなリスクを抱えることになるということを、もっと社労士として事業主に周知する義務があるのではないか、と最近つくづく思うのです。

やはり大きなネックは残業した場合の割増賃金の支払いです。数年前「未払い残業問題」であれだけ世間が騒いでいても、残業代が支払われていない会社は特に立ち上げて数年の場合多くあります。時間単価に25%を割り増した賃金を払うことは大きな出費になっていきますから、払いたくないという気持ちは理解できないわけではありません。また会社が回っていくことが一番大事なことですからできればすべて固定費として支払うものは見通しがつく状況であって欲しいということもあります。さらに会社が立ち上がったばかりでこれから事業として成り立っていくのかどうかわからないという状況であれば、雇われている人たちもよくそれを理解して「残業代はいりません 」と健気にも言ってくれる場合も多いのです。

しかしある程度の規模になったらそれは大きなリスクへと変化していきます。人が増え事業としても継続性が見えて来てから入社してきた人は、ちゃんとした会社だと思ったのに残業代が出ないのはおかしいと思っているでしょうし、今はインターネットで法律上どこが正しくどこが誤りか勉強しようとすれば簡単に勉強できる環境です。会社を辞めた社員から未払い賃金を請求する手紙が来たという場合に見せてもらうと、社長より辞めた社員の方がずっと法律をよく調べ、よく知っているような気がします。しかも、残業代は払っていないのに賞与を支払っているとか、半日で仕事がない日は手当を出しているとか、社長に悪気があるわけではないケースが多いように思います。理解していただきたいことは以下のようなことです。

賞与は法律上払う義務があるわけではないわけですから、まずはそれより法律上の支払い義務がある残業代を払うこと。賞与は残業代を払ってなお利益が出たらにして下さい。

社会保険は会社に余裕ができたら入るものではなく、法人として人を雇うならその費用も考えていくらお給料を払えるか考えて下さい。それを費用として考えておかないと社会保険に入ろうかと考えた時に保険料のハードルがとても高いものになってしまいますので。

労働時間が8時間で終わらないのであれば8時間超える仕事分は時給制のアルバイトでもよいので人を雇ってこなしてもらうなどのアイディアで工夫して下さい。

例えば変形労働時間制で無駄な時間外労働を抑制する方法や時間外労働分を含めた賃金の決め方(これは何時間分が含まれているかの明示が必要で、さらにそれを超えた場合の残業代の支払いは必要ですが)、時間外労働の削減のために時間外労働などを許可制にすることなどいろいろな方法もないわけではありません。

与えてなかった年休を精算することになったなど、早い段階で法律を守っていればそこまで大変にはならないかったものが、年数が経ち人数が増えてから挽回しようと思うととても大きなエネルギーを要します。

ぜひ起業して人を雇おうと考えた時には、社労士にご相談をしていただいたり、労働者に負けないくらい法律を調べてみるということをお願いしたいと思います。人を雇うということはとても重いことだということを是非認識していただきたいと思います。

まだ暑くなく湿気がない日は本当に気持ちいい風が吹いてくれますね。1日1日を大切に過ごしていきましょう。


開業記26 社労士法人としての成長

2013-06-23 23:15:17 | 開業記

今、日経新聞の「私の履歴書」にテンプスタッフ創業者の篠原欣子さんが書いておられます。これがとても面白いのです。というのも40歳目前で自宅兼事務所で企業をしてからテンプスタッフが「企業」になっていく様が、売り上げ、規模等もちろん違うのですがOURSの状況と重なり合う部分がとてもあるように思えるからです。


創業期に一緒に無茶苦茶頑張ったスタッフとは、社長と社員ではなく固く結ばれたチーム。それが派遣法施行を経て業界の価格競争に巻き込まれ、生き残るために会社を根本的に変える決意をして、チームから企業へと組織を変革して行く様子は勇気づけられます。


OURSも個人事務所である小磯社会保険労務士事務所からOURS小磯社会保険労務士法人に法人化して4年半。この間本当に地殻変動が激しく、私自身もマネジメントについて、組織について、OURSをいかに安定した法人にしていくかについて毎日毎日考えてきたような気がします。最近トップとして全体の見渡し方、仕事の振り方、進捗状況の押さえ方、マネジメントが自分の仕事と覚悟することなどだいぶ掴めたような気がします。


法人化のメリットは?とよく聞かれますが、やはり法人として安定した強い組織になれることが一番だと今は思っています。仕事を依頼しようとするときに、やはり安定的な財政基盤を持ち、それにより良い人材を確保している組織であれば、相手も安心して頼むことができると思います。また、そう考えて頂ける企業はその企業自身が、しっかりした企業であるということもあります。小磯優子個人にご依頼いただける仕事がないわけではありませんが、法人化して4年半たった今は、担当者がしっかりと信頼を得ており、OURSとして私が出て行かなくてもは全く問題ないという顧問先企業もたくさんあります。もちろん最終的には代表である私が責任を取るべきですから、何かトラブルがあるとか、重要な案件の時は担当者と一緒にその業務を担当していくことにしています。


篠原さんの私の履歴書には、チームから企業へ変革していくときには、それまで女性だけで固めていた社員が守りに入ってしまったために、その中に、「攻めの営業を得意とする体温の高い会社で仕事をしてきた男性を入れた」という話が出てきますが、その男性は「1ページと頼んだ広告が勝手に2ページになり請求してくることが何度もあったが、どこか憎めない、バイタリティーにあふれていた」とあるのは、成る程と思います。やはり組織が小さくまとまりそうなら、それを打ち破るようなまじめな優等生とは少し違う攻撃的な社員を入れることが成長のカギだということです。ちなみにその男性社員は先ごろ社長の座を篠原さんから譲られた方だそうです。


また、今日の私の履歴書に出てくる新卒採用の話も興味深いものでした。「大手の内定をもらっている学生にとってなんて未熟な会社だろうと思われないか心配だったところが、テンプスタッフは小さくてもこれからの会社だから、逆にやりがいがあるのでは」と考えて入社を決めてくれた。というくだりは、「これだよな~」という感じです。昨年から20代から30代を増やしてきたOURSの将来性を買って飛び込んでくれる人、それが今求める人材であります。


まだまだ、まだまだ、まだまだ変革していきそうなOURSですので、私自身もいつも緊張感があります。折角伸びているときに私が足を引っ張ってはいけないという気持ちです。法人化前からいるスタッフも変わりゆく事務所の状況に戸惑うところ大だと思いますが、私の履歴書にも「バックオフィスに回った元支店長たちが入れ替わった会社の空気になじみ、新しい舞台で持ち前の力を発揮するようになった」とあり、それが理想だと思います。


今度客人をお招きすることになり、準備をする必要があり、久しぶりに小淵沢に行ってきました。森から聞こえてくる鳥の声や、田んぼや畑から聞こえてくる虫の声が昼間でも静かな中で聞こえてきて、何とも言えず、癒されてきました。 それでは今週もまた元気に頑張りましょう。


開業記25 開業してからどのように時を重ねていくか 

2012-07-08 23:02:33 | 開業記

開業記25 開業してからどのように時を重ねていくか

開業してから早20年が経ちました。開業して1番最初に顧問契約をしていただいた会社の社長は、既に60歳台後半になり、次の世代にどのように引き継ぐかということに頭を悩ませているようです。先日開業30年の社労士の先生から伺いましたが、開業当初からの顧問先は半分以下になってしまったとのこと。企業の寿命は30年とよく言われますが、その考え方は今も生きているのかもしれません。確かにOURSにとっても今後10年経ったときには、開業当初私が顧問契約をして頂くたびに、心の底から嬉しく思った経営者の方たちもそして私も、この事業の次を考えるようになるのかもしれません。

企業の寿命30年とはいえ、長く続く企業の多くは、「収益性の高い事業への選択と集中やグローバルへの最適展開などを図っています。そうした自己変革を続けることが、設立30年を過ぎた後も、輝きを保つカギのようです。」ということです。OURSもそのあたりを念頭に置きながら次の世代につなげていけるように考えていこうと思います。

開業してからこれまで何を大切にしてきたかについては、開業記20の「仕事をしていく上で大事にしていること」に書いてありますが、その根底にある1番大きなものは「信頼」ではないかと思います。

以前なぜうちに依頼をしようと思っていただけたのかと顧問契約の際にお伺いしたら、「相談した時に親身になって対応してくれると思ったから」と言っていただいたことがあります。その方はその後転職されましたがさらに転職先の会社も顧問契約をしていただいていて、そのいずれもが優良企業ですが、それよりそう思ってもらえたことが一番うれしいことです。

「自社のために一番良い方法を提案してくれるだろう」と思ってもらえることに感謝し、その企業にとってどうすればよいのかを私だけでなくスタッフも一生懸命考えてくれて、OURSはこれまでの時を重ねてきたと思います。時に忙しさにまぎれなかなかニーズに応えられず申し訳ないことをしてしまったケースもないわけではないですが、そのことを反省をして今はまんべんなく担当の企業を気にかけているか、フォローしているかミーティングで確認をするようにしています。

ご紹介いただいた場合に一番念頭に置くのは、ご紹介者の顔に泥を塗らないような良い仕事をすることが一番大切だと考えています。それが紹介先に選んでいただいたことに対する一番の恩返しと思うからです。支部の先輩についても、色々と教えて頂いた恩を忘れずにいたいと思います。「信頼頂けること」が何より大切と思います。やむなく人を傷つけてしまうことは時にあるかもしれないですが、信頼を裏切ることだけはしたくないと思います。

信頼関係というのはそれほど簡単に築けるものではないと思います。時を重ねていく中で色々なことが起こり、その中で培っていくもののように思います。それを考えると開業当初はなかなか信頼を勝ち取るのは難しいことだと思います。でも地道にそれを重ねていくことで、あとで大きなお返しがたくさん来るのだと思います。目先にとらわれず、辛抱強く何年先かを信じて誠実に頑張っていただきたいと思います。

先週は合併案件と海外在住の方の年金請求でかなり時間を取りました。合併案件はこれまで大分経験しましたが、労働・社会保険関係の手続についてはその時々やはり異なり、大変ですが面白くもあります。10年前くらいから企業の合併は日常的になりました。2011年1月から、協会けんぽの保険証は会社の住所を載せないことになっています。合併があまりに多くて差し替えの手間があるため事業所の住所は載せなくなったと聞いています。http://www.kyoukaikenpo.or.jp/news/detail.1.60185.html

健保組合に加入していた事業所が、吸収分割される場合吸収先が従前の企業の関連の事業と認められれば、吸収先の事業所もあまり手間なくそれまで加入していた健保組合に編入できるようです。今回初めてのケースです。奥が深いなあ~とうれしくなります。

そのうち合併の際の労働保険、社会保険関係の手続いろいろをケース別に取りまとめてみるのも良いなあと思います。 


開業記24 事務所経営について

2012-04-22 23:54:00 | 開業記

開業記24 事務所経営について

事務所はとうとう満20年を超えて21年目に入ったところです。一人で自宅開業をしたときはよもやこのような規模になるとは思いもかけませんでした。そもそも経営とかマネジメントということについて真剣に考えたことは最近までなく、また事務所の運営については自分を含めて5名くらいのスタッフで行っていたときは考える必要もそれほどなかったように思います。

社労士の場合、開業当初一人で始めることが多いと思います。しばらくすると仕事も入り忙しくなり、自分が顧問先に行っている間に、書類等を作成してもらえるとよいなと考え、まずはパートタイマーを雇うということになります。多くの社労士が話されるようにそのくらいの時というのは、意外に人件費もそれほどかかりませんから、収入はの多くは自身に入り、結構それなりに稼げるようになったなという感じになります。

ある程度自分の目の届く範囲の仕事をしていたいという考え方であればそれ以上事務所を大きくしないということで、さらに1人くらいはスタッフを雇うとしても、その規模で運営していくという社労士事務所は多くあります。しかし「たまたま大きな仕事を依頼された」とか時には「法人化して戦略的に規模を大きくしていく」というケースもあります。そのラインを超えるか超えないか?超えると結構事務所は大きくなっていくものだと思います。

私の場合開業間もなくから15年間tacの講師をしており、事務所はその間に少しずつ大きくはなっていましたが、講師と事務所の代表とどちらかと言えば講師のイメージが強かったのではないかと思います。私の業務の中心は講師と教材と実務のコンサル、事務所のスタッフの業務は実務の手続とそれに伴う相談業務という体制が長年できていました。しかし講師を卒業とほとんど同時に大きな仕事の機会に恵まれスタッフがまず増えたこと、そこでマネジメントとか経営というものを考えるようになりました。マネジメントや経営についての私はまだ試行錯誤期間中、「つかむ」ところまでは来ていないという感じです。

その大きな案件は本当に良い経験となりました。事務所はごたつきましたが事務所経営ということについて私は多くのものをその経験で知ることになったと思います。もちろん自分の至らなさもとても認識しました。苦しいと言えば苦しい1年ちょっとだったと思います。スタッフにとってもそれまでの事務所の居心地がずいぶん変わったのではないかと思います。その時事務所に助っ人として入ってくれたSさんのマネジメントは目からウロコでした。非常に勉強になり、ある意味新たなことを得た嬉しさも私は感じることができた気がします。

やっと落ち着いたかと思った矢先、今年になりさらに大きな案件を頂いたことでスタッフが増えました。今も事務所経営とはこれだとつかんではおらず、どちらかというとますます日々事務所をどのように運営して行けばよいか考え続けているという感じですが、以前よりはいろいろなものが見えているような気がします。前回の経験を踏まえて自分としては少し慎重に、あせらないように言い聞かせて進めているという感じです。

しかし規模が大きくなるとこれまでの事務所の業務の内容はまた変わってきました。そこは面白いなと思います。コンサルばかりやっていた私ですが、3号届の仕分けをしてみたり書類のチェックをしたりでここのところかなり新鮮です。色々な業務が経験できることに感謝しつつ、スタッフがこの事務所で働けてよかったと感じてもらえるように頑張ります。

社労士の業務に比べると、事務所経営は正直言って難しいなと感じています。社労士の業務は相変わらずワクワクしながら取り組んでいるのですが、事務所経営はそんな具合にはいきません。自分の不徳だとも思います。週末は稲盛和夫さんの経営塾での回答が書かれている「人を生かす」を読んでみました。「現場」「率先垂範」「無私の心」「事務所の拡大の時」など今だから理解できるものも多く、社労士事務所もある規模になれば会社経営と同じ部分が多いのだと感じます。その本のまえがきに、「一人で生きていくのも厳しい世の中で、従業員とその家族の生活を必死で守ろうとする経営者というものは立派であり、私はそのような経営者の育成に少しでも役立ちたいと考えた」とあった言葉にジンときました。


開業記23 事務所の法人化について

2012-01-15 23:35:17 | 開業記

開業記23 事務所の法人化について

平成5年に小磯社会保険労務士事務所を富ヶ谷の自宅で立ち上げてから今年で20年目です。個人事務所として1人で始めた事務所ですが、平成21年1月に法人化しました。社会保険労務士法人のメリットは何かということをそれほど考えていたわけでもなかったのですが、やはり法人化の効果は大きかったです。

法人化をしようと考えた一番の理由は事業の継続性でした。小磯事務所の場合親族に引き継いでもらうという選択肢は全くない状況でしたので、どこかで法人化して私が仕事をしなくなった後も現在のスタッフが困らぬよう事務所を引き継げるようにしておく必要はあると考えていました。また、それが委託頂いている顧問先企業にとっても安心感につながると考えました。そもそも座右の銘の一つが「継続は力なり」という私ですから当然のごとく社労士法が改正になり社労士事務所が法人化ができるようになってから、どのタイミングだろうかといつも頭にありました。

渋谷支部の中では法人化したのは特に早い方ではなかったのですが、1点OURSの法人化には特徴がありました。それは役員である社員を通常の2人ではなく5人にするということでした。これはいざという時スタッフがスムーズに引き継げるようにということもありますし、1人法人が認められていない社労士法人は、2人が社員としてスタートし片方が何らかの理由で辞めた場合次の手をどう打つかというところで難しいように思ったからです。既に法人化してから丸3年が経ちましたが法人化当初と同じメンバーが社員ですから杞憂という感もありますが、やはり安定感はここまでずっと感じています。

法人化した当初よく他支部の先生からも「法人化のメリットは何?」と聞かれました。当初1年目は正直それほどメリットは感じませんでしたが、会計という面では個人事務所時代とは異なりました。自分の財布と事務所の財政が明確になったということです。またやはり個人事務所ではないのだという意識面でも多少の変化はあったと思います。ただ一番参ったのは個人事務所に比べていろいろ面でお金がかかるようになったことでした。社労士法人の場合、例えば法人としての会費と、社員は開業社労士としての会費を会に支払わなければなりません。要するに私個人としては会費が2倍になったという感覚でしたし、それまで勤務登録だったスタッフ2人の会費も開業会員になり倍になったというわけです。また損害賠償責任保険の保険料なども法人は個人に比べてとても高いのです。さらにスタッフが役員である社員になったことで、労働者ではなくなったため労災の特別加入をすることになりました(社労士法人の社員は兼務役員は認められないのです)。そんなこんなで当初費用面での負担が大変でした。

法人にして2年目あたりから感じたのは、入ってくる仕事が変化してきたということでした。企業の規模も大きく、また知名度が高いところからお話を頂くことが多くなったということを何となく実感するようになりました。3年目の昨年は成約しなかった企業もありますが、特に後半本当にたくさんのお仕事のお話を頂きました。ここにきて顧問先企業の規模がとても大きくなったため個人事務所時代に比べて委託頂いている被保険者数は飛躍的に増えたという感じです。当然売り上げもかなり増えました(経費も増えましたが)。これは法人事務所として社員・スタッフ・パートナー社員みんなで頑張ってきた証と思います。私個人ではなく事務所に仕事を頂くようになったのだと思います。

時代のスピードは本当に早いものだと思います。社労士もそれについていかなければ取り残されてしまうという気がします。盛んに行われる企業のM&Aに対応するために大量のデータ処理も避けては通れない課題です。ますます労働法や社会保険の手続き等が複雑になっていくのでその勉強も怠りなく行っていく必要があります。これまで以上に社労士の方向性の先にはたくさんの選択肢があるような気がしています。そんな中で、法人、個人にかかわらずビジネスモデルを持てればますます仕事の範囲は広がると考えます。

まだまだ少人数の事務所なのでひとつひとつ乗り越えるのに必死なのですが、ここを乗り越えればまた一つ成長できるという楽しみもあります。やはり最後は当たって砕けろ、他の人がやれることが自分にできないわけはない(急に体育会系ですみません)という感じです。


開業記22 コンサルティング・相談業務

2011-09-18 19:25:13 | 開業記

22 コンサルティング・相談業務

前にも書きましたが、開業10年くらいたった頃から、時には1000人以上の規模の企業から労務管理上起こる問題についての相談相手としての顧問契約の依頼が入るようになりました。これが私の今の中心業務です。その時期から世間ではコンプライアンスの意識が非常に高まってきて、労働・社会保険関係法令の適正な運用を企業はことさら重視してくれるようになりました。さらに個人情報保護法、労働契約法などそれまでになかった法律や、パート労働法や派遣法が複雑に改正されていきましたのでそれらをきちんと把握して運用していくという意味で、法律と実務を結び付ける専門家としての社労士の存在価値が出てきたと思います。

また法律改正のタイミングや行政の重点項目などに合わせて、相談の内容には旬のようなものがあります。不思議と同じ質問が続くのです。2件ほど同じ質問があった場合は、その問題を中心にシミュレーションして問題点を洗い出してまとめたものを作ったり、提案書を作り関係がありそうな企業にはこちらから提示するようにしています。

例えば今であれば「ウツ」に対応した休職及び復職規定の見直しや派遣法の改正を見越した正社員(契約社員)への直雇用化への準備といったものです。顧問先企業からテーマを頂いてまとめたものを作ってみようと思い、時にはスタッフやOURS人研、可能な場合はBBクラブのメンバーの意見や力も借りてまとめ上げます。企業の担当者にご提示した時、「とても助かります」というような言葉を頂けば、この仕事をして本当に良かった、と思います。

 休職規定や復職規定はこれまでのいわゆる症状がはっきりした病気に対応したつくりでしたが、近年非常に増えているうつ病についてはそれでは対応しきれないという状況です。例えば休職規定は原職復帰を原則としている作りが多いと思います。それは復帰する社員への思いやりだと思います(「しっかり病気を治して戻れば元と同じように働いてくれ」ということです)。しかしうつ病になって休職した場合は原職に戻すことはできれば避けた方が良いというケースの方が多いと思います。そういった意味で昔は良かったものが今はまったく異なる対応が必要になるということが良くあるのです。また通算規定の通算される期間の範囲(「たとえば1年以内の同一または類似の傷病による休業ついては休職期間として通算する」というところの1年についてです)。ここが1年であろうと1カ月であろうとあまり違いがないように思いますが企業のリスクヘッジから考えるとだいぶ異なってくる部分です。

またこれまで派遣で働いていた労働者を一斉に契約社員に直雇用化しようとする場合、企業の負担は労働社・会保険料の会社負担の増加だけでなく、安全配慮義務、パート労働法の遵守、さらに障害者雇用率の達成まで影響があります。これは縦割りの行政に問い合わせても全体をアドバイスしてくれるものではありません。社労士ならではの法律から手続実務まで縦横網羅したアドバイスがきっと企業の役に立つはず。そんな風に考えて取り組んでいます。

将来はというと、相談カフェが夢かな。できるだけ自分の得たものを広く広くシェアーして行きたいと思っているのでそういう場を作りたいというイメージです(なんか方向が違いましたかね)。講師時代も受講生の質問が調べる機会を与えてもらえる意味でも嬉しかったですし、また受講生の話を聞くのも大好きでしたから、今もそれがずっと続いておりその延長線上で歩いているような感じです。


開業記21 BBクラブ10周年に頂いた評価

2011-06-26 23:35:01 | 開業記

21 BBクラブ10周年に頂いた評価

昨日は合格者OBの勉強会である「BBクラブ10周年記念事業の日」でした。3年前ほどから10周年は記念のパーティーをしようという意見が幹事さんの間から出て、最初のうちは恒例の法改正の勉強会の後ホテルでのパーティーだと着飾って講義を受けるのが何かおかしい感じだとか、ホテルのパーティーは贅沢なのでは?など比較的のんびりと話し合いながら準備をしていたのですが、ここ半年はやはりなかなか実行委員や幹事さんの準備が大変そうではありました。そんな中、四谷の弘済会館で佐々淳行先生(初代内閣安全保障室長)のご講演と、15年間の講師生活の中で一番数多くの受講生を合格祝賀会で送り出した思い出のホテルであるホテル・ニューオータニでの立食パーティーが行われたわけです。

ニューオータニで行われたパーティーは、幹事長の鞍橋さんの開会宣言に始まり、三嶽さんのパワーあふれる乾杯、石田さん作成のBBクラブのこれまでのスライドでこの10年を振り返り、会員の吉川さんを師匠とし、やはり会員の吉田さん、港支部の女性社労士の先生2名が応援に来ていただいて披露された余興に大いに拍手し、プレゼントコーナーでは当選会員にプレゼントがあたり特に紺野さんがこれでこれから運がつきました!と盛り上がり、10周年の実行委員が幹事さんに10年の感謝の意を表し、松井会長と島中先生の続投宣言があり、一本締めで終わるというとても楽しく、充実した会となりました。食事もとても美味しく、ちょっと背伸びかなと思いましたがホテルで行い10周年の区切りを一つ実感できてよかったなと思いました。

しかし、それ以上に私がうれしく感じたのは、講演に来ていただいた佐々淳行先生のBB会員に向けて頂いたお言葉でした。

当初、先生は勉強会の規模をそれほどの人数だと思っておられなかったのかもしれません。事前に実行委員長の山下さんが佐々先生の秘書さんに講演会参加者は135名程度とお伝えした時に、秘書さんは「そんなに大きな規模なのですか?」と驚かれたそうですが。会場はかなり細長い部屋で、多少3人掛けで座り、開始時刻にはびっしり人が入った状態となりました。佐々先生は講師のお席に座られ、私がはじめの挨拶をしているときに、BB会員の様子を見ておられたのだと思います。お話の冒頭に「本来お休みであるはずの土曜日の午後の時間にこれだけの人が勉強に集まるということは、日本人はまだ捨てたものではないなと思いました」とおっしゃいました。私はそれを聞いていきなり目頭が熱くなってしまったのです。

会員のほとんどは日曜クラスから合格された方ですから、平日仕事をしながら土日に勉強ということについては比較的抵抗はないと思います。私も15年間の講師生活のうち13年間程度は日曜クラスを持っていましたので、土曜日の午後など平日の延長といえなくもないという感じです。ただ、合格してから長い人で10年たった今でも、休日を返上してBBの勉強会に出てきてくれるということは世間一般からするとそういうことなんだと。佐々先生は優しい目をされていますがお世辞を言うような方ではないと思いますので、それは10年間続いたBBクラブの会員の姿勢をを高く評価して頂いたのだなと、これまでずっとついてきてくれたBBクラブの会員をとても誇らしく感じた次第です。

佐々先生の講演は、その知識とご経験からくるお話の厚みが素晴らしく、歴史から現在の政治を紐解き、大きな視点からものを見ることの必要性を教えていただいたと思いました。何もメモを見られず2時間よどみなく、例えば中国の歴代の首相の名前がポンポンと出てくるお話を聞いていると、もっといろいろなお話を聞いてみたいと思うものでした。まだまだこれからいろいろなことをたくさん我々の世代やそれより若い世代に伝えていただきたいと強く思いました。

講演を終えられ出口まで行かれた時に、ああそういえばという感じで「BBというのはケネディーのbest and brightest(ベスト&ブライテスト)という意味があるからね。覚えておいて」と会場のみんなに頂きました。実は、佐々先生をお出迎えして控室にお通しした時、まず「BBクラブ」というのはどういう意味なのかと私に問われて、私が(恥ずかしながら)社労士試験のため勉強したことを忘却するのを防止しようという趣旨で付けましたとご説明したところ、「ああそうなんだ、私はまたケネディーのベスト&ブライテストかなと思ったんだが」とおっしゃっていたのです。パーティーが始まる前に調べましたら、「best and brightest(ベスト&ブライテスト)=最良の、もっとも聡明な人々を意味し、1960年代のアメリカ合衆国のケネディーとそれを引き継いだジョンソン政権において安全保障政策を担当した閣僚及び大統領補佐官たちを指す」ということでした。きっとBBクラブの会員の講演を聞く真摯な姿勢がなければ、帰り際のあの声掛けはなかっただろうと思います。私はこのBBクラブの10年に対しての会員みんなの学ぼうとする姿勢に対して大きな評価をいただいたと思っています。


開業記⑳仕事をしていく上で大事にしていること

2011-06-19 22:29:20 | 開業記

開業記20 仕事をしていくうえで大事にしていること

20代半ばで家庭に入り10年後の社会復帰が開業社労士としての第一歩だった私にとって、仕事をしていくうえで大事にしていることはいくつかあります。

①本質を見極め表面的なことにとらわれないこと

・・・「本質を見極めよう」ということは開業当時からよく考えていました。本質を見極めておけば仕事上の判断に大きな誤りはないであろうという考えています。例えば今回の算定における保険者算定の追加には被保険者の同意が必要ですが、それは法趣旨からいって適正な標準報酬月額が確保されるための手続きであり、決して被保険者が恣意的に運用してよいということではないということです。これは本質=法趣旨を考えればわかることで、本質を見極めることである程度のあたりがつき、それを持ってから調べ物をしていくのが楽しいです。

②仕事の段取り手順を常にイメージすること

・・・私は段取りを考えるのが大好きです。例えば原発推進か否かということは別として、今の政府の原発対応は段取り間違いと思っています。もし原発を再開したいと思うのであれば、福島の事故が起きた時にそれまでの方針を熟慮することなく方針転換という表明をしてはいけなかったと思います。福島第一の事故は「通常起こりえない異常で巨大な天災が原因であるがためのもので、他の原発に影響を与えるものではない」という論理でなければ、他の原発が今の状態で「安全対策が完了のため再開」といわれても納得できないのは当然だと思います。段取りがなければすべてがスムーズに動かなくなります。段取りをせず混沌とした状態で場当たり的に何かを進めていくと気分が悪くなってくるタイプです。

③自分の考えに固執せずおおらかな心を持つこと

…これは多分に仕事をしてく中で成長したのと自分の能力に対しての見極めがあると思います。自分の能力について凡庸と考えるが故、精一杯のアドバイスをして相手に投げたらあとは相手なりの結論を出してくれればよいと。自分の考えより勝るものはたくさんあると思うので、相手の結論がどのような形でも受け入れてさらにその後はそれに合った対応を考えています。当時未熟であった私が「絶対そうだもン」とよくいうのに対して、「世の中絶対いというのはないんだぞ」と開業当初TACで採点のアルバイトをしているチームのメンバーにたびたび言われたのを覚えています。それを比較的素直に受け入れて、多分仕事をしていく中で身につけて行った感覚だと思います。

④惜しみなく与えること

…自分が持っているものを出し惜しまないことにより、逆にあとでそれが大きなお返しになってくる。これが19年社労士として仕事をしてきた感想です。今自分がお返しをいただきながら仕事をさせてもらっているとよく思います。これからも惜しみなく与え、与えられる人生でありたいと思います。

⑤組織という考え方をよく念頭に置くこと

・・・組織の中で、今自分に何が要求されているのか、どのような立場で動くべきなのかということを考えるのが好きです。この春から渋谷支部の支部長のお役目をいただきましたが、やはり支部長と副支部長では、意識や目線が異なるなあと感じながら支部事業を考えています。非常に新鮮です。まだまだこの年齢になってもいろいろな世界が開けていくようなそんな感じがしてうれしいです。

いよいよ25日(土)はクラスの合格者のOB会であるBBクラブの10周年記念です。佐々淳行先生の講演をはじめとして幹事さんたちと色々なことを準備してきてとても楽しみな会になりそうな予感です。佐々先生のご本は「目黒警察署物語・佐々警部補パトロール日記」「連合赤軍あさま山荘事件」「後藤田正晴と12人の総理たち」「彼らが日本を滅ぼす」を拝読したので、ますます当日の講演が楽しみです。この10周年を区切りとして、BBクラブは20周年に向けて歩き出すことになります。色々なことがあると思いますが、「さらり」と乗り越えていつも笑顔でみんなを迎え入れられるように、そんなイメージでいます。当日は心に残る1日になるとよいと思います。

 

 


開業記⑲社労士の基本 手続業務

2011-05-22 22:54:49 | 開業記

19 社労士の基本 手続業務

労働・社会保険の手続きは社労士の実務の基本だと今でも思っています。ここ10年弱、私の仕事は主に顧問先からの法律を基本とした労務管理上のご相談を一緒に考えて回答するというものですが、やはり手続きを全く知らない相談業務というのは私にはイメージできないものです。

開業当初は当然一人で何もかもするわけですから、当時は手書きで資格取得届や離職票を作成しハローワークなどに持って行っていました。時々単発で入る仕事は、どうなの?という仕事が結構ありました。ある日、まだ顧問先の数も少なく、「もっと顧問先がほしいなあ」といつも思っていたところに税理士さんから電話が入りました。東京駅の近くの会社で相談したいことがあるそうなので行ってみてくれないかということでした。「東京駅の近く!」というとかなり大きな会社かもしれないと期待は膨らみます。アポイントを取り会社に向かいしました。そこで依頼されたのが、会社をもうすぐ「たたむ」ことになるから雇用保険にさかのぼりで加入させたいということでした。要するに今まで雇用保険に加入すらしていなかったのに廃業する際になって従業員に失業給付を受けられるように出来ないかということです。本来起業する際に雇用保険に加入したいというのならわかるが廃業するから加入とは・・・。世の中ってこんなもん?と思いました。

また別の会社にやはりご紹介で張り切って行ってみると「社会保険料の抑制のため賃金台帳の数字ではない金額で資格取得できないか」?今のように会社にコンプライアンスという意識もほとんどなく、税理士さんは税金を、社労士は社会保険料をできるだけ節減するのが役割と思っているようでした。スタッフもいない時期はすぐそばに相談相手もいないので一人でモンモンと悩みました。

迷うなら法律通りときっぱり割り切るきっかけになったのは、「結婚して被扶養者になったのに、給付制限が過ぎ雇用保険の失業給付の受給が開始されると被扶養から抜けて、受給し終わるとまた被扶養に入れるという作業」についてだったことはよく覚えています。被扶養者や3号被保険者の場合自己申告に頼っている状態ですから、目をつむり見逃せば過ぎて行ってしまうこともあるところをきちんと管理していかなければいけない、それでないと社労士が仕事をする意味がないと強く思うようになったのです。

書類の一つ一つは法律を根拠として作成するものなので、奥の深いものです。社員が病気のためまとまって休むことになったということであれば、通常健康保険の傷病手当金をすぐに手続します。しかし、たとえば受給日数が今回は数日、2か月出勤後同一の病気で入院を開始予定で療養が長引く可能性があるという時には果たして今開始がよいのか2か月後がよいのかなどを考えるようになりました。ここで受給を開始してしまうと開始から1年6か月の傷病手当金の受給期間がスタートしてしまうことになるからです。受給方法など出来るだけ被保険者の不利にならないよう可能性を考える必要があります。

開業したころより今は手続きは複雑になりました。またM&Aも多くあり、その都度新旧事業主実態証明と転勤届を出すのか、それとも台帳の置き換えで行けるのか、これは一部事業の営業譲渡なのか旧の会社が完全消滅する合併なのかなどにより手続きは異なります。また、その場合労災のメリット制は引き継げるのか?といったたくさんのことを労働・社会保険横断的にリストアップしていく必要があります。

手続きは会社担当者でもできるといわれることもありますが、やはり少なくとも相談できる社労士がいるのといないのとでは違うと思います。複雑な労働・社会保険の諸手続きについて漏れやミスなく行うとすれば、体系的にそれらの法律を頭に入れて対応する必要があり、単に前任者に教わった通りやればできるとか、縦割りのはっきりしている各行政に聞きながらやればできるというものでもないのです。

私は手続きは普段やっていないのですが、毎年年度更新の際は監督署の受付のお手伝いをします。この年更の受け付けは開業2年目に初めて経験しました。ドキドキしながら検算をして、検算をしながら「こういう風に書くんだ~」と学び本当に勉強になりました。しかもそれを悟られないようにするのは技として必要なことです。あまりに実務を知らないのではほかの社労士の先生に恥をかかせることになると思うからです。そんなところが開業において必要とされる能力といえるかもしれません。


開業記⑱法律について

2011-05-08 21:36:30 | 開業記

18 法律について

社会保険労務士の仕事は法律に基づく仕事です。開業社労士は確かに仕事を自分で得ることができなければなりませんし、さまざまな場面での臨機応変な状況判断をアドバイスにおいて求められることもあります。ただその根底には労働・社会保険各法律が厳然として存在しており、さらにそれに付随する行政解釈等の通達・指針・基準があり、その知識をきちんと持ってこそ、適正な手続きや相談業務ができるものというのは疑いのないところです。

私は大学は文学部です。父親が法学部卒であったこともあり、大学入試の時に実は法学部に行ってみたいと思わないでもなかったのですが当時女子が法学部に行くというのは比較的珍しく、結局すべてにわけがわからず生きていた当時の私としては本を読むのが好きだからというつまらん理由で文学部を選んだわけです。また、社労士試験を受けてみようと考えたときもそれほど法律を意識したわけでもありませでした。

法律というものに真正面から取り組むことになったのは、講師業と併せて講師室の教材の業務を担当することになり平成8年から社労士講座の上級クラスのテキストである「新標準テキスト」の内容校正を行うようになったところからです。「新標準テキスト」は法律条文・通達・判例そして解説が条文ごとに取りまとめられ、今でこそ完成されたものですが、これは10年以上かけて積み上げてきた研究の結晶です。

当初「新標準テキスト」の内校を始めたときは「労働法全書」で条文をチェックした後解説の書籍を何冊も見ながらチェックをしていました。要するに条文を自分で読み理解するということができなかったわけです。何年かすると労働関係法規も年金等の社会保険法規も解説の書籍は知っていることばかりになり物足りなくなってきて、条文と通達集(解釈総覧)及びコンメンタールその他HPで情報を得ることもできるようになり他の解説書は見ないようになりました。そのころには解説書を見ても細かい部分の解釈が誤っていたり、そこが大事なのではという部分に触れていなかったりと見ても仕方がないというところまできたと感じました。ここまで来るには実はかなり自分でも努力してきたと思っています。実務・講師などをしながらの教材のチェックや作成は時間と締め切りとの戦いでした。集中しないとできない仕事なので、夜中や休日の静かな中で机にかじりついていました。これまでやってきた仕事の中では一番孤独で厳しくしかし実りの多い仕事だったかもしれません。

法律はある程度の枠組みが書かれており、運用は細かい解釈として通達が出るわけですが、通達ですべての判断がまかなわれるわけではありません。労基法の通達などは昭和20年代のものを今も適用させることも多々ありますが、実務の世界では今の時代にこれを適用するのかと疑問に思う場面もあります。その場合でも根拠となる法律とそれに伴う通達をできる限り押さえながら顧問先企業にはアドバイスさせて頂くことになります。また、計画停電の際のように、停電が多かった時代の通達が突如今の時代にマッチするということもあります。しかしすべては法律という根拠があってこそのことであり、法律で規定された根本的な部分はは守られるべきであり厳密に解釈すべきでもあると考えます。法律は重いといつも思っています。

 昨日菅首相が中部電力浜岡原発の運転停止を要請しました。総理大臣に原発を停止する権限はなく「法律を超える判断」とのことです。いわゆる「政治的判断」ということです。しかし「政治的判断」をするのはいかなる場合にどのような手続きの下に許されるのか疑問に思います。実は原賠法についても思うところがありますがここで辞めておきます。枝野官房長官は弁護士出身だそうですが、今の政府である民主党政権にはそのあたりの原理原則を「しっかり」説明して頂きたいと思います。


開業記⑰BBクラブ10周年

2011-05-03 23:26:42 | 開業記

一昨日の日曜日はブログをお休みしました。多くの方が見に来て頂いていたようでスミマセン。週末八ヶ岳の麓の小淵沢に行ってきました。永い間温めてきたのですが、法人の福利厚生にも使える小さな別荘を購入したいという夢があり、気になる物件があったため見てきました。まだ決めたわけではないのですが、法人のメンバーだけでなく、渋谷の事務所のように色々な人が来てくれるような場所になるとよいなあと夢を膨らませています。

17  BBクラブ10周年

平成5年に開業し平成6年の暮れに講師業を開始し講師を卒業する平成21年の夏まで2つの仕事を並行してやってきました(平成11年からは支部の役員も仕事のようにやってきましたので実際は3本柱と言っても良い感じでした)。私にとっては開業社労士の仕事も講師業も支部の役員の仕事もどれも楽しくて楽しくて仕方がないものでした。

特に講師業は講義の楽しさだけではなく受講生それぞれにいかに合格してもらうかを考えるのが楽しく、毎年合格した受講生と祝賀会で喜びあえる、そういう仕事に就くことができたことに感謝しておりました。平成7年合格目標のクラスから担当クラスを持ち、受講生や合格者と時々飲み会などを行う中で、「合格後も勉強会をしようよ」と合格者に提案していました。しかしなかなか新しいことを立ち上げるというのは大変なことで実現しませんでした。そんな中で平成13年合格の水道橋日曜総合本科の合格者が「やりましょう!」と言ってくれてOB勉強会であるBBクラブが立ち上がりました。当時の幹事は松井さん・鞍橋さん・秋澤さん・原さん・大橋さんで、現在も幹事をしてもらっています。初めての勉強会は平成14年1月で、法改正の勉強やテーマ別に講師を外部・内部にお願いしたり、開業体験談を会員が話してくれたりと、毎年2回ここまでコンスタントに開催してきました。

BBクラブの名前の由来は、「忘却防止クラブ」です。せっかくあれほど悩んだり苦しんだりして頑張って取得した知識が合格後時間とともに風化したらもったいない。年に2回くらいはメンテして欲しいという願いからついた名前なのですが口の悪い受講生は「ボケ防止クラブ」などと言って喜んでいました。しかしこのBBクラブを続けてきて本当によかったと思っています。社労士の受験生時代という一時期苦楽を共にした受験仲間や講師とも、合格後だんだん会うこともなくなるのが通常だと思いますが、この勉強会があるので少なくとも年2回は皆の顔を見て、今の状況を聞いて、また仕事の疑問などの質問を受けたり、進むべき道を相談されたりすることでずっと合格後もつながっているのを感じることができています。やはり人こそ財産と思うので、これからもずっと大切に幹事さんや会員の力を得ながら続けて行こうと思っています。私にとってはもちろんですが会員にとっても共有の財産になってくれればと思っています。

そんなBBクラブも今年で10周年。当初会員が30人程度であったものが300人の大所帯になりましたが、トラブルも一つもなくここまで来ることができました。2年前くらいから10周年はお祝いをしようということになり準備を始め、6月25日(土)に記念講演と記念パーティーを開催することにしました。パーティーの場所は合格祝賀会が一番多く開催された皆にとって思い出深いであろうホテルニューオータニに背伸びしてお願いしました。ここは私が合格者を送り出したという思い出がたくさん詰まっているホテルでもあります。

10周年の記念講演はどうするか、かなり幹事会で検討しましたがなかなか良いアイディアが出ませんでした。弁護士さん、社労士会の偉い方などが候補に挙がっている最中に、私が渋谷成蹊会という出身校の集まりに行ったところ、成蹊高校出身の「連合赤軍浅間山荘事件」の指揮官である初代内閣安全保障室長の佐々淳行先生が出席されており閃きました。短いスピーチなのにそのお話しのおもしろかったこと。BB会員になんとか佐々先生の話を生で聴かせてあげられればと、死ぬほど緊張しながら佐々先生に近付いて名刺交換をして頂きました。そして数日後佐々事務所がoursの事務所に近いということだけで「ご縁があるのだから」と自分に言い聞かせて電話をして10周年の記念講演をお願いしました。本当はそんな予算では無理なところを「そこを何とか・・・」ということでお願いしたところ有難くも受けて頂くことになりました。

いつもの法改正とはまた違う視野を広めるための貴重なお話を聞くことができると思いますし、私も久しぶりに汗をかきながら頑張りましたので、10周年事業には多くの会員が万障お繰り合わせの上ご参加頂ければ本当にうれしいです。よろしくお願いします。

BBクラブは、10周年を1つの通過点としてこれからもずっと続けて行こうと幹事さん達とも話しています。一時仕事が忙しくて参加していなかったという会員も、なんとなくしばらく参加していなかったからちょっと行きにくいなという会員も、いつでも戻れる場所があると考えてもらえる役割を持たせたいと思っています。バックアップが必要な場面はそれぞれだとも思いますので。今回の10周年を機にしばらくご無沙汰していた会員も参加して頂くととても嬉しいです。社労士受験生時代というほんの一時共有した時間が、10年さらに20年と多少ブランクがあってもつながっていくことの素晴らしさを皆で感じていければと思います。


開業記⑯退職金規程の変遷

2011-04-17 23:53:24 | 開業記

16 退職金規程の変遷

退職金規程を作成したのは初めての顧問先の会社さんに対してでした。当時はまだバブルがはじけた直後ということで、退職金規程について各企業それほど切迫していたわけではなかったのですが、初めての顧問先は数年前に中退共に加入しており、しかし何も規程を持っていなかったため、就業規則と併せて退職金規程を作成したいと考えていてご依頼がありました。

退職金規程の作り方はもちろん白紙の状態でしたが、開業当初は時間も十分あり、本を読んだりしながら作り上げました。中退共への積み立てを退職金の保全措置ととらえ、徐々に給与が上がるに従って掛金をあげて行く仕組みを作り、おおむね60歳定年までで1,500万円くらいの退職金(基本給×支給率=退職金額)が出るようにというシミュレーションをしながら、会社都合と自己都合の支給率を決めました。10人未満の会社で1,500万円という目標金額は、今考えると中小企業としては高い水準だと思います。ただ、基本給を算定基礎額にしており、その基本給の定期昇給額が世間一般においてもその会社においてもその後鈍ったため目標額には達しないことになってしまいましたが、今もその退職金規程は立派に現役です。

その後4、5年してから各企業の退職金規程の見直しがとても多い時期がありました。要するにバブルの前あたりに作った退職金の水準が非常に重荷になり、将来の負担が恐ろしいものになっているということに企業が気がついた時期です。この頃は例えば中退共に加入しているので中退共が支給する額を退職金として支払うという規程に改定して欲しいなどの依頼が多くありました。

本当は4,000万円近く支給するべき退職金を1,500万円の支払いで我慢してもらってくれというご依頼もありました。これについては本人をお宅の事務所に行かせるので話をしてくれないかというもので、社長にその相談をされた時は「それは・・・・ムリ・・・」と一瞬思ったのです。しかし、65歳までの雇用が確保され、生涯賃金においては変わらずということであればご本人も納得してくれるかも・・とうことをその場でひらめき、社長に差額保障することを説得しました。65歳まで雇用を保障し、年収の合計で4,000万円と1,500万円の差額2,500万円を確保してもらうということです。社長に了解を得てご本人に説明したところ、当時は65歳までの継続雇用は少なかったということもあり、まだお嬢さんが学生という状況のご本人にとっては悪い話ではなかったようで、途中で辞めさせられたら心配・・などと多少ゴネておられましたが、意外にすんなり同意をしてくれたときはホッとしました。(その頃から顧問先から難しいご相談を受けたときに、いきなり閃くことが増えて行きました。追いつめられないとだめな性格なのかもしれません)

退職金はその数年後、平成24年3月末を期限とする適格退職年金制度の廃止が決まり、適年を持っている各企業は確定給付、確定拠出、中退共等どの企業年金制度に移行するのかまたは退職金制度を廃止するのかという検討に入っていくことになりました。こちらも最初はご相談を受けても暗中模索でしたが、金融機関で確定拠出を担当していた受講生OBのONさんにお願いして一緒に顧問先数社に同行してもらい、各制度の移行についてその会社が抱える問題点の検討を一緒にしてもらいました。企業ごとに状況は異なり、それぞれ検討することによりおおむね各制度の特徴を理解して行きました。あれは本当に貴重な経験で、今も企業年金のご相談についてはその時の経験が生きています。

退職金制度は賃金制度よりは取り組みやすいように思いますが、2つとも時代の流れなど外的要因に影響される部分が多く、ある程度柔軟に対応(変更)できるように作っておくことが重要だと思っています。何十年も同じ賃金制度や退職金制度で大丈夫ということはある面では素晴らしく、しかしある面では問題がある可能性があると考えています。

先週満開だった桜はもうすっかり葉桜になりました。いよいよ春が来たことですし、気持ちを新たに頑張りましょう! 


開業記⑮賃金制度を初めて作ったときのこと

2011-04-10 22:59:47 | 開業記

15賃金制度を初めて作ったときのこと

前回の開業記で書いたかと思いますが、開業したころは人事制度・賃金制度を手掛けられるようになるのが最終的に社労士としてはゴールのように感じていました。自分にとってはそれほどハードルが高いある意味雲の上の存在という感じでありました。人事コンサルの会社出身の社労士の先生はゴールドに輝いているような感じでした。

しかし勉強だけはしておきたいと考えたのか、開業3年目くらいに当時の私としては清水の舞台から飛び降りるくらいの金額を支払い「楠田丘先生の賃金セミナー」に出たりはしていました。きっといつかは賃金制度を作れるような社労士になりたいとひそかにあこがれていたという感じだったのでしょう。

10人に満たない会社の賃金テーブルなどは社長と相談しながら本を見て作ってみたりもしていましたが、とうとう開業して10年目に60人弱の賃金制度を見直したいというご依頼を頂きました。これが賃金制度を本格的に作った初めての経験だったと思います。

頂いた内容は、手書きの年齢給と社長が決める職務給と何種類かの手当があり、年齢給は男女で異なっていました。もちろん労基法の「男女同一賃金の原則」に違反していますし、年齢給の賃金に占める割合が高く、能力や業績が給料に反映されにくくなってしまうため手書きの年齢給の賃金テーブルが目安的に使われているという状態でした。

その後賃金制度は毎年数件ずつ改定させて頂く機会がありますが、だいたい現状の賃金額を大きく変えることなく、考え方を整理することにより新たな制度にスムーズに移行するという方法をとります。初めてのご依頼をいただいたその会社のニーズもそのあたりにあると考えて現状分析をしてみました。誰か指導してくれる人がいるわけではなく、賃金の本をたくさん読んでおり賃金テーブルを作ることのできるソフトを持っている当時は講師仲間であった島中(現人事管理研究所長)と見よう見まねの手探りで取り組んだわけです。

そのソフトが使い勝手がひどく悪くて、まず会社から頂いたエクセルシートを読み込ませるだけで数日かかり、その後その号俸表を作るのにまた数日かかりと、とにかく時間がかかりました。ただひたすら粘り強く試行錯誤しながらやっと現状分析をしてその結果を会社に説明し、年齢給の割合を縮小し職能給の原資とし、その職能給については号俸表を作り、等級と賃金にかい離がある人のピックアップをして1つ1つ会社と検討し、手当を整理して、と独学1本で何とか作り上げました。

特に号俸表を作るのに、何度も何度も条件を入れなおして気が遠くなりそうな場面もありました。根気がいる作業だったと今でも思い出しますが、やはりとにかくやってみることが一番と思います。どんなにセミナーに出ても本を読んでも実際にやってみないことにはわからないことばかりです。かといってセミナーや本を読んで下準備しておくことは重要です。自分一人では無理であれば仲間を作っておき分担することも良いと思います。とにかく所詮人類が作ってきたもの(ちょっと大げさ!)が自分に作れないわけがないくらいに考えて度胸を持って頑張ってみることが大切ですね。