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桜咲く  蜻蛉池公園 2016

2016-03-31 | 街角の話し
蜻蛉池公園へ行く途中アチコチに桜が咲き始めています
満開の少し手前かな? ワクワクしてきます。


蜻蛉公園今回は 「花木園」中心に回ろう・・・

蜻蛉公園の周りの並木は ハクモクレン が一杯です


桜が咲き始めのこの頃にあまり来たことがなかったのかな感動です 






公園入口のタンポポも可愛い


大池にも春一杯です

手前には菜の花が池の向こうには桜がその前はユキヤナギが真っ白に左にはパンパスグラス

いい光景ですね


画面一杯ハクモクレン



レンギョウと桜のツーシヨット


レンギョウも一杯

レンギョウの隣はボケ 右に鳥が少し写っています



サンシュユ



椿







ハナズオウ 近くに札が立っていました
バックの白い木とで変わった雰囲気が出てます



ユキヤナギと桜


藤棚池

今年は藤の頃に来よう。




この時期 鳥が一杯飛んでますが、カメラではなかなか撮れないですね




止まってくれるとうれしいですね




うれしい物を見つけました

紅葉葉楓(もみじばふう)です

紅葉葉楓の実はトゲトゲで、南国の果物ドリアンを
まん丸にして、小さくしたようなかんじ。

まるでクリスマスの飾りのごとくヒモにぶら下がっているように見えるのが可愛い
2012年1月に堺の大浜公園で最初に出会いました。
蜻蛉池公園にもあるんだ・・・
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NHK朝ドラ 「とと姉ちゃん」 いよいよ4/4に始まる

2016-03-29 | 街角の話し

あらすじ

昭和5年。戦前の静岡県遠州。繊維のまちで育った主人公・小橋常子(10)は三人姉妹の長女。染物工場の営業部長で子ども思いの父と優しい母を茶目っけたっぷりに「とと」「かか」と呼びながら、鞠子(まりこ)(9)と美子(よしこ)(4)という二人の妹の面倒をみるしっかりものの娘。

経済的に不自由なく幸福な生活を送っていた常子たちだったが、父・竹蔵が結核にかかったことで生活は一変する。死の間際、竹蔵は常子だけを呼び寄せ「ととのいなくなったあとは、常子が自分の代わりに家族を守ってほしい」と遺言。常子はその言葉を胸に、二人の幼い妹と、母を守って生きていこうと、胸に誓う―。

そんな遠州での生活も、染物工場からの援助が閉ざされたことで、たち行かなくなり、母・君子(きみこ)は、仲違いしている東京・深川の母(三姉妹の祖母)に頭を下げて一家で上京することを決意。東京で待っていた祖母・滝子(たきこ)の援助を受けながら、三姉妹と君子は激動の時代を懸命に生きていく。

やがて常子は女学校を卒業、小さな出版社に入り、編集作業を学ぶことになる。

昭和20年終戦。東京は焼け野が原になり、常子は戦争で犠牲になるしかなかった子どもたちや女性たちに思いをはせる。「女のひとたちが幸せな暮らしを送れなかったら、そんな世の中は駄目だ。私に唯一できること、妹たちと雑誌をつくって、事業を起こそう」と、常子は二人の妹たちと一冊の雑誌をつくることを決意する。だが、素人の彼女たちは具体的に何をどうやって雑誌をつくっていくのか全くわからない。そんなとき、常子たちの前に一人の男が現れる。のちに天才編集者と呼ばれる花山伊佐次だった。

常子たち三姉妹と、花山の出会いが戦後一世をふうびする生活総合月刊誌『あなたの暮し』を誕生させることになる・・・。「NHKホームページより」


モデルは大橋鎭子(おおはし しずこ)さん。1920年〈大正9年〉3月10日生まれ

暮しの手帖社社主・元社長で同社の雑誌『暮しの手帖』を創刊した。


『暮しの手帖』は隔月25日 発売です。今まで読んだことがないので、 2.3月号 と 4.5月号は本屋でパラパラと読みました。(笑) 



小橋 常子(こはし つねこ)演 - 高畑充希 本作の主人公。

小橋 竹蔵(こはし たけぞう)演 - 西島秀俊 常子の父。
小橋 君子(こはし きみこ)演 - 木村多江 
小橋 鉄郎(こはし てつろう)演 - 向井理
青柳 滝子(あおやぎ たきこ)演 - 大地真央
隈井 栄太郎(くまい えいたろう)演 - 片岡鶴太郎
森田 まつ(もりた まつ)演 - 秋野暢子
森田 宗吉(もりた そうきち)演 - ピエール瀧
森田 富江(もりた とみえ)演 - 川栄李奈
花山 伊佐次(はなやま いさじ)演 - 唐沢寿明
五反田 一郎(ごたんだ いちろう)演 - 及川光博
谷 誠治(たに せいじ)演 - 山口智充
水田 正平(みずた しょうへい)演 - 伊藤淳史

そして
語り - 檀ふみ

主題歌 - 宇多田ヒカル「花束を君に」

4月4日に放送される「とと姉ちゃん」の初回オープニングで解禁される。所属レコード会社によると、同日をもって宇多田さんは音楽活動を再始動するという。

一杯 一杯 楽しみが多い番組が始まります

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熊取町 サクラ咲いた 2016

2016-03-27 | 街角の話し
大阪の開花宣言は 3/23 - 大阪城公園の桜でした。
熊取町の中央公園にも桜が咲き始めました
そして、うれしいことに メジロが・・・

メジロが止まらなかった枝です。桜が一杯



中央公園の手前 図書館の裏の桜も ほころび始めました

そして ユキヤナギ も見事でした





花名の雪柳は、柳のように細長い枝に、白い小花が降り積もったように見えることに由来します。また、散った花がまるで米を撒いたように見えることから小米花(コゴメバナ)という別名もあります。

花言葉の由来

花言葉の「愛らしさ」は、1cmにも満たない白い花の可憐さに由来するといわれます。
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平成28年のイカナゴ新仔(しんこ)漁の解禁日は3/7でした

2016-03-23 | 街角の話し
兵庫県の阪神淡路地域の郷土料理。
いかなごのくぎ煮。
2016年(平成28年)のイカナゴ新仔漁の解禁日は、3月7日でした

なかなかタイミングが合わず、買いそびれていましたが、ようやく買いました


いかなごのくぎ煮とは
生の新子を しょう油・ざらめ・生姜 などで煮詰めた佃煮で、出来上がりが折れた釘のように見えるために、「くぎ煮」と呼ばれるそうです。
兵庫県の、阪神・淡路地域を中心に 作られている郷土料理で、旬は、2月末~3月上旬。

大阪でも結構流行ってます
 
しらすに似ているお魚ですが、どんどん成長していくと、20cmくらいの成魚になるそうです。
西日本では、新子(しんこ)と呼びますが、東日本では、小女子(こうなご)と呼ばれます。
 
大きくなった いかなごは、北海道では、大女子(おおなご)、東北地方では女郎人(めろうど)、西日本では、加末須古(カマスゴ)などなどの呼び方があります。
身が柔らかくて 佃煮にぴったりの大きさ、3~5cmくらいの時に漁をして、出回ります。
  
いかなごは、鮮度を保つのが難しいので、その日の早朝に水揚げしたものが、午前中に魚屋さんやスーパーに出ます。

解禁日は水産技術センターが漁況予報などを基に設定するそうです。
関西では新聞にも載ります

2015年の解禁日は、2月26日でした
ブログはここ

瀬戸内海に春到来 イカナゴ漁解禁

今年は店頭に出ているのが少ないとか魚が大きいとか、みんな勝手なことを言ってます(笑)
買った日も、直ぐにお客さんが並んでしまいました
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菜の花畑 熊取町大久保南

2016-03-22 | 街角の話し
熊取町 大久保南で見つけました
 
まさに畑です



夕方で照明効果も出てました(笑)



畑だから菜の花の高さもいろいろです アップにすると高さが色々で面白い(笑)


畑の横から見ると目線が合って、いいです



魚眼レンズ風に撮ってみました
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マーブルビーチにも春がやって来た

2016-03-19 | 街角の話し
恋人の聖地と言われるマーブルビーチ 

水上オートバイが春を呼んでいます 白い大理石の浜辺とバッチリ合ってます



樽井漁港 です。

久々にあなご天丼を食べようかと せんなんわくわく広場 サザンぴあ へ来ました

「びっくり ぽん!」です。漁師ん家がお店が代わってるではないですか。

漁師ん家の泉州あなご天丼 何回食べただろうか?
最初見つけてからはかなりの回数です
最初が2012.2でした ブログはここ

思い起こせば義兄ご夫婦においしい穴子丼があるからと一緒に来たのが、結果的に最後だったのですね



2015.8 の写真です

2015.9.23に閉店したようです。残念

代わりに出店しているのが「さしみ家」 お店の人に聞くと2016.2.15に開店したようです
平日でしたが まあまあ混んでました


特選 海鮮丼


まもなく あなご丼やりますと店内には表示してました。


多分 それを求めて来られてる人も多いのでしょう?



海岸には タンポポ が咲いていました 春ですね


















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美術館の舞台裏: 魅せる展覧会を作るには     ちくま新書

2016-03-19 | 読書感想文

美術館の舞台裏: 魅せる展覧会を作るには (ちくま新書) 新書

2015/12/8 発売

高橋 明也 (著)

アラベスクさんのブログで知りました。そして早速買って読みました

著者は東京丸の内の三菱一号館美術館初代館長。

2010年のオープニング 「マネとモダンパリ展」総来場者数30万4206人 
2010.4.6~7.25


ブログはここ マネとモダン・パリ展 manet et le Paris moderne

東京の長男夫婦に会いに行く機会があり行きました





マネ すみれの花束をつけたベルト・モリゾ 1872年

この絵とは再会でした 2006.10 神戸市立博物館

オルセー美術館展-19世紀 芸術家たちの楽園-

いろんな苦労話、裏話等々興味が尽きません

面白い記事がありました

日本の海外展来場者数ベスト3というのが載ってました
上位3展とも新聞社主催の展覧会です

1位 「ツタンカーメン」展(1965年) 約293万人 朝日新聞社主催
2位 「ミロのヴィーナス」展(1964年)約172万人 朝日新聞社主催
3位 「バーンズ・コレクション」展(1994年)約107万人 読売新聞社主催

残念ながら見てません(笑)

著者の高橋明也さんが国立西洋美術館主任研究官をやられていた頃の展覧会

「オルセー美術館展 モデルニテ-パリ・近代化の誕生」日本経済新聞主催 神戸市立博物館で見ました
ホームペ-ジは ここ

「オルセー美術館展 19世紀の夢と現実」1999年 日本経済新聞社主催 神戸市立博物館で見ました
ブログはここ

ラ・トゥールの傑作 《聖トマス》を国立西洋美術館が入手したくだりはワクワクしますね
実は たまたま国立西洋美術館の常設展に行く機会が有りみました

ウルビーノのヴィーナスと常設展  国立西洋美術館 2008.4



ジョルジュ.ド.ラ.トゥール 聖トマス

今でもあの感動が蘇ってきます

国立西洋美術館の常設展は その後2012年に 国立西洋美術館 常設展へ行きました

ヴィルヘルム・ハンマースホイ 「ピアノを弾く妻イーダのいる室内」
ジャクソン・ポロック ナンバー8、1951黒い流れ 
等々素晴らしい作品でした 常設展て いいですね。


著者が言われてます

美術鑑賞、美術を楽しむ面白さとは、新しい視点、新しい価値観との出会いです。

「観たい」「観続けたい」という純粋な鑑賞欲求に立脚したところから美術鑑賞は始まる

素晴らしい本に巡り会えました

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熊取町の春 中家住宅(重要文化財) のハクモクレンと七山の菜の花

2016-03-16 | 街角の話し
中家住宅の表門

中家住宅は小生の熊取町のホームページへ ここ

ハクモクレン

花言葉はたくさんあるようですが『気高さ』は、モクレン属の中でも、白木蓮につけられた花言葉とされています。イギリスの王宮植物園園長だったジョセフ・バンクス卿がモクレンを中国から導入したときに、「枝先にユリの花がついている木」と評したことにちなんでいます。





熊取町 七山の菜の花

松風台のバス停 近く
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菜の花満開 和泉リサイクル環境公園

2016-03-15 | 街角の話し
梅は散り始めました 残念ながら鳥は見れませんでしたが
菜の花は満開です

全面がラッパスイセン そして菜の花 後方の山もいい雰囲気です





菜の花の前は若い家族 幸せ一杯

「菜の花がしあはせさうに黄色して」 細見綾子

細見綾子(ほそみ あやこ、1907年3月31日 - 1997年9月6日)は、兵庫県出身の俳人。松瀬青々に師事、「倦鳥」を経て「風」同人。夫は沢木欣一。




菜の花のアップです



ラッパスイセン

ラッパスイセンまたはラッパズイセン(喇叭水仙)は、ヒガンバナ科スイセン属(スイセン)の1種。

花は黄色で、内側の花被片がラッパのように突き出ている。


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京都市動物園 27年度の入場者数100万人突破

2016-03-14 | 街角の話し
京都市美術館が今、盛り上がっています。

説明版を追記しました

京都市美術館には何回も行ってますが、その裏のすぐ近くにある動物園には行ったことがありませんでした。
「動物を間近に感じられる」改装がマスコミに報道されると共に、以前から知っていた、あの「八角九重の塔の基壇石」があるということで行ってきました

京都市動物園は 日本で2番目に古いということです。ちなみに

【1番目】恩賜上野動物園/東京(1882年)
【2番目】京都市動物園/京都(1903年)
【3番目】天王寺動物園/大阪(1915年)

三番目が天王寺動物園とはビックリです 天王寺動物園の往訪記はこちら あべのハルカスと象

敷地面積約4ヘクタールは政令市の動物園では2番目という狭さだ

入口の写真は
《KYOTO CITY ZOO》おかげさまで平成27年度入場者数 100万人 達成 が誇らしげである。



トラを下から見上げるというのがウリ文句ですが本日は通路が塞がれていて見えませんでした。
特に説明もなし
でも トラは近い



キリンが自分と同じ目線で見えるキリンを上から見てみました



シマウマも上から見えます


ゾウ 鼻で器用にワラを巻いて咥えたところです




シロフクロウ

カメラを向けるとソッポを向いてしまう。直ぐに機嫌はなおります 他にもフクロウがいます



フラミンゴ 向こうにガラスがあるので一杯居るように見えます(笑)



ライオンはお休み中でした


小さいけれど遊園地もあります

園内は子供で一杯です 保育園でしょうか先生の引率でアチコチに



琵琶湖疎水




噴水池

今の観覧車のあるあたりに、法勝寺の八角九重の塔がありました。創建当時の高さは想定81m。園の中央あたりにあるこの噴水池(琵琶湖疏水の水を利用)の中に、その八角九重塔の基壇石が配されてました



これが基壇石



基壇石の説明版
《内容》

法勝寺八角九重塔と石材

京都市動物園は、平安時代後期に白河天皇(法皇)が建立した法勝寺境内の南半部にあたります。
法勝寺は金堂・八角九重塔・講堂・阿弥陀堂などの仏塔を備えた、院政期の京都を代表する大寺院でした。
京都市動物園内では、八角九重塔や阿弥陀堂の建物跡ととも庭園の池跡などが見つかっています。
池の中島に築かれた八角九重塔は、現在の観覧車の位置にありました。高さ27丈(約81m)との記録があり、
基壇の上に9層の屋根と最下部に裳階(もこし)と呼ぶ小さな屋根が取り付く巨大な塔が聳(そび)え立って
いました。2010年に行われた発掘調査では、白川砂の軟弱な地盤を約1.5mの深さまで掘り下げ、一抱えも
ある大きな石や粘土を交互に積み上げて、堅牢な地盤改良がが行われていたことがわかりました。
ここに展示している石材は、花崗岩製の細長い切石で、同じ形状の石材は南側の噴水池の中にも見ることが
できます。これらは一端の角が、二つ合わせにすると約135度になるように加工されていることから、
八角九重塔の基壇に使用されていた石材である可能性があります。

協力 京都市考古資料館
   (公財)京都市埋蔵文化財研究所



法勝寺九重塔跡

院政期,天皇・中宮の発願で岡崎の地に六つの寺院が建立された。いずれも「勝」の字がつくので六勝寺と呼ばれた。法勝寺はその一つ。法勝寺は,白河天皇(1053~1129)御願寺で「国王の氏寺」と称された。承暦元(1077)年に落慶供養が行われ,方四町の敷地には以後も堂舎が増築された。寺内に建てられた壮麗な八角九重塔は,高さが80メートル以上あったと推定されている。元暦2(1185)年7月以降,九重塔は度々落雷に遭い,そのつど修復,再建が行われたが,14世紀には度重なる火災で焼失した。

2011年3月に京都アスニーに復元模型を見に行きました ブログは ここ



法勝寺の八角九重塔
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煉瓦館 アート展 2016 出展しました

2016-03-13 | 街角の話し
2016.3.13~3.20 熊取町 煉瓦館


出展作品 《あらぎ島》

三男が下見をしてくれて絶好の撮影日に行きました。
かねてより撮影したかった場所です
三男の奥さんの故郷 和歌山県有田です 日本の棚田百選

ブログは ここ

煉瓦館のアート展は毎回テーマが違います。今回は世界中のどこでもいい(受付の女性の言葉)

今回全部で82展
油彩画、水彩画、写真 等々です





展示室
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モネ展 マルモッタン・モネ美術館所蔵 「印象、日の出」から「睡蓮」まで

2016-03-11 | ア-トな話し
《印象、日の出》 1872年
東京-福岡ー京都ー新潟と巡回

2016年3月1日~5月8日 京都市美術館

「光紡ぐ肌のルノワール」展が3月19日 ~6月5日開催予定
日本人には大人気の二つの展覧会が同じ美術館で開催される
多分大混雑になる。
お目当ての 印象、日の出は3/21までの展示

やっぱり 印象、日の出 最優先で行ってきました。京都では33年振りの公開らしい(東京では21年振りらしい)

清々しい清涼感のある日の出です






クロード・モネ(1840-1926)は、生前に成功した画家で、晩年のものを中心に多くの作品を最期まで手元に残しました。これらは息子のミシェルが相続しましたが、その後、ミシェルの遺志でマルモッタン美術館に遺贈されました。その数およそ150点。モネが晩年に何度も取り組んだ「睡蓮」や「日本の橋」だけでなく、10代後半で描いたカリカチュア(風刺画)や30代から40代の風景画も含まれ、モネの画業を辿ることができる画家本人によるプライベート・コレクションです。この特別な作品群を譲り受け、マルモッタン美術館は、「マルモッタン・モネ美術館」と名称を変えました。

本展では、このモネ・コレクションから選りすぐりの約90点を展示。うち約7割がモネ自身の手によるもので、ほかにはモネ自身が収集した作品やモネ愛用の品を紹介。マルモッタン・モネ美術館だからこそ実現できた“究極のモネ展”。



マルモッタン・モネ美術館でもっとも知られているのは《印象、日の出》。「印象派」という言葉の由来となった歴史的作品で、ジョルジュ・ド・ベリオが所蔵していたものです。ド・ベリオ氏はモネをはじめとする印象派の画家も診ていた医師で、初期の印象派を評価した数少ない収集家の一人。そのコレクションは1940年にマルモッタン美術館に寄贈されました。
本展には、このド・ベリオ・コレクションから、《印象、日の出》、《テュイルリー公園》、《雪の効果、日没》の3点が出展されます。《印象、日の出》は、今でこそ印象派のもっとも有名な作品のひとつですが、20世紀半ばまでは《テュイルリー公園》-3/22から展示 の方が高い評価を得ていました。



モネが見た、この日の出は 1872年11月13日

読売新聞で特集をやってました


印象派の名前の由来となった《印象、日の出》。モネが幼い頃過ごしたフランス北西部の町、ル・アーヴルの港に日が昇る様子を描いたものですが、制作年などを巡り議論を呼んでいました。

 作品には「Claude Monet.72」と自筆のサインがありますが、モネが1872年にル・アーヴルを訪れた記録はなく、実際には1873年に描かれたとの見方が大勢を占めていました。一時は、「日の出」ではなく、「日の入り」ではないかとさえ言われたこともありました。

 議論に決着をつけようと、マルモッタン・モネ美術館では2014年、アメリカ・テキサス州立大学の天文学者ドナルド・W・オルセン氏らとともに作品が描かれた日時の調査を行いました。

 19世紀に撮影された写真や地図をもとに、モネが作品を描いた場所を特定。さらに作品から太陽の位置や潮位を調べ、当時の気象の記録から天気や風向きが一致するのは1872年11月13日、もしくは1873年1月25日だと導き出しました。その上で作品に「72」と書かれていることや美術史家の分析を踏まえ、作品が描かれたのは1872年11月13日7時35分頃の可能性が高いと発表しました。
本展ではマルモッタン・モネ美術館の見解に沿い、制作年を1872年としています。





「はじめ」と「おわり」はこの展覧会のコンセプトなのでしょうか。

モネの画業のはじめです




《劇作家フランソワ・ニコライ、通称クレルヴィユ》1858年

18歳の頃のモネが描いた「カリカチュア」(風刺画)と呼ばれる一連の作品。描いたそばから店のショーウィンドーに展示し販売していたそうで、現存するカリカチュアは65点だけだそうです。

紙に鉛筆を自由闊達に走らせ、すらすら~と描いてしまった若き日のモネ作品は、他の展覧会では中々お目にかかれれない貴重なものです。



《ポンポン付きの縁なし帽子をかぶったミシェル・モネの肖像》

モネの最初の妻カミーユとの間の次男ミシェル、2歳の肖像。



《雪の効果、日没》1875年



《オランダのチューリップ畑》1886年



《ジヴェルニーの黄色いアイリス畑》1887年



《白いクレマチス》1887年



《睡蓮》1917年~19年




《ポリーの肖像》1886年

質素な身なりで、純朴そうな人物がすっとまっすぐにこちらを見ている。
思わず見とれてしまいます 心に残る作品です


画家モネの「はじめ」が、人物の特徴を細かく捉えたカリカチュアだとすると、「おわり」はまるで現代アート



《バラの小道、ジヴェルニー》1920-1922年

1912年に白内障と診断され3回もの手術を受けたモネが、晩年観ていた世界はどんなものだったのでしょうか。

会場は ちょうど一杯という感じの混み具合でした

《印象、日の出》の前は二列です 前列でじっくり見たい人と後列でもいいという人です
当然前列で並びましたが少し停まっただけでした 平日だからでしょうね(笑)



クリアファイル
この《印象、日の出》と《白いクレマチス》のクリアファイルを持った人がレジでは目立ちました




過去に観たモネの展覧会

2004.2 モネ.ルノワ-ルと印象派展 Bunkamuraザ.ミュ-ジアム
2004.4 マルモッタン美術館展 京都市美術館

2004.11.28 モネ 光の賛歌 奈良県立美術館

2014.10.31   夢見るフランス絵画 印象派からエコール・ド・パリへ Bunkamura
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春きたよ! 菜の花と祝蕾

2016-03-04 | 街角の話し
菜の花は
「道の駅 愛彩ランド」から外環沿いに和泉市の方に
少し行ったところ
道路からも見えます。春ですね もっと一杯咲いていればいいのですが・・・

そして
愛彩ランド で買った「祝蕾」




「ふきのとう」そっくりですよね 

祝蕾(しゅくらい)とは

◆アブラナ科アブラナ属 

祝蕾は中国が原産といわれるアブラナ科の高菜の一種とされています。一般的なからし菜が葉を食用とするのに対し、この祝蕾は、葉だけではなく、一株で4キロから5キロの大きな株から出てくるわき芽(蕾)の部分を収穫し食用とします。

福岡で作られている「蕾菜(つぼみな)」と同じ仲間。

「ふきのとう」

フキノトウはキク科フキ属の多年草で日本原産の山菜で全国の山野に自生しています。ふきのとうはつぼみの部分にあたり、この花が咲いた後には地下茎から伸びる葉(ふき)が出てきます。春の季節を表現する、山菜として日本料理には欠かせない食材です。



古くから食用に利用されてきており、独特な芳香と、苦味を、香辛料として使用したり、早春の食材として、てんぷら、和え物に、広く利用されています。

「ふきのとう」と「祝蕾」は違うようですが

先日食べました てんぷらと味噌の和え物として頂きました ふきのとうのように(笑)


以前にブログに載せた

ロマネスコ  Broccolo Romanesco はその後も食べています。おいしい。
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