無意識日記
宇多田光 word:i_
 



この間照實さんがハイレゾ音源リリースを検討中と発言してくれてやや色めき立っている。その暁にはハイレゾ対応プレイヤーを購入して迎え撃つ所存。どうせ一生聴き続ける音楽なのだから死ぬまでいい音で聴き続けたい。どうでもいいが何故うちの携帯は「おと」と打つと「音」より先に「男」を持ってくるのだろうか。あんまり普段その単語打たないんだけどなぁ。お陰でここでも何度か致命的なタイポをしているのだがまぁそれは自分の注意力不足ですわね。それはさておき。

色めき立った私はTwitterで直接質問をぶつけた。ヒカルがデビューして長らく、彼はヒカルのいちばん近くに居るずっと遠い人だったのだが今やどうだ。直接取材敢行してそれに答えてもらってしまえるぞ。といっても最近のリプライ・クイーンはバカリズムラブな女子高生さんなのだけど。

でだ。照實さんが言うにはヒカルのマスター音源は最高でもサンプリングレート48kHz、ビットレート24bitらしい。検索してもらえればわかるが、今時のハイレゾ音源はこれより音質がいい。96bitとかみたい。となると、いざハイレゾってうたい文句で売り出しても、あんまりインパクトがないような。何しろ、CDの44.1Hzですら人間の可聴域を超えた高周波数だというのに、果たして48kHzとかそれ以上に意味があるのか?

あるんですねぇこれが。僕らは直接関係ないけれど、Hikaruの耳は超音波を捉えるのだ。彼女が昔猫避け(あれ、ネズミだっけ?)の超音波発振機に悩まされた事があるのは皆さん御存知だろう。彼女のそんな高性能の耳を納得させる為にも、ハイレゾ音源による過去作品のリリースは意味がある。

でもそういえば、確認するのすっかり忘れてたけどWILD LIFEのBlurayってサンプリング周波数48kHzじゃなかったっけ? だとしたら一応既にヒカルの"ハイレゾ相当"な音源はリリースされている事になる。もうひとつ忘れてはいけないのが桜流しで、あれの最高音質はEVAQのBlurayのエンディングで聴けるのだ。付属サントラでCD音質で聴けるのみならずBlurayの高音質は案外見落とされているかもしれない。桜流しファンはEVAQのBlurayは必携である。

この他、少なくともウタユナとインフレ(だからそう略すなとw)もHDで撮影している筈だからこちらもハイレゾ相当の音質での(再)リリースが期待できる。うーむ、どこまでの規模のプロジェクトになるかわからないが、結構期待に胸膨らませてしまうなぁ。率直に言って、楽しみです。

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エディットの人、というのは誤解されやすい。そうなったのはテレビの影響も大きいのかな。生放送で反射神経よく面白い事を言う人間がわんさと居て感覚が麻痺している。収録でも、クイズ番組や雛壇スタイル、そしてニュースには特にそれを感じる。時には、テンポを維持する為にその場を取り繕うような発言が出てきてまるで嘘という事もある。バラエティーなら笑い話で済むが、ニュースだとそうもいかない。つくづく、情報提供はテレビに向いていないと思う。

音楽は、その"テンポを保つ"事が至上のジャンルである。如何に詰まらずミス無く演奏するか。その点がどうしても注目されてしまう。生演奏だとある意味当然なのだが、創作活動とは対局にある。尤も、即興演奏の中で新しいものを生み出す創造性というものもあって、話はややこしくなるんですが。

創作とは、一歩立ち止まって「待てよ、ここをこうすれば…」という時に生まれるものなのである。走り抜けるのではない。だから休息とは創作に不可欠な要素だ。「これは休養ではない」とヒカルは強調していたが、人間活動は、アーティスト活動を主軸にものを見るならば、大きな意味での創作の一環であろう。そうやって立ち止まって一歩退いて全体を眺めてみる時間。その時の「手直しの集積」が創作であると言い換えてもいい。

「手直し」とは編集の事である。生放送や即興演奏では一度駆け抜けた時間には二度と戻らないが、編集作業は一度通った時間を幾度となくやり直す事で成立する。トライアル&エラーの連続。即ちその殆どのやり直しの時間は失敗だらけである。これが「失敗は成功の素」の意味であろう。ただの失敗には意味がない。その時間を何度もやり直す事で徐々に何かに近付いていくのである。

残念ながら人生はやり直しが効かない。我々以下の世代には「リセットボタンはない」という表現がしっくり来るかな、その意味で、何度もやり直しを重ねていくうちにその何かは得体の知れないものに膨れ上がっていく。アートとはその時間軸のメビウスの輪なのだ。それを、二度と戻らない時間の流れに戻す事を"大衆化"といい、音楽でいえばそれはPopular Musicである。ヒカルがPopsに拘るのは、その時間の性質を知っているからかもしれない。その視点でテイク5やPassionを聴き直してみると、何か新たな発見があるかも。聴き手もまた、何度もやり直す事で新しい何かに辿り着いていくのだ。

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