盛岡のわんこそばは、たくさん食べる行為が名物というイメージが強い。最高で何杯食べた人がいるとか、大食いコンテストの課題とか、量にまつわる話題が注目され、味の良さを評価されることが意外に少ない。しかし、わんこそば発祥の地である南部地方には「そば振舞い」という言葉があるように、わんこそばは本来もてなし料理である。そばは地場産の南部そばを挽いた粉を使った手打ち、具にはキノコや山菜、刺身など、周辺の山海の幸を多種多様に揃えており、よく見ればかなり豪華で魅力的な郷土料理なのだ。
一度は本場の盛岡でわんこそばを味わってみたい、と思っていたが、大食い競争をするのはかなわない。盛岡に泊まった晩に、なるべく落ち着いて食べられるわんこそばの店がないか宿の人に聞いてみると、中町にある『直利庵』というそば屋がいい、座敷で頂けるし、仲居さんがついて世話をしてくれるとのことだった。明治17年創業という、歴史が感じられる店構えで、玄関はわんこそばの客用の入口と一般のそばの客用の入口が、それぞれ別にしてある。わんこそばの客用の入口をくぐって座敷に案内されると、さっそく仲居さんが2人ほどついた。ちょっとプレッシャーを感じてしまう。
この店のわんこそばは、薬味と具の内容によって値段が違う仕組みになっている。「並」を頼むと、そばよりも先にマグロの刺身にイクラ、もみじおろし、なめこ、山菜、のり、くきわかめなどが並んだ皿が運ばれてきた。具と薬味の種類が豊富なのは、そばをたくさん食べられるように味覚を色々と変えるためです、と仲居さんから説明が入る。小さな椀にひと口分ほど入ったそばが運ばれてきたら、さあ始まりだ。この地方では、古くから食器に木の椀を使っていて、そばもこの「椀」で食べたことが、わんこそばの名の由来という。そば振舞いの際に、客の椀にそばをどんどん継ぎ足していったのが、椀が空になったらすぐにお代わりを継ぐ、今のスタイルのルーツといえる。
県北産の浄法寺塗の椀を手に、まずはつるりと1杯すすると、すぐに「ハイッ」とおかわりが、手元の椀にするり。わんこそばは冷たいそばだと思っていたが、意外にも温かいそばで、お腹に優しく食べやすい。おかわりの合間に刺身や山菜をつまんで一息つくが、その間にも背後に、そばの椀を手にした仲居さんが控えている。こうした薬味や具のうまさももちろん、そばも秋田との県境に近い安代町で栽培した「南部そば」を挽いたそば粉を使用した地場産のそばだ。朝夕の気温差が激しい山間で栽培したそばだから、味の方も風味がよく香りが強く、のど越しがなめらか。だから、どんどん食べるのに向いているようだ。つゆも、そばを食べ飽きないように薄口で、つゆを飲まないのがそばをたくさん食べるコツ。椀にたまったつゆは専用の容器に空けてください、と仲居さんに教わり、要領をつかむと次第にペースが上がってきた。
いつの間にか20杯、30杯と、つい調子に乗り、「ハイッ、次」「ハイッ、まだまだ」と、仲居もリズムに合わせて、おかわりをよそうスピードを早くし始める。隣で食べていた家族連れも、自分が食べている杯数を数え始め、こうなるとそばをゆっくり味わう余裕はなくやめるにやめられない。結局90数杯食べたところでギブアップ、もう1杯どころかそば1本も入らない。椀に蓋をして「ごちそうさま」の合図を出したら、100杯を目指せ、と応援してくれていた「観衆」から、「エーッ」と声が上がる。ちなみに普通のかけそば1人前は、わんこそばの8杯程度に相当するそうで、最高記録は212杯食べた男性とのこと。宿の人が言っていたとおり、座敷で食べられたし仲居さんもついたが、やっぱり大食い競争に挑戦する羽目になってしまった。ともあれこれこそがわんこそばの魅力、といったところか。(12月食記)
一度は本場の盛岡でわんこそばを味わってみたい、と思っていたが、大食い競争をするのはかなわない。盛岡に泊まった晩に、なるべく落ち着いて食べられるわんこそばの店がないか宿の人に聞いてみると、中町にある『直利庵』というそば屋がいい、座敷で頂けるし、仲居さんがついて世話をしてくれるとのことだった。明治17年創業という、歴史が感じられる店構えで、玄関はわんこそばの客用の入口と一般のそばの客用の入口が、それぞれ別にしてある。わんこそばの客用の入口をくぐって座敷に案内されると、さっそく仲居さんが2人ほどついた。ちょっとプレッシャーを感じてしまう。
この店のわんこそばは、薬味と具の内容によって値段が違う仕組みになっている。「並」を頼むと、そばよりも先にマグロの刺身にイクラ、もみじおろし、なめこ、山菜、のり、くきわかめなどが並んだ皿が運ばれてきた。具と薬味の種類が豊富なのは、そばをたくさん食べられるように味覚を色々と変えるためです、と仲居さんから説明が入る。小さな椀にひと口分ほど入ったそばが運ばれてきたら、さあ始まりだ。この地方では、古くから食器に木の椀を使っていて、そばもこの「椀」で食べたことが、わんこそばの名の由来という。そば振舞いの際に、客の椀にそばをどんどん継ぎ足していったのが、椀が空になったらすぐにお代わりを継ぐ、今のスタイルのルーツといえる。
県北産の浄法寺塗の椀を手に、まずはつるりと1杯すすると、すぐに「ハイッ」とおかわりが、手元の椀にするり。わんこそばは冷たいそばだと思っていたが、意外にも温かいそばで、お腹に優しく食べやすい。おかわりの合間に刺身や山菜をつまんで一息つくが、その間にも背後に、そばの椀を手にした仲居さんが控えている。こうした薬味や具のうまさももちろん、そばも秋田との県境に近い安代町で栽培した「南部そば」を挽いたそば粉を使用した地場産のそばだ。朝夕の気温差が激しい山間で栽培したそばだから、味の方も風味がよく香りが強く、のど越しがなめらか。だから、どんどん食べるのに向いているようだ。つゆも、そばを食べ飽きないように薄口で、つゆを飲まないのがそばをたくさん食べるコツ。椀にたまったつゆは専用の容器に空けてください、と仲居さんに教わり、要領をつかむと次第にペースが上がってきた。
いつの間にか20杯、30杯と、つい調子に乗り、「ハイッ、次」「ハイッ、まだまだ」と、仲居もリズムに合わせて、おかわりをよそうスピードを早くし始める。隣で食べていた家族連れも、自分が食べている杯数を数え始め、こうなるとそばをゆっくり味わう余裕はなくやめるにやめられない。結局90数杯食べたところでギブアップ、もう1杯どころかそば1本も入らない。椀に蓋をして「ごちそうさま」の合図を出したら、100杯を目指せ、と応援してくれていた「観衆」から、「エーッ」と声が上がる。ちなみに普通のかけそば1人前は、わんこそばの8杯程度に相当するそうで、最高記録は212杯食べた男性とのこと。宿の人が言っていたとおり、座敷で食べられたし仲居さんもついたが、やっぱり大食い競争に挑戦する羽目になってしまった。ともあれこれこそがわんこそばの魅力、といったところか。(12月食記)