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雇用、セーフティネットをめぐる討論:湯浅誠×城繁幸

2009-12-28 22:10:35 | 亡国クロニクル
湯浅誠 新政権がとるべき有効な雇用政策としてまず必要なのはセーフティネットへの対応、年末をどう乗り切るかが一つのヤマです。生活が成り立たず「もやい」に相談に来る人も昨年の3倍、都内の炊き出しもどこも例年の倍以上の列です。その次に雇用創出。介護、農業、林業や新規産業分野への転換も含めて必要です。労働者派遣法や有期雇用法制の規制強化にも、来年の通常国会後半には具体的に着手してほしい。
城繁幸 セーフティネットの必要性は同感です。特に生活保護と雇用保険の間をつなぎ職業訓練機能を伴なう「第2のセーフティネット」(*1)の役割は大きい。ただ規制に関しては湯浅さんと逆で、企業に向けて派遣法はじめ労働規制強化は、少なくとも景気がよくなるまで行わないとアナウンスすることが必要だと思います。先進国の潮流としては、企業に雇用責任を負わせるのではなくて、社会でそれをやりましょうという、“フレキシキュリティ”政策への評価が高く、私も支持しています。具体的には金銭解決の導入など、正社員の解雇規制(*2)の緩和を認め、同時に職業訓練などセーフティネットを充実させる。

【労働市場を変えるため 何を先にすべきか】
湯浅 規制強化すると企業が逃げるという話ですよね。その理屈を認めてしまうと、世界中の法人税がゼロになるまで「逃走競争」は続くことになる。中国からバングラデシュ、次はアフリカ大陸へ。日本企業はフィリピンやマレーシアで労働問題を起こしてますが、日本ほど労働問題の弱い国は滅多にありませんから、種々のコストを考えると必ずしも安上がりになるとは思えない。
 法人税をゼロにしようという説は実際結構あります。従来高かった欧州諸国も、オランダが口火を切って今やチキンレース状態で引き下げが続いています。アジアで日本は飛び抜けて高い。台湾や韓国は半導体や電機関連の法人税を国策的に下げています。企業が社会に提供するものは雇用です。逆に雇用だけでいいと思います。
湯浅 雇用の質はどうなりますか。私は質の劣化は量の増大よりも問題だと思っています。とにかく雇ってくれるだけでありがたいとなると、社会から企業になんら文句を言えないことになる。それは派遣切りに遭ったような人を増やすだけでは。
 小泉政権では非正規雇用の規制緩和は行いましたが、正社員を含めた労働市場全体の改革は行わなかった。これでは正社員と非正社員の間で競争原理が働かない。すべてのツケを非正規に押し付けている身分制。ここが問題の本質です。大手の正社員で年収2000万円もらっている人を1人リストラするだけで、やる気のある20代の非正社員3~4人を雇うことができる。
湯浅 順番が逆ではないですか。この間、非正規の人は契約の中途解約など違法な形で切られている。違法を正すのが先であり、正社員の解雇規制を緩めたらなぜ違法行為がなくなるのかわかりません。
 厳しい法規制を厳密に守れと強制すると、経営が成り立たない企業が出てきますよ。
湯浅 個人が窃盗をしたら、いくらその人が立派な人でも許されない。なのになぜ企業だと、潰れたら元も子もないので多少の違法には目をつぶろうとなるのですか。
 私はトータルでどれだけ利益が残るか考えるべきと思っています。問題は高度経済成長後それに代わる成長モデルを描けていない点にあり、それは人が移れないからに尽きますよ。
湯浅 横断的な労働市場をつくることは同感です。それを妨げるものとして、中途採用に消極的な企業や企業別組合、人材育成能力のない派遣業者などの問題があることもわかります。ただ移るには環境を整えないと無理。第2のセーフティネットもうまくいってません。

【大企業正社員が邪魔をしているのか】
 大企業は職業訓練を受けたとしても、非正社員を正社員として迎えるつもりはないですよ。正社員の解雇規制を緩和しろというと財界べったりと批判されますが逆です。トヨタもキヤノンも終身雇用でいくと言っている。要するにウチの正社員は終身雇用でいきますが、非正社員は雇用の調整弁で使いますよと彼らは言っているわけです。
湯浅 派遣法の規制強化の問題(*3)も、二言目には人件費増に耐えられず潰れる、海外に逃げると言われますが、企業はなぜ期間工なりアルバイトなりの直接雇用でなく間接雇用の派遣の活用を望むのですか。かえってコスト高となりそうですが。
 二つあります。一つは人材募集、管理の負担を委託できる。もう一つは直接雇用することで労使関係が生じてしまう。そのリスクをヘッジするために派遣会社を間に入れているのです。だから、もし解雇の金銭解決が導入されて、たとえば2~3ヵ月分の給与を上乗せするなら何年契約社員をしてても解雇できるとなれば、大企業は派遣会社を使いません。
湯浅 城さんの考えでは諸悪の根源は解雇規制ということになるわけだ。私もフレキシキュリティ政策は評価しますが、それは失業しても生きていけるという状態がなければ無理ですよね。失業しても生きていける、たとえば職業訓練に対する企業のコミットメントなど外部労働市場をつくることに企業も参加してもらわないと。そう問題を立てないと実際に物事は動かなくありませんか。
 職業訓練を受けた人でも採らない一因は年功序列賃金にあります。そこを変えないと何兆円職業訓練につぎ込んでも実りはないですよ。
湯浅 大企業の正社員がどれだけのパイを奪っているんでしょうか。そんなに敵は大きいのかと疑問に感じてしまう。経営者報酬や株主配当のほうが問題になりませんか。
 経営者の報酬は大体大手の平均で5000万円くらいですよ。その会社の正社員の5倍未満です。上場していると赤字転落ともなれば大幅に下げないといけないし、その意味で彼らは責任を取ってますよ。株主配当で言うと配当性向は欧米の主要企業と比較しても4割程度と高くはない。だからそれよりむしろ、日本の大企業全体を覆う正社員サロン、中小企業や非正規労働者を使うことで維持しているヒエラルキーのほうが大きな問題だと思っています。
湯浅 確かに、正社員クラブの弊害で非正規労働者や女性が不利益を被っている。この岩盤は壊していくべきです。ただ問題の立て方として、正社員の解雇規制がスケープゴート的に使われている気がします。

【プロスポーツに例えると】
 よくプロ野球の話をするのですが、選手は成績が上がらなければ賃下げや解雇もされます。ですがプロ野球に非正規雇用の選手はいませんよね。ある球団の選手全員が給与を切り下げられワーキングプア球団になったりしていませんよね。それは球団はペナントレースに勝つことを求めて経営するからで、企業についても同じですよ。
湯浅 その考えは危険だと思います。純粋な競争原理が貫徹できるプロスポーツの世界は、社会のごく一部なんですよ。その原理ですべて成り立つとなれば、それこそ何の規制もいらないし、完全な自由放任がベストでしょうが、人生はプロスポーツではない。誰でも最低限の生活は確保されないと困ります。セーフティネットもいらないし、人がバタバタ死んでも仕方がないということになりませんか。
 私は仕事も全部プロスポーツと同じだと思っています。日本はたまたま運よく高度成長期を遂げられたから、みな気づかずにやってこれただけで、一皮、めくれば実態はシビアなプロスポーツと同じ競争原理で動いていると思います。少なくとも中国人やインド人はそう考えて挑んできている。その中で国が最低限のセーフティネットは張らねばならないとは思いますよ。
湯浅 だけど国家の中に企業もあるわけですよ。企業は治外法権ではありえないんですよ。
 ただ企業は国籍をいくらでも変えられます。企業だけに全部任せるのは間違いだと思います。
湯浅 変えられるでしょうが、輸出型の大企業も日本人を雇用して日本の消費者を相手にして国際企業に成長したわけですよね。そのくせ税金の安いところに国籍を移すとしたら、その姿勢やモラルを社会は許容すべきではありません。
 でもそれは「べき論」ですよね。中国は従ってくれますかね。
湯浅 べき論が支配すれば国際的にも状況は変わる。環境だってそうじゃないですか。国は人の生活を守るためにあるのですから、生存を確保できる最低限の規制は必要です。企業もそこはあきらめてほしい。人の生活を守る、それは日本企業である以上しょうがないと。
 それでは国力が衰退する。じわりじわりと正社員も非正社員も、そしてGDPも下がり続けることに危惧を覚えます。今のひずみは規制緩和が中途半端だったから生じているんです。徹底した労働ビッグバンを行うべきだったんです。
湯浅 横断的労働市場の形成具合に比べれば、正社員の解雇規制の緩和とか年功型賃金の解体のほうが、現実はるかに進んでいると思います。十分なセーフティネットも横断的労働市場の形成もない現段階では企業から離れたら生活できなくなるんだから、既得権と言われようと、しがみつくに決まってますよ。
 いちばん大きいのが入り口の問題であり、解雇できるようにならないと企業は人を採用しません。労働契約なりで解雇はできると明文化すれば見直しは進むはずです。
湯浅 雇用の問題だけで完結する話でもありません。日本では子どもの教育費や家賃、ローン返済など住宅費の負担が急激な山型カーブを描いている事情を加味しないと。ヨーロッパが職務給でやれるのは教育費や住宅負担が少ないからです。
 住宅ローンに関しては今まで会社名を担保に貸していたのを信用情報の一本化、要するにクレジットスコアを作って過去の年収と返済状況で金利を設定する方式で個人に貸そうという動きが進んでおり、期待してます。教育費ですが今の状況では私は大学にはあまり優先順位を感じません。ある程度優秀で熱意がある人しか大学に行く必要はなく、学びたい人は自分で奨学金を取ればいいと思います。

【労働組合は味方になっているのか】
湯浅 城さんの話は「ウルトラC」があるような感じがするんですよ。ここさえやればうまくいくんだ、という。でも私はウルトラCはないと思う。いくつものステップを踏まないと、いきなり欧州型の職務給になどならないし、横断的労働市場も形成されない。
 私はそれでもウルトラCに賭けてみたい。焦っているのには理由があってそれは財政です。すでに維持不可能なレベルで、私はあと10年もたないと思っています。その意味でも一発逆転を図りたい。ハイパーインフレを起こしたら、結局資産を持たない経済的弱者が路頭に迷うことになる。そうした閉塞感を打破するのは改革しかないと思います。
湯浅 構造改革路線では無理だと思いますよ。この閉塞感の震源地は低所得貧困世帯のためです。進学できない、病院に行けない、就職できない、その不安が社会全体に蔓延しているのが今です。その立て直しなくしては、それこそ国際競争にも勝てないと思います。横断的労働市場形成のために労働組合が持つ意味というのは本来大きい。派遣村を一緒にやったような労組の社会的運動が、連合傘下の大産別にも影響を与える動きが理想と感じます。
 企業別労組が解体して職種別労組ができるのは、労働市場の流動化よりハードルは高く、ちょっと期待できない。今後の働き方の理想は中核的なホワイトカラーは3~4年ごとの仕事を請け負う個人事業主になっていく。そのほかに従来型の時給いくらの仕事をする人たちが連なるという形に、否応なく進んでいくと思います。
湯浅 働きがいのある人間らしい労働、ディーセントワークを求めていくしかないと思います。期間の定めのない、直接雇用を雇用の大原則として置き、その例外には一定の縛りがある。かつ失業してもそこで生活が破綻しない、生活が成り立つ社会システムが必要だと思います。

【1・第2のセーフティネット】雇用保険と生活保護の間をつなぐもので、派遣切りなどへの批判が高まる中で創設され、今秋から本格的に動き出した。職業訓練の期間中、月10~12万円が支給される「訓練・生活支援給付金」や2年以内の離職者に生活保護の住宅扶助費と同額を給付する「住宅手当」などが新設されたが、ハローワークや福祉事務所の権限などがからみ「たらい回し」も懸念されるため、一部ハローワークで試験的にワンストップサービスの取り組みも進められている。

【2・正社員の解雇規制】経営不振時の解雇には特段法律上の規定がないが、最高裁が示したいわゆる「整理解雇の4要件=人員整理の必要性、解雇回避努力、対象者を選ぶ合理性、手続きの妥当性」が係争時の基準となってきた。近年の判例では、やや緩和されている向きも。

【3・派遣法の規制強化の問題】1985年の制定時には特定業種に限定されていた労働者派遣法だが、99年に原則自由化、2004年からは製造業への派遣も認められた。だがここ数年の日雇い派遣での違法行為や昨年末の製造業での「派遣切り」が社会問題化し、民主党、社民党、国民新党は連立政権樹立にあたり、仕事のあるときだけ雇用契約を結ぶ登録型派遣や製造業派遣を原則禁止するという政策合意を結んだ。来年の通常国会で改正案が提出される見通し。

──Profile──
【湯浅誠─NPO法人自立生活サポートセンター・もやい事務局長】 ゆあさ・まこと●1969年生まれ。東大法学部卒、同大学院博士課程単位取得退学。1995年からホームレス支援に携わる。著書に『反貧困』など。民主党政権で国家戦略室参与に。
【城繁幸─人事コンサルティング Joe's Labo 代表取締役】 じょう・しげゆき●1973年生まれ。東大法学部卒。富士通人事部などを経て、2004年に人事コンサルタントとして独立。著書に『たった1%の賃下げが99%を幸せにする』など。



↑湯浅氏が村長を務めた東京・日比谷公園での年越し派遣村 ─(週刊東洋経済2009年11月7日号)
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