ウマさ特盛り!まぜまぜごはん~おいしい日本 食紀行~

ライター&編集者&散歩の案内人・上村一真(カミムラカズマ)がいざなう、食をテーマに旅をする「食紀行」を綴るブログです。

魚どころの特上ごはん49…愛媛・八幡浜 『みなもと食堂』の、魚市場で水揚げされたサバの定食

2006年11月16日 | ◆ローカル魚でとれたてごはん
 四国屈指の水揚げ・取扱量を誇る愛媛県の八幡浜漁港を訪れ、直売店が集まる「どーや市場」や、隣接する八幡浜水産物地方卸売市場をひと通り散策。瀬戸内や宇和海、太平洋の漁場で、底引き網や巻き網で水揚げされる魚を眺め、競りや仕分けで活気のある市場を見学し終えると、そろそろお昼が近い。せっかくだからここで水揚げされる地魚を扱った食堂で腹ごしらえしようと、色々と魚のことを教えてくれた三原鮮魚店のおばちゃんのところへと引き返す。市場で働く人御用達の「市場食堂」、できればどーや市場で買った魚を持ち込める食堂があればなおいい。おばちゃんに聞いたところ、持ち込みは無理だけれど、地魚を頂ける食堂なら「ここを出たところ、駐車場の脇にある『みなもと食堂』へ行ってごらん」と勧められた。

 教えられたとおりに建物を出て、広い駐車場を突っ切っていくと、ちっぽけなプレハブの建物を発見。幟が立っているから食堂らしいが、知らなければつい見過ごしてしまいそうだ。どーや市場と同様に、ここも移転までの間は仮設のプレハブで営業しているらしい。扉を開けて中に入ると、店内にはカウンター席があるのみ。店にはおばちゃん2〜3人と親父さんに対し、お客は3人ほどと、客よりも店の人が多いほどである。

 市場で働いている常連らしいお客に並んで、カウンターの一角に腰を下ろし、卓上のメニューに目を通す。定食のほかに一品料理も豊富で、迷いつつおばちゃんに「今日水揚げされた魚を使った料理を」と尋ねてみた。八幡浜漁港の水揚量の第1位はアジ類、2位は太刀魚、3位はイカ類で、ほかヤガラ、アマギ、フカ、ウチワエビなども代表的な漁獲である。そんな中、どんな魚料理がお勧めなのか期待したところ、「ここで揚がった魚の料理ねえ、サバぐらいかな」と、おばちゃんの返事。市場で色々と珍しい魚介も見た後だけに、この土地でのみ頂けるような魚を期待したので、ちょっと拍子抜けか。おすすめは締めサバとのことだが、ここは無難にサバ塩焼き定食にして、ご飯も軽めでお願いする。すぐにサバの塩焼きが出され、思ったより切り身が小さい。おかずが寂しいので、ついでだ、としめ鯖も注文することに。

 このしめ鯖が、何と大当たり。ちょっとしてから運ばれてきた皿には、しっかり厚切りにされた刺身がいっぱいのってきた。ほんのりピンク色の身の淵には、茶色の脂がびっしり付いていて、いかにも脂ののりがよさそう。一見するとサバの造りのようだが、酢で締めてある証拠に、皮の付け根がほんのり白く締まっている。「真っ白くなるまでしっかり締めたのが好きな人もいるけど、うちのサバは鮮度がいいからね」とおばちゃん。今朝とれて水揚げされたばかりのサバを塩で40分、さらに酢で2時間締めたという、この食堂自慢の一品だ。口に入れると最初は刺身風で、サクサクした歯ごたえの後、脂がじわじわトロリ。最後に酢がスパッと軽く切る感じで、実に潔い後味。普段食べ慣れたサバも、鮮度がいいと別物で、これは恐れ入った。おかげでじゃんじゃん飯が進み、軽めにして減らした分のご飯をとりかえすように、お代わりしてしまったほどである。

 考えてみればサバだって、主に宇和海で巻き網により漁獲され、八幡浜漁港の水揚げのほとんどを占めるから、確かに代表的な地魚だ。ありふれた大衆魚でも、水揚げ港で食べればこんなに味が違うものか、と、漁港に隣接する市場食堂の実力を、改めて思い知らされた気分である。食後にお茶を頂きながら、テレビを見てひと休み。ちょうど高校野球をやっており、地元代表の宇和島の高校が奮闘中で、先客のふたりも熱心に応援している。高校野球中継とは、もう夏たけなわの感じだな、と思いながら、ごちそうさま、と店を後に。再び八幡浜駅方面へと引き返して歩く頭上には、夏日の青空が広がっている。漁港と市場めぐりは涼しい早朝なのがありがたく、宇和島へ向かう列車では食休みを兼ねてひと眠りとするか。(2006年8月7日食記)

町で見つけたオモシロごはん70…赤坂 『赤坂浅田』の、初物ズワイガニつき加賀会席

2006年11月14日 | ◆町で見つけたオモシロごはん
 華麗にして豪快な加賀料理の成り立ちには、加賀前田家の巨万な富に関わりがある。俗に「加賀百万石」と称される巨大な勢力は常に江戸幕府に警戒され、藩はその注意をそらすためにあえて美術工芸や茶の湯、芸能といった文化政策に力を入れていたとされる。そんな中、加賀料理は発展したのは3代藩主前田利常の時代。京の都を大変好んだ利常の意向もあり、京料理の繊細で雅な部分と、武家文化の力強さが融合して、現在の加賀料理が形成されていったのだ。

 …と、加賀料理の由縁は「旅で出会ったローカルごはん」の本122ページから引用にて失礼。市街には現在も藩政期から続く料亭がいくつがあり、城下の武蔵ヶ辻にある「浅田屋」は、1867(慶応3)年創業の老舗中の老舗。加賀会席の食事だけで2万円ほど、泊まれば4~5万円はするという、「超」がつく高級料亭旅館だ。その東京の姉妹店で催される会に招かれるという、この上なくありがたい機会に恵まれた。慣れないネクタイにスーツ姿で、地下鉄の赤坂駅から歩いて店に着いたところ、店頭に横付けされた黒塗りのハイヤーから、パリッとした背広の男性が数名降りてきている様子。それに混じって暖簾をくぐると、和服のお姉さま方が一斉に「いらっしゃいませ」。本場金沢の加賀料理の老舗、加えて赤坂の料亭ということもあり、豪華さがよりいっそうグレードアップされた感じである。

 この日の会は「食談」と題し、石川県の味覚を存分に味わいながら、マスコミや旅行関連業者と現地の行政の方々との交流が趣旨である。伝統芸能の笛の演奏に始まり、主催者側の挨拶の後、『赤坂浅田』のご主人から、今日頂く料理に使う食材についてのお話があった。日本海でとれる様々な魚介、伝統の加賀野菜といった地場の素材に加え、店のこだわりは料理に使う「水」。霊峰・白山の伏流水を用いた、素材の味が素直に引き出された料理が身上で、「ガソリンよりも高い水なのです」とのご主人の言葉に力が入る。加えてこの日の料理の目玉は、北陸の冬の味覚の代表・ズワイガニだ。ご主人によると、昨日解禁になったばかりとのことで、まさに走りの中の走り。これも期待がかかる。

 場所柄、少々格調の高い会のようで心配したけれど、乾杯の後には座がくだけ、なごやかな雰囲気なり一安心。さっそく先付に箸をのばす。甘露煮のゴリは、かつては市街を流れる犀川や浅野川でとれた小魚で、金沢ならではの魚のひとつ。地元では甘露煮のほか佃煮、椀物のタネなど、惣菜向けの魚だ。ブリの蕪寿司はカブの輪切りにブリの切り身を挟み、糀で漬けたもので、正月や豊漁のお祝いで振舞われた家庭料理。煮こごり風の久留美えびすも「ハレ」の一品で、菓子のように甘いがなかなか酒に合う。これらはいずれもいわば庶民の加賀料理、武家よりも商人や町民の食文化といたところか。始めはとりあえずビール、ということなのか、キリンの「一番搾り」の中ビンがどんどんと運ばれてくる。これもただの一番搾りにあらず、キリン金沢工場で製造されたものをわざわざ取り寄せているのだそう。金沢工場がある場所は、手取川流域で伏流水が豊かな地域だけに、全国のキリンの工場の中でもビールの出来が特にいいという説もある。「北陸工場の一番搾りが飲めるのは、東京でここだけ」と、これまたご主人の水へのこだわりが垣間見られるようだ。

 そんな逸品? の一番搾りと合わせて、能登産のブドウを能登で醸造した地のワインも頂いていると、次に出された料理は椀物である。加賀料理の代表的な椀物のひとつ「蓮根汁」で、メギスのつみれにつる菜、さらに加賀レンコンを使った蓮根餅が入っている。蓮根餅とは、すりおろしたレンコンを団子状にまるめて蒸したもの。レンコンの汁物、と聞くと何だか泥臭い風味を想像してしまうが、そこは洗練された加賀料理の椀。特有の土の香りはあまりせず、澄んだ甘みが実にすがすがしい味わいだ。この加賀レンコンやをはじめ、料理には「加賀野菜」と呼ばれる、古くから加賀地方で栽培されている地場特産の野菜が多用されている。加賀レンコンはそもそも、前田家5代藩主だった綱紀公が美濃から持ち帰り、城の堀で栽培していたという。レンコンを城のお堀で栽培していたといえば、辛子レンコンで有名な熊本城でも同様で、そこでは病弱だった殿様の滋養強壮に出されていたというから、栄養価も非常に高いのだろう。金沢城の北寄りの小坂地区大樋町で栽培が盛んだったため、地元では「小坂レンコン」のほうが通りがいいようだ。先付にもあった加賀太キュウリも加賀野菜のひとつで、太キュウリの名にたがわず、1キロほどの大きさに成長するのだとか。

 続く向付は、ガンドブリに甘エビの造りだ。ガンドブリはブリの成魚よりやや若く小柄で、身がサクサクと締まっている上にトロリとしっかり脂ものっている。薬味には加賀野菜のひとつである、小松産の丸芋のトロロも添えてあり、山かけ風でなかなかいける。そして甘エビの甘いことといったら。ズワイガニの登場を前に、日本海の冬の味覚に脱帽、といった感じで、そろそろビールやワインから加賀の銘酒にシフトしたいところである。手取川流域はキリンの工場のほかにも、豊かで優れた伏流水のおかげで日本酒の名醸地としても名高い。鶴来・小堀酒造店の「萬歳楽」に菊姫合資会社の「菊姫」、松任・車多酒造の「天狗舞」と、この日揃った酒はいずれも日本酒好きの人なら熟知している銘柄だろう。まずは萬歳楽の冷酒からいくと、フルーティーな甘みが後を引く、香り高い酒だ。運んできた仲居さんによると、店のご主人が蔵元に出向き、発酵中の諸味をかき混ぜる「櫂入れ」を行ったそうで「浅田屋のオリジナルです」。これと対照的にキリッと辛口で料理に合う「菊姫」、水のごとくスッと進む「天狗舞」と、一気に3種の飲み比べを楽しんでしまう。

 次々に出される洗練された料理に加えて、九谷焼をはじめとする美しい器もまた醍醐味のひとつ。九谷焼の長谷川塑人や松本左一の名品ほか、輪島塗に山中塗、加賀象嵌など、加賀の伝統文化を舌で味わいつつ目でも愛でるのが、加賀会席の楽しみ方である。「仲居の加賀友禅にも注目を」とご主人の話の後、その加賀友禅の仲居さんが九谷の大皿を持って席を一巡。皿には見事な鯛がドン、とのり、いやはや絢爛豪華かつ豪快だ。料理の名は「鯛の唐蒸し」。オス鯛とメス鯛を開いて、中に卯の花を詰めて蒸したもので、名の通り大陸から伝わった料理といわれる。婚礼など祝い事の際の目玉料理でもあり、見た目の華やかさはもちろん、味のほうもなかなか。小皿に取り分けられ運ばれた切り身を頂くと、ホクホク、しっとりした身に卯の花の濃い目の味付けがよく合い、造りを肴に日本酒を立て続けに飲んだ後にはホッとする優しい味だ。

 ほど良く酒が回り、豪華な一品を味わい、座が盛り上がったところでいよいよ、解禁すぐのズワイガニの登場である。福井では「越前ガニ」、山陰では「松葉ガニ」とも呼ばれるオスのズワイガニは、日本海沿岸を代表する冬の味覚だろう。金沢ではこれまで特に地方名はなかったが、今年から石川県内で水揚げされるオスのズワイガニを「加能ガニ」(加賀・能登から1字ずつとった?)と称し、ブランド化を推進するらしい。11月6日にいっせいに解禁となり、翌年の3月20日までが漁期。今日は7日だから、頂けるカニは昨日競り落としたばかりの、まぎれもない初物。「加能ガニ」となった初日の品という訳だ。今朝一番の飛行機で東京へ生きたまま運び、店でゆでて出したというから鮮度は文句なし。皿にはゆでた足が数本に、すでにほぐしてある身が盛られていて、純白、ツルツルのほぐし身を頂いていると、自然に口数が少なくなってしまう。甘みも瑞々しさもしっかり、酒もそっちのけで足にかかろうとすると「ほぐして差し上げましょうか」と、加賀友禅の仲居さんがやってきた。

 加能カニとの対峙中に休止した酒を、ブリ大根の鉢が出たのに合わせて追加。結構酔ってきたので、この一品を肴に酒は締めくくるとしよう。ブリ大根に使っている大根も、加賀野菜のひとつである源助大根。金沢市近郊の日本海に近い打木地区で栽培されているため、これも加賀レンコンと同様に地元では産地を冠した「打木源助」のほうが通りがいい。きめが細かく煮崩れしにくいため煮物に最適で、ブリの旨味を受け止めているのに繊維がしっかりと、食べ応えがある。このダイコン、セブンイレブンのおでんダネに使われたことで一躍有名になった「ブランドダイコン」だ。続いて出てきた治部煮は、加賀料理としての知名度が一番高い一品ではないだろうか。肉に小麦粉をまぶし、旬の野菜や金沢特産の麩と一緒に煮て、「治部椀」と呼ばれる浅めの器に盛りつけてできあがり。使う肉は鴨が代表的で、前田家の分家である大聖寺藩の片野鴨池で、現在も藩政時代から受け継がれる「坂網猟」という猟法で捕った鴨が評判が高いという。鉄砲で撃つのではなく網を使って捕らえるため、鉄砲玉の鉛の味がしないそうで、期待したところ使っているのはその鴨ではなく、群馬県産の鴨です、と苦笑するご主人。野鳥独特の野趣味のくせが少ない分コクがありやわらかく、ギザギザで味のよく染みたすだれ麩、モチモチした粟麩とともに、酒の後にはうれしい味だ。夏場にはあっさりしたフランス産の鴨を空輸して使うそうで、鴨肉料理の本場の素材と伝統の加賀料理のコラボレートというのも、なかなか興味深い。

 加賀料理の数々を存分に堪能、加賀の銘酒も痛飲したところで、宴もそろそろ終わりに近づいた。締めくくりの召し上がりものは、そば。加賀料理の締めでそば、とはピンとこないかもしれないが、石川県は意外にそば処でもある。中でも県南の鳥越村は、白山麓に位置するため名水に恵まれ、朝夕の寒暖が激しいことでそばの栽培に適している。村内には50ヘクタールのそば畑が作付けされ、ここの良質のそばを浅田屋に優先して卸してもらっているという。面白いのは、ここのそばは「汐つゆ」で頂くこと。江戸や大坂では、そば粉をこねて麺のように仕立てたいわゆる「そば切り」を、カツオや昆布、醤油でつくるつゆにつけて食べていたが、そばはそもそも、農民が年貢として納める米の代わりに、飢えをしのぐために粟やひえと同様に食べていたものである。だから山村では、つゆの材料となる昆布やカツオブシが手に入る訳がなく、塩のつゆで食べていたのを再現したのがこの店のスタイルなのだ。普通のそばつゆよりもさっぱりしている分、そば本来の風味がしっかりと感じられ、いかにも田舎のそばといった感じで悪くない。

 野々市の柿に、湯涌温泉近くのリンゴを使った焼きリンゴといった水菓子、さらに地元では焼き芋の高級品であるサツマイモ・五郎島金時を使ったきんとんをデザートに頂き、石川の食を堪能する会は無事、お開きとなった。立ち上がると席の後ろに、いつの間にか手提げ袋が置かれている。おみやげらしく、石川県の観光をPRしたパンフレットが各種入っており、もうひとつ折のようなものが気になる。先付で頂いたような佃煮か、あるいは加賀の珍味である巻鰤か糠漬、高級料亭なのだからもしかして、ナマコの卵巣を干した高級珍味の干口子か… などと、酒の肴を期待して家に帰って包みを開くと、中から出てきたのは蓮根の饅頭。茶道もまた加賀文化の代表的なひとつで、金沢の市街には和菓子の名店も数多かったことを思い出す。お茶とともに頂きながら、加賀の味覚尽くしの最後を締めくくるとしようか。(2006年11月7日食記)

魚どころの特上ごはん48…愛媛・八幡浜 『どーや市場』の、八幡浜ならではの魚介

2006年11月12日 | ◆ローカル魚でとれたてごはん
 四国随一の水揚げ量・水揚げ額を誇る八幡浜漁港で、卸売市場に隣接する直売所「どーや市場」を散策。沿岸底引き網や沖合底引き網(トロール)の基地だけあり、大衆魚から高級魚まで魚種は豊富で、やや閑散としていた場内も少しずつ買い物客の姿が増えてきたようだ。店のおばちゃんや、元漁師だったという親父さんとの話もひと段落したところで、底引き網漁ならではのバラエティに富んだ魚たちを見物に、場内散策に出かけることにしよう。

 八幡浜漁港に水揚げされる魚がとれる漁場は、瀬戸内海とすぐ近くの宇和海、さらに高知沖の太平洋と幅広いが、7〜8月のこの時期は一年の中でも水揚げされる魚種が少な目。海水温が上がって温かい海水が上層部へ上がってくるため、魚は冷水を求めて底部へ潜り、漁獲が減るのだという。いろいろ話を伺った三原鮮魚店のおばちゃんに、八幡浜ならではの夏の魚を聞くと、「アマギ、イサキ、アジ」が挙がった。アマギとはあまり聞きなれない魚で、おばちゃんが店頭を指差した先に、15センチほどの丸っこい銀色の魚が並んでいる。地元でイボダイのことを指し、上品な白身の味が人気が高く、トロールの漁獲屈指の高級魚だ。ついでに料理法も尋ねたところ、「唐揚げ、三杯酢、あえもの、酢の物、塩焼き…」と、要は何でもいけるらしい。一方、八幡浜漁港の水揚量でトップクラスの漁獲を誇るアジは、マアジのほかに丸っこく身が厚いマルアジが代表的。地元では「媛っ子アジ」とネーミングして、いわゆるブランド魚として売り出し中だ。面白いことに、漁場は「元祖・ブランド魚」の関アジと全く同じ、豊予海峡。早潮にもまれ、栄養分が豊富で餌が多い海だから、味の良さには関アジに匹敵する、と定評があるのだとか。

 今日はお客が少なくて、話し相手に付き合せちゃったわね、と笑う三原鮮魚店のおばちゃんに、後でまた戻ってくるから、と礼を述べて、どーや市場のほかの店もちょっと覗いてみることに。歩き出そうとした矢先、すぐとなりの店の店頭に大鯛がドン、とあるのを見かけてさっそく足を止める。品札によると、重さは何と4〜5キロとある。刺身だと何人分ぐらいとれるのか、と店のおばちゃんに聞くと、「歩留まりが半分ほどだから、20人分ぐらいかな」早朝にはもっと大きい、7キロのもあったよ、と事もなげに話す。愛媛県は、マダイの養殖・天然物ともに水揚げは日本屈指で、近頃は養殖技術が発達して養殖物の質も向上している。夏は天然物が身がやせている一方、養殖物は脂ののりが程良く、天然物よりも味もいいこともあるという。どーや市場には鯛は養殖と天然物どっちも並んでいるよ、とおばちゃん。もっとも養殖の鯛は、この店に並んでいるものほど大きくならず、4〜5キロ以上の鯛は間違いなく天然物だそうである。ほか八幡浜漁港では、真鯛の他にチダイ、キダイ、マトウダイ、イシダイ、黒鯛といった「鯛」も水揚げされるとか。「土用のこの時期が、年間を通していちばん魚が少ない時期。お盆を過ぎて、少し涼しくなった秋頃からまた水揚げが増えるね」と、ここのおばちゃんも教えてくれた。

 さらに別の店では、細長い銀色の魚体が見事な魚が10尾ほど箱詰めされているのを発見。八幡浜漁港の水揚げ量では3本の指に入る、太刀魚だ。これも底引き網漁で通年とれる獲物だが、「こっちの太刀魚も見てごらん」と店の人に誘われて別の箱をみてびっくり。銀色がはげることなくムラなく光っていて、まさに名のとおり太刀のごとく輝いている。魚の上に置かれた紙には「釣り」との文字。底引き網をはじめ、網でとれる魚は魚同士や網で身がこすれるため、どうしても魚体に傷がついてしまう。釣りでとった魚はそれがなく、見た目が美しいだけでなく、身が押されて崩れていないから味の方も良いという訳だ。さっきの太刀魚と比べると、値段もやや高めのよう。一般的に塩焼きで食べるほか、八幡浜のは刺身やたたきで食べられるほどの鮮度が自慢、と店の人は自慢げだ。

 気が付くと建物の外れまで歩いてきていて、ドアを出ると隣接する卸売市場である。卸売市場場内は関係者以外立ち入り禁止の札があったけれど、せっかくだから邪魔にならない程度に覗いてみることにしよう。正式名は「八幡浜市水産物地方卸売市場」。扱われる魚種はおよそ200種と、四国一の取扱量、取引量を誇り、西日本でも有数の取引規模を誇る卸売市場だ。どーや市場との境の通路から遠巻きに場内を眺めると、まだ荷さばきの最中の様子。荷さばき場のところどころに人だかりが見られ、競りも行われている模様だ。箱を前にして鮮魚の山を選別する人、手かぎを片手に行き来する仲買人、スチロール箱を抱えてかたづけるおばちゃんなど、広い場内の隅々まで活気がある。ぼんやり歩いていると、すごい勢いで走ってくるフォークリフトや軽トラックにびっくりすることも。軽トラックには店名が書かれていて、地元の魚屋や名物である蒲鉾店の文字も見える。

 この卸売市場、愛媛近海で水揚げされる魚の集積地だけに、遠方の大都市の需要もまかなっている。この後午後から夜にかけて、トラック便が次々に出発。東京や大阪など大都市の中央卸売市場の、翌朝の取引に間に合わせる仕組みなのだ。さらにこの市場、休場は日曜日ではなく土曜日。日曜日に水揚げや出荷をすることによって、大都市の月曜の取引に対応するという、生産者市場ならではの体制をとっている。三原鮮魚のおばちゃんが言っていた、「昨日の日曜は客が多かった」との話にも納得である。

 卸売市場の外れまで歩くと、活けのハモがいっぱい入った鮮魚の水槽がならび、その向こうは水揚げ岸壁である。人気がないのをいいことに、海を眺めていこうと、ちょっと中まで入らせてもらう。接岸、水揚げをする巻き網や底引き網の漁船がひっきりなしにやってくる未明は、それこそ戦場のような忙しさらしいが、10時を過ぎた今は接岸する漁船の姿もなく、凪の海がのどかに広がっている。こちらも早朝からの市場をひと段落して、腰を下ろしてひと休み。対岸にはミカン畑の斜面、その手前を1隻の漁船がのんびりと横切っていった。(2006年8月7日食記)

魚どころの特上ごはん47…愛媛・八幡浜 『どーや市場』の、瀬戸内・宇和海・太平洋の魚介

2006年11月10日 | ◆ローカル魚でとれたてごはん
 早朝に松山を出発した特急列車は、内子や大洲など「伊予の小京都」と称される町を経由しながら、山間から田園へとひた走る。小さな峠を越えると風景がやや開け、列車は八幡浜駅へとすべり込んだ。四国屈指の水産都市の玄関口にしてはずいぶん小ぢんまりした駅で、駅前広場に出たら町の中心部へ向かうバスがちょうど出発するところだ。あわてて乗り込み、運転手に八幡浜漁港へはどこで降りると近いか聞くと、「商店街の外れのバス停で降りても、まだ歩いて結構あるよ」。教えてもらったバス停で下車するといかにも町外れ、といった雰囲気で、漁港の町らしさはあまり感じられない。さらに海の方へ向かって歩くこと10分ほど、沿道に鮮魚店や蒲鉾の店などが目立ち始め、突き当たったところに九州へ向かうフェリー乗り場、そして広々した港の周囲に市場や直売所の建物が点在しているのが見えてきた。港はみかん畑の山に面しているところが、いかにも愛媛の漁港、といった感じである。

 愛媛県の佐多岬半島の付け根に位置する八幡浜漁港は、四国一の取扱量と水揚げ額を誇る漁港だ。近海で操業する小型底引き網漁と、遠方へ出漁する沖合底引き網漁(トロール)、アジやサバを狙った巻き網漁の漁船の拠点で、瀬戸内海に宇和海、さらに太平洋に到るまで、対象となる漁場は広範囲にわたる。フェリー乗り場から右へ入っていくと突き当たりに卸売市場があり、覗いてみるとちょうど競りや仕分けの真っ最中。ぶらぶら覗いてみたいところだが「関係者以外立ち入り禁止」の看板があり、隣接する直売所の『どーや市場』へと足を向けてみた。体育館のような建物の中に、真ん中の通路を挟んで左右に仲卸組合の魚屋が20軒ほど並び、朝6時の競りと同時に仕入れられた、イキのいい魚介が揃っている。浜値で売るため市価よりも割安で、底引き網の水揚げが中心の漁港だけに大衆魚が中心で魚種は豊富と、何か珍しい地魚に出会えそうで楽しみである。

 建物は天井が高く通りが広いため、どこかがらんとした感じがする。コンクリのたたきにスチロール箱を並べただけと、店舗の造りもまた簡素。観光客や買い物客向けの市場というよりは、業者向けといったたたずまいである。売り方も同様に、基本的にスチロール箱単位の箱売りで、品札には魚の名前はかかれておらず、重さと値段を書いた札だけが置いてあるのみ。小魚がたっぷり入った箱、カツオぐらいの中型魚が整然と並ぶ箱、大きな魚がドンと1匹入った箱など、中身は種々様々。いくつかの店の店頭を眺めて歩くと、巻き網漁の漁獲であるアジ、サバをはじめエビ、アナゴ、カサゴ、太刀魚、中には真っ赤なヒレが大きなホウボウ、がま口のような口をしたマトウダイ、異星の生物のような巨大なシャコエビにクルマエビ、高級魚のイサキやカンパチまで、店によって扱っている魚種も異なるようである。

 市場の中程にある「三原鮮魚店」の店頭には、色々なエビやアナゴ、ウマヅラなどに並び、様々な小魚がごちゃまぜに入った箱が面白く、思わず立ち止まる。おばちゃんに箱の中身を聞くと、「タテジマで細長いのがトラハゼ、エラが赤いのがチダイ、銀色で口が長いのがカマスでクロカマスとシロカマスがありシロがうまい、おでこが広いのが甘鯛、ほかアナゴや小さいスルメイカも入ってお得よ」。これで1000円ちょっとだから、まるでお魚の福袋、といった感じだ。「昨日は日曜だから、結構お客が入っていたけどね」と話すおばちゃんは、客が少なく手持ちぶさたといった感じで、話し相手が見つかったとばかり、魚や市場についていろいろと話してくれる。ちょっと殺風景な感じのこの建物は仮設で、数年後に新しい建物に移転する予定、と教えてくれた。

 八幡浜漁港の水揚量ベスト3はアジ類、太刀魚、イカ類。中でもアジ・サバ・イワシ・太刀魚は通年とれる、八幡浜漁港の主要な漁獲だ。また次いで水揚量の多いエソ類は新鮮なため弾力があり、これを素材にしたかまぼこが地元の特産となっている。主な漁法である小型底引き網は中〜小型の漁船を使い、豊予海峡や宇和海で操業している。漁場が近いため夕方の16時頃に出航、夜中から朝にかけて帰港して水揚げ、セリにかけるから、魚の鮮度がいいのが自慢。漁期は通年だが、8月に半月ほどの休漁を設けている。一方もうひとつの主要な漁法であるトロールは、大型船を1ヶ統2隻の組で、高知沖や鹿児島、宮崎、大分沖など遠方で操業する。1航海で3〜4日かかる、かなり大掛かりなものだ。漁期は9月〜4月で、こちらも夏の時期は休漁。「暑い時期は、魚も水温が低い底のほうへ潜ってしまい、あまりとれないからね。人間も魚に合わせて夏休み」とおばちゃんは笑っている。

 話が盛り上がると、トロールならこの人がやってたから詳しいよ、と、おばちゃんは向かいの店の親父さんをひっぱってきてしまった。恐縮しながら話を伺うと、元現役だけに色々と深い話が出てきた。トロールはかつて6ヶ統が操業していて、文字通り八幡浜の漁業の主力だった。ところが現在、操業している漁船は1ヶ統のみ。小型底引き網船と違って沖泊まりで漁をするため、魚の鮮度がどうしても落ちてしまうことに加え、馬力がある船で底引きするため、岩など産卵場や稚魚のすみかも根こそぎ掘り起こしてしまうなど、漁法そのものに問題があるのだとか。小型底引き網漁も同様に、最近は資源が減ってしまった影響で稚魚までとってしまい、「魚が太る間がないから、どんどん魚が小さくなってくる」とおばちゃんが話す。巻き網漁もアジやサバは量はたくさんとれるものの、魚価が安いため値段は箱でいくら、といった感じ。今年はハモが大漁だが、おかげで魚価が落ちてしまったそうで、「例えば伊勢エビとか、魚価が高いものが継続的にとれると助かるのだけれど」と、魚価は漁家の生活に関わる問題だけに、なかなか深刻である。

 漁業の諸問題となると、ともすれば暗い話題になってしまいがちなので、このあたりで話題を変更。市場の店を巡り歩き、底引き網や巻き網で水揚げされる面白い地魚を探して歩くことにしよう。という訳で、八幡浜の地魚編は、次回にて。(2006年8月8日食記)

魚どころの特上ごはん46…岡山・日生 『海味』の、五味の市の魚を使った刺身定食

2006年11月07日 | ◆ローカル魚でとれたてごはん
 瀬戸内に面した、岡山・日生漁港の「五味の市」を訪れたのが朝の9時前。場内の店を巡りながら、底引き網漁でとれた漁獲をあれこれと眺めているうちに、そろそろお昼に近づいてきた。この後列車で瀬戸大橋を渡って四国へ、夜は松山に泊まる予定だから、買い物をして、地魚料理で昼ご飯を頂いて、と少々あわただしくなってきた。

 地元ならではの珍しい魚介に加え、シャコやアナゴ、ハモといった瀬戸内ならではの魚も見かけたので、お土産は鮮魚にしようか、と思ってしまう。しかし瀬戸内から松山、高知と続く漁港巡りはまだ始まったばかりで、自宅に帰るのは少々先になりそう。ここではとりあえず、酒の肴に加工品を求めることにして、いくつかの店を覗いてみることにした。ひとくちにみりん干しといっても、店によって使っている魚の種類、値段が幾分違うようで、アナゴのみりん干しをはじめアジ、ママカリ、さらにもっと小さな小魚のみりん干しの詰め合わせパックも。場内で売っているみりん干しは、市場の建物の裏手にある網棚で天日干ししされたもので、日生の主要漁獲であるアジやアナゴをはじめ魚種は様々。地元水揚げの素材に加えて、値段も手ごろなのがおみやげ向きか。

 いろいろな種類がある中、せっかくだから日生ご自慢のアナゴのみりん干しにしよう、と探していると、「小林商店」という店の店頭にアナゴのみりん干しの袋がずらり並ぶのを見つけた。「うちは2日間かけて、何度も返しながら日にあてているの。機械乾燥じゃなく天日干しだから、旨味がしっかりでているよ」との、お勧めの言葉に力が入る。さらにまとめ買いすると安くしてくれる、との言葉にもひかれ、ここで購入することに決定。たっぷり入ったのが1000円で3袋と、かなりの大サービスである。

 ついでにおばちゃんに、日生漁港で水揚げされた魚が食べられる店を教えてもらうと、勧められたのは駅からここまで来る途中に前を通った店の1軒だ。まだ朝で涼しかった行きと違い、すっかり日が昇り照りつける日差しが厳しい中、汗だくになって来た道を引き返すこと10分ほど。日生駅前港まで戻ったところに大きな旅館が建っていて、隣接した建物に『お食事処 海味』と書かれた木の看板があるのを見つけた。旅館「海幸」の経営者が、自宅を改装して始めた海鮮料理屋で、おばちゃんによると「五味の市で買った魚を使っている」という。

 まだ開店よりやや早かったようで、暖簾をくぐると店内のテーブルで店員や料理人達がお茶を飲んでいた様子。家族経営の店らしく、団欒のお邪魔をしてしまったようで恐縮だが、窓から海の見える座敷へと通されて、暑さから逃れてホッとする。まずはビールと肴にとりあえずシャコの酢の物、そして品書きを開いて料理を検討する。使っている食材はもちろん、日生港でその日の朝に水揚げされた魚介が中心で、刺身定食ほかその日仕入れた魚次第でおかずが決まる「気まぐれ定食」なんてのも面白そうだ。ハモやシャコの天ぷら、アナゴ丼もあるが、この暑さでは揚げ物はちときついか。

 焼きアナゴは朝食代わりに頂いたので、ここはさっぱりと刺身定食にすることにした。先に出されたビールとシャコで、五味の市散策のお疲れさま、とひと息。シャコは味が豊かな子持ちの春頃よりはさっぱりしているが、酢できりっと締まっていて身もほんのりと甘く、この暑さではかえって淡泊さがうれしい。小鉢に結構な量盛ってあるけれど、ビールをあおってはシャコをつまんで、と交互にどんどん箸が進んでいく。

 ビールとシャコのおかげで適度? に水分補給が進んだ頃に、刺身定食の盆が運ばれてきた。刺身は3点盛りで、水揚げ港がすぐ近いだけあってどれもイキがいいこと。季節柄と天然物のため脂ののりは程々で、イカはコリコリ、カンパチはサクサク、鯛はシコシコと、食感がそれぞれ独特。歯ごたえを楽しむ造りといった感じだ。

 ワタリガニの味噌汁でご飯を平らげて、お腹の方もようやく落ち着いた。窓の外には日生湾と、その向こうに大きく浮かぶ鹿久居島が、まるで手の届くような近くに見える。市場を歩いて底引き網でとれた魚を見物して、アナゴにシャコを味わって、と、窓から見える漁場の豊かな漁獲をすっかり満喫した気分。残ったビールをぐいっとやると、日生港を後に島へ渡っていく小さなフェリーが、湾内を横切っていくのが見えた。(2006年8月7日食記)