無意識日記
宇多田光 word:i_
 



年度末は毎年「年度末に書くような事を毎日書いてるからいつも通りで」と書くのが恒例になっているような気がするが、今年もいつも通り「だからといって特に何も」な心境だ。

まぁそうだろう。ヒカルが年度を気にし始めるとすればダヌパが日本の学校に入るタイミングとかだろう。息子の人生が目に入るようになれば年度という制度にも意義を見いだすようになるかもしれない。それまでは別に何もないよな。

とはいえ過去に『First Love』『Distance』『Single Collection Vol.1』『HEART STATION』『This Is The One』と5度も年度末である3月にアルバムをリリースしているから、今を「アルバムを出さなかった年度末」と言って扱ってもいい。となるとなんとなく寂しい気分にならなくもない。

ほんのちらっと懸念を言えば、このなんとなしの寂しさを抱えたまま4月のアタマからRIAがなりくんプロモーション攻勢をかけ始めると「ヒカルのアルバムとツアーはどうなった?」という気分がファンの間に生まれてきやしないかという心配。考え過ぎかもしれないが、現状RIAはヒカルとなりくんしか所属していないので、あちらを立てればこちらが立たずと(真実は別として)認識されるようになってしまうと「あいつがデビューするせいで俺らは待たされてるんだ」と歪んだ解釈が繰り広げられるかもしれない。この事態は誰にとってもよくない。

出来れば、「うちの小袋が活動していても宇多田の活動やプロモーション体制に何ら影響はないですよ」というサインが欲しい。確かにちょっと難しいが、情報を小出しにしていくだけでも効果がある。折しも先日来月20日の雑誌「SWITCH」がヒカルの特集を組んでくれるという報があった。こういったニュースをある程度間を置かずに(一週間に一度以上が望ましい…が流石に贅沢言い過ぎか)リリースしてくれればヒカルは勿論の事、RIAやなりくんのイメージもよくなるだろう。なんでヒカルの情報出してなりくんの印象がよくなるのと思うところだが、マイナスを払拭するのは今の御時世意味のある事なのだ。

ひたすら音沙汰無しで待たされて…挙げ句情報を出してきたと思ったら画面をスクロールしなきゃいけない位沢山出してきてこちらは途端に消化不良、というのは、他のみんなはどうか知らないが私は非常にやりづらい。普段連絡しても一向に返信を寄越さない都会に出てる息子がいきなり何の前触れもなく実家に帰省してきて金を無心されるような、そんなやるせなさを感じる。勿論愛する息子の為に金を用意する位何でもないが、いや普段一言くらい寄越しなさいよとついつい思ってしまう。なお私に息子なんか居ないぞ。


なんか妙な喩えになったが、多分あの「祭りモード」が嫌いな私のようなファンは極々々々々々々々一部しか居ないだろうからこんな愚痴は気にしないでおいて欲しい。そういうヤツも居るんだなと一旦認識してくれれば、あとは記憶と視野から消し去って貰って構わない。日々ヒカルが子育てと制作とリハーサルに勤しんでいるだろう事は死ぬほどよくわかっているつもりだ。でも、だからって…あとはいつも通り。やっぱり年度末らしくなったな。

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『Don't Think Twice』を聴いてみると、ほんの僅かだが、やや芝居がかった大仰な歌い回しも聞かれる。ミュージカル風と言ってもいいか。まだ前面には出ていないが、これから新境地となるかもしれない。

とは言っても、ルーツに「リトル・マーメイド」の"Part Of Your World"を持つ人だ、そういった資質は元々持っている。"Part Of Your World"へのこだわりは、普段滅多に他人の歌唱にコメントしないヒカルがその日本語版の歌唱に苦言を呈させる程である。どんだけ思い入れあんねん。従って、劇中歌に何が求められているかは本能的なレベルで熟知しているとみるべきだろう。

今の我々は、『誓い』&『Don't Think Twice』がゲームの中でどのような使われ方をするか知らない。場面に合った歌というものがある。ヒカルはそれを知らなくても「既に適切な歌を作ってある」人なので、何の心配もしていないが、それを聴いた時の皆の反応までは予測できない。周りは心配していないのに本人は動悸ドキドキという構図だ。


そんな訳で、ややダイナミックになったかな、という印象は受けるが、そこまで劇的な「英語の歌唱の変化」はみられていない、かな。日本語の歌の変化の要点が「語尾の最後の最後まで注意を払いきる」点に集約された事を思い出せば、"語尾"というタームがまるで違う意味をもつ英語でそういった変化が感じ取られないのは、ある意味構造上の必然だろう。日本語に子音で終わる単語などない(そもそも字がない)ので、もうその地点から話が違ってくる。

そうは言ってみたものの、まだ90秒だ。一曲の中でですらもっと抑揚があるかもわからんし、他の英語曲を聴けばまた違うかもわからない。結論を出すのは早計だが、果たして近いうちに他の英語曲を発表をする機会があるのか。そこだけは懸念だ。

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