ウマさ特盛り!まぜまぜごはん~おいしい日本 食紀行~

ライター&編集者&散歩の案内人・上村一真(カミムラカズマ)がいざなう、食をテーマに旅をする「食紀行」を綴るブログです。

魚どころの特上ごはん45…岡山・日生 『五味の市』の、瀬戸内ならではの魚介

2006年11月06日 | ◆ローカル魚でとれたてごはん
 瀬戸内屈指の底引き網漁が盛んな地だけあり、岡山県の日生漁港に隣接する『五味の市』の店頭には、まさによりどりみどりの魚介が並んでいる。シャコやカレイ、エビ類、タコなどをはじめとする「底魚」が中心のため、小魚や雑魚が多い中、シャコやアナゴ、タコにハモといった、瀬戸内で水揚げされるおなじみの魚介も見逃せない。地元ならではの珍しい魚介を勉強した後は、日生漁港の誇る「3大ブランド魚」を見て歩くことにしよう。

 まずはシャコだが、腹子をもった子持ちシャコは春先が旬、身が大きくなって甘味が増すのは秋のため、真夏のこの時期は少々時季はずれである。といっても人気の品であることは変わりなく、場内には時折「シャコ入りますよ〜」との声が響きながら台車が走っていく。シャコは日生近海の水深10〜20メートルほどの浅瀬に棲息しており、これまた底引き網の獲物。日生では「町の魚」にも指定されているほど、主要な漁獲なのである。店では水槽や樽にいっぱい入って売られており、お客が注文するとザルでがばっとすくって「これで2000円」とスーパーの袋へザッ。氷をザッと加えてさらにおまけのひとつかみと、なかなか気前がいい。少々独特ないかつい見かけに対し、味はあっさりと淡泊で、沸騰した湯に塩を加え、シャコをそのまま入れて1分ほど軽くゆでるだけ、と調理法が簡単なのもうれしい。地元ではワサビ醤油のほか、酢味噌や酢の物にして食べるそうで、「ビールのつまみにおすすめ」と店のおばちゃん。さっきのエビといい、この市場には塩ゆでするとビールに合うものがやたら多いようだ。

 そしてさっき炭火焼きで頂いたアナゴももちろん、市場でも売っている。大きな樽の中にたっぷり入っていたり、樽から出して丸のまま店頭に並べられているほか、おろして開いてあるのも。日生周辺の海域は砂泥底の内湾で潮の流れが速く、アナゴの生息に適している。そのためアナゴも日生の底引き網漁の主要な漁獲で、全漁獲量に占める割合も多いという。開いたアナゴをきれいに並べて売っている店によると、アナゴが多く水揚げされるのは冬とのこと。さっき焼きアナゴの屋台の兄さんは「アナゴは夏が旬」と言っていたが、と伝えると「…まあ、お盆近くはどんな魚もおいしいというしね」と笑っている。

 その向かいの店に人だかりがしているのを見かけ、行ってみると店頭でおばちゃんが魚を豪快にさばいている様子。まな板の上には、60〜70センチほどはありそうな大きなハモが、すでに開きにされている。ハモは俗に「梅雨の水を飲んで味がよくなる」と言われ、7〜9月の今頃がまさに旬のまっただ中。それだけに漁獲も豊富で、傍らの水槽には立派なのが何尾も悠々と泳いでいるのが見える。おばちゃんはさっきのハモをさばき終えたようで、続いて水槽からさらに一匹つかんで取り出しだ。ハモは獰猛で、鋭い歯でかみつかれて怪我でもしたら、との心配をよそに、首根っこを捕まえてまな板に頭を串打ち、すぐに頭の付け根と尾に包丁を入れて締めて、と実に手際がいい。「これぐらいだとまだ噛むよ」と話すように、絶命寸前と思われたハモの口はまだ動いており、すごい生命力だ。引き続きワタをとってするりと腹開きにしながら、「ハモは腹開きにするんだよ。ウナギも関西は腹開きだけどね」と、ギャラリーに向かっておばちゃんの説明が入る。見事に捌き終わったと思ったら、無造作にスーパーのビニール袋に入れて、氷をざっと入れてお客さんへ手渡される。1本5000円の高級魚も、袋詰めが他の雑魚同様大ざっぱなのが面白い。

 ほかにも日生で水揚げされる魚の中で今いちばんうまい、と言われる「土用スズキ」、柔らかい中、歯ごたえがある身が特徴の手長ダコなど、店のおばちゃんの説明を聞きながら店を巡っていると、いろいろな魚介を勧められて面白い。おかげですっかり底引き網の漁獲に詳しくなったところで、時計を見るとそろそろお昼が近い。勉強の成果? を試すべく、おみやげを探したり、地魚料理でお昼を頂いたり、と、市場散策の締めくくりにかかるとしよう。(2006年8月6日食記)

魚どころの特上ごはん44…岡山・日生 『五味の市』の、底引き網でとれた瀬戸内の小魚

2006年11月05日 | ◆ローカル魚でとれたてごはん
 兵庫県と岡山県の県境に位置する漁港の町・日生へ、漁港の朝市『五味の市』を見物にやってきたはいいが、到着するのが早すぎて市場は水揚げされた魚介の入荷の真っ最中。朝飯替わりに名物の焼きアナゴを食べたり、市場の裏手にある漁港で水揚げ風景や干物作りの様子を見物して時間を潰してから、仕切直し、とばかり、再び市場の中へと入っていく。すると来たばかりの時のがらんとした様子からは一変、どの店にもピチピチの魚介が所狭しと並び、店頭を品定めして歩くお客の姿も増えてきた。ようやく港の朝市らしい、活気がある風景になってきたようだ。

 仕入れの最中に覗いたいくつかの店へ足を運んでみると、さっきは魚を並べるのに忙しく話しかけても相手にしてもらえなかったのが、「仕入れモード」からすっかり「商売モード」に。集まってきた客にバリバリ売りながら、魚の紹介をしたり、調理の方法を教えてくれたり、となかなか愛想がいい。そして店頭の魚介のイキのいいことといったら。市場のすぐ裏手に接岸した漁船から直接運び込んで並べただけあり、タコはくねりとはい出し、アナゴはピチピチはね回り、ワタリガニはパタパタとハサミを振っている。ほとんどの魚介が皿単位や箱単位で売られていて、値段は確かに激安。自分には名前も分からないような魚介が結構あるが、お客は地元の客や常連客が中心らしく、当たり前の様子でどんどん買っていく。中には「これを刺身で食べたい!」と手づかみでタコをぶらさげてねだる子供や、エラをちょっと開けてみて鮮度を見る人も。おばちゃんはオーダーされた魚を、箱や皿からスーパーのビニールにざざっと入れ、氷を追加して「はいよ」とサッ。接客しながらも、アナゴの頭に串打ちをして手際よくさばいたり、カニの急所を千枚通しのようなものでひと突きしてガクンと締めたりと、ひと時も止まることなく動いている。

 日生の漁業は頭島や大多府島周辺〜小豆島あたりを主な漁場とする、いわゆる沿岸漁業である。漁獲のほとんどは小魚で、季節ごとの主な漁獲を挙げると春はサワラ、サヨリ、イシモチ、カレイ、子持ちシャコ。夏はアナゴ、スズキ、ハモ。秋はメバル、イイダコ、カレイ。冬はカワハギ、フグ、カキといったところ。中でも盛んなのは、5トン弱の小〜中型の漁船による底引き網漁で、シャコやカレイ、エビ類、タコなどをはじめとする「底魚」が主要な漁獲だ。五味の市で扱われるのも、これら底引き網の漁獲がほとんどを占めている。店は船ごとに出しているため、その日の漁場やとれた魚によって、店ごとに売るものにばらつきがあるのが面白い。場内を歩いていると、アジが大漁のため安く売っている店の隣には、アジが全然ない代わりに開いたアナゴがずらりと並んでいる、なんてことも。「今は水揚げしてすぐだから、どの店も魚は跳ね回るほどイキがいいし、種類も多い。でもこのごろは暑いから、お昼を過ぎると魚がへたっちゃうよ」と、アナゴを並べた店のおばちゃんが笑っている。

 おばちゃんのご忠告? に従って、魚がへたらないうちにあちこち覗いて回ることに。どこも店頭に魚を皿に盛って並べており、魚種の豊富なことに改めて驚いてしまう。キスやコチ、イシモチ、ハゼ、カワハギあたりまでは分かるけれど、これはカナガシラだっけ、「モチゲタ」とあるのは舌ビラメか、カレイの小さいのはどっかで聞いたような… など、まるで魚の名前当てクイズに参加しているよう。イカやエビ、カニも、何だか見たことない形をしたのがずいぶんある。値段はおおむね皿単位で500円ほどで、同じものばかりたっぷり盛ったのもあれば、いろいろな種類をごちゃまぜにしていたりと様々。中〜大型の魚はスチロール箱につめ合わせて1000〜2000円と、こちらも安い。とはいえ多くが、調理法は聞かないとわからない魚ばかりである。

 そしてほとんどの店で共通して並んでいるのが、数種類のエビと5〜10センチほどの小魚だ。中でもエビ類はこの時期の底引き網漁の主要な漁獲で、もっともとれるガラエビ(赤クルマエビ)をはじめ、牛エビ、ヨシエビ、サルエビ、シラサエビなど、色や形や大きさが様々なエビが水揚げされるという。店のおばちゃんに聞いてみると、この季節はロクエビ、赤ジャコエビがよくとれるとのこと。さっき挙げられたのも含め、名前を聞いただけではどんなエビかよく分からないな、と思っていると「これだよ」。店頭に並ぶ2種のエビのうち、小さい方が赤ジャコエビで、こちらはひと皿500円。そして大きいほうがロクエビで、「塩ゆでにしてビールの肴にぴったり」とおばちゃんイチオシの品とのこと。干したらエビせんべいにもなるそうで、さっき市場の裏手の広場で天日干しにしているのを思い出す。

 一方、5〜10センチほど小魚の方は、中型で黒い斑点のある魚と、5センチほどの小さく半透明で縦縞の魚があちこちの店で目立つ。こちらもおばちゃんに聞いたところ、斑点の方がコノシロ、タテジマの方がイシモチとのこと。コノシロは寿司ダネにするコハダの成魚で、言われてみれば確かにひと回り大きいコハダらしく、その分斑点も大き目か。関東ではあまり馴染みがないが、関西や瀬戸内地方では酢の物のほか、大型のものは塩焼きにして食べるという。一説によると魚体が大きい分身がたくさんとれるため、回転寿司のコハダに使われているとも。「ちょっと小骨が多いのと、独特の香りに好みが分かれるけどね」とおばちゃん、主に春から秋にかけてとれるそうで、この地方では庶民派地魚といった感じだ。

 そしてイシモチ。この魚は以前、東京湾で釣ったことがあるので知っているが、思ったのとずいぶん姿が違う。記憶にあるイシモチは銀色でやや細長い魚体だが、これはやや赤身がかった魚体にうっすらと縦縞が入っている。それもそのはず、この地方では「テンジクダイ」のことをこう呼んでおり、関東で言うグチやニベとは全く別の魚なのだ。「鯛よりおいしかったから、腹いせに石をぶつけられ、それで石を持っている」という昔話があるとかで、頭部に石のような固いものがあるためイシモチ、またはイシモチジャコと呼ばれるという。梅雨明けの頃から夏にかけてが産卵前で味がよく、昔話の通り鯛のような味がするほどうまいよ、とおばちゃん。これまたロクエビとともに、この時期イチオシの品だという。

 はじめはよく分からない魚がいっぱいだったのが、ぐるりと一周しておばちゃんたちの説明を聞いているうちに、かなり底引き網の魚通になってきた。さらに場内を歩いていると、瀬戸内でおなじみの地魚もいくつか気になる。という訳で、シャコにアナゴにハモといった有名どころは、次回にて。(2006年8月6日食記)

魚どころの特上ごはん43…岡山・日生 『海の駅しおじ』の、丸々1本のアナゴ炭火焼き

2006年11月03日 | ◆ローカル魚でとれたてごはん
 姫路から乗った列車は、相生駅を過ぎると赤穂線というローカル線へと入っていった。山陽本線よりも海に近いところを走るため、車窓からの景色を期待したところ、沿線は田んぼや畑、湿地が続き、海はまるで見えない。途中の小さな駅に着いて扉が開くたびに、降りかかってくる猛烈なセミの声。まだ7時過ぎなのに、お盆前のこの日も相当暑くなりそうだ。短いトンネルをいくつも抜けるとようやく、車窓の左に小さな入り江が現れた。すぐに港に面した日生駅に到着、駅前に出ると道路を挟んだすぐ向かいに、小豆島行きのフェリーや目の前に浮かぶ島々へ向かう小さな渡船が発着しているのが見える。

 日生、と書いて「ひなせ」と読むこの町は、岡山県と兵庫県の県境近くに位置する港町だ。入り組んだふたつの入り江に加え、すぐ沖合には鹿久居島、大多府島、頭島など日生諸島の13もの島々が浮かぶなど、沿岸から沖合にかけて変化に富んだ地形が形成。そのおかげで天然の良港と優良な漁場に恵まれ、江戸時代から瀬戸内の漁業の拠点として栄えた。現在も、日生諸島から小豆島にかけての海域を漁場とする沿岸漁業が盛んで、小型底引き網漁でとれた様々な魚介が水揚げされることで知られている。瀬戸内の魚介といえば兵庫沿岸ではハモ、岡山だとママカリにサワラやシャコ、広島方面だとタコにアナゴや小イワシあたりが有名だが、そこは内海に面した小さな漁港の底引き網漁。港を歩いていればこうした「有名どころ」の魚介だけでなく、地元の人のみぞ知る面白い雑魚に出会えるかも知れない。

 駅に隣接するサンバース観光情報センターへ荷を預けて、漁港で行われる朝市『五味の市』への道を教えてもらいいざ出発。日生駅前港を左に見ながらのんびりと歩いていくと、沿道には地魚料理の店も多く見られ、店頭の品書きによると地魚を使った定食1000円ぐらいからとある。今日の昼ご飯はなかなか期待できそうだな、と思いつつ歩くこと15分。県漁連の水産加工所やカキ処理場など、漁港が近いことを感じさせる施設が現れたところで、正面に木造風の大きな体育館のような施設が目に入ってきた。「五味の市」と書かれた幟がいくつも、入り口付近に掲げられているのも見える。すでにちらほらとお客の姿もあるようで、早足で建物の中へ駆け込む… と、いくつか並ぶ店の店頭には空っぽの皿や、氷だけを敷いた品台が並ぶのみ。場内はがらんとしていて、何だか活気がない。

 五味の市は日生漁港の一角で行われる漁協直営の市場で、底引き網漁で水揚げされた新鮮な魚が市価より割安と聞いてやってきた。時計を見ると9時過ぎだから、来るのが遅かったのか、と思われるかも知れないが実は逆。日生の底引き網漁は深夜2~3時ごろに出航して、帰港するのは朝の9~10時ぐらいと、今日の品物が並ぶのはまだこれからという訳だ。船はこの後、市場のすぐ裏手に次々と着岸、すぐに漁船から水揚げした魚介をそのまま運び込んで店頭に並べるため、確かに鮮度はこれ以上のものはないだろう。開店前で手持ちぶさたにしていたおばちゃんに話しかけると、「魚が入ってくるのはこれからだよ」と笑っている。ほかの店でも雑談していたり、中にはお茶を飲んだり弁当を食べているおばちゃんの姿も。

 何だかのどかな雰囲気の朝市だな、などと思っていたところ、しばらくすると大きな樽を載せた台車を押しながら、親父さんがどかどかと入り込み始めた。おばちゃんたちもさっきまでののんびりモードから一転、それ仕事、とばかり運び込まれた樽の魚の仕分けにかかり始めた。五味の市で店を出しているのは漁師の女将さんで、台車を運んでくるのは漁をやっているご主人。手際よくトレイやスチロール箱に分けている様子はさすが、夫婦のチームワーク抜群といった感じか。次々に目の前を通過していく樽をのぞくと、中にはタコ、シャコ、アジ、その他何だか分からない小魚がごちゃごちゃと入っているのが見える。見知らぬ魚が多いので、並べている横から聞いてみると、「○○」とひと言早口で返しつつ、大ダコをつかんではスチロール箱へベチャ、と仕分けの手を休めない。仕入れのピークで、今はそんなのに答えているヒマはない、といった感じである。

 そんな中をのんびりぶらぶらしているとお邪魔らしく、魚が並ぶまでもう少々かかりそうなので、市場散歩の前に朝食を済ましてしまうことに。五味の市の向かいにある直売所『海の駅しおじ』へと足を運ぶと、店頭周辺に漂う香ばしい匂いについつい誘われてしまう。店頭の屋台で炭火で焼かれているのは、大振りのアナゴ。日生漁港の名物・アナゴの丸焼きで、兄さんと姉さんのコンビで、開いたのをズラリ並べては返し、タレを塗って、焼きあがったらずらして、とテンポよくやっている。これは朝食替わりにもってこい、とさっそく1本注文。兄さんによるとアナゴはちょうど夏が旬で、脂ののりがよく太っているからおすすめとのこと。日生周辺でとれるアナゴは味がよいと評判が高く、大多府島周辺が主な漁場だが「その辺の岸からでも簡単に釣れるよ」とか。

 スチロールの長い皿からはみださんばかりのアナゴは文字通り、頭から尾までついていて丸のままだ。丸ごと食べられるけど、頭は少々固いのでお好みでどうぞ、とお兄さんに教えてもらい、皿を片手に店頭のエビ干し場の脇でバクリ、とひとくち。その日に水揚げされた鮮度抜群のアナゴを使っているだけに、旬らしく身がシコシコと厚く食べ応えがある。ウナギよりもあっさりとしているが、もったりと甘めのタレに、身の味が負けていない。遅い朝食代わりに、ぺろりと1本平らげて五味の市を覗くと、まだ仕入れが終わっていない様子。まだまだ時間はたっぷりあるし、食休みの散歩も兼ねて、裏手の漁港で水揚げや干物作りの風景を見物しながら時間を潰すとするか。(2006年8月6日食記)

旅で出会ったローカルごはん68…盛岡 『直利庵』の、めざせ100杯! のわんこそば

2006年11月02日 | ◆旅で出会ったローカルごはん
 盛岡のわんこそばは、たくさん食べる行為が名物というイメージが強い。最高で何杯食べた人がいるとか、大食いコンテストの課題とか、量にまつわる話題が注目され、味の良さを評価されることが意外に少ない。しかし、わんこそば発祥の地である南部地方には「そば振舞い」という言葉があるように、わんこそばは本来もてなし料理である。そばは地場産の南部そばを挽いた粉を使った手打ち、具にはキノコや山菜、刺身など、周辺の山海の幸を多種多様に揃えており、よく見ればかなり豪華で魅力的な郷土料理なのだ。

 一度は本場の盛岡でわんこそばを味わってみたい、と思っていたが、大食い競争をするのはかなわない。盛岡に泊まった晩に、なるべく落ち着いて食べられるわんこそばの店がないか宿の人に聞いてみると、中町にある『直利庵』というそば屋がいい、座敷で頂けるし、仲居さんがついて世話をしてくれるとのことだった。明治17年創業という、歴史が感じられる店構えで、玄関はわんこそばの客用の入口と一般のそばの客用の入口が、それぞれ別にしてある。わんこそばの客用の入口をくぐって座敷に案内されると、さっそく仲居さんが2人ほどついた。ちょっとプレッシャーを感じてしまう。

 この店のわんこそばは、薬味と具の内容によって値段が違う仕組みになっている。「並」を頼むと、そばよりも先にマグロの刺身にイクラ、もみじおろし、なめこ、山菜、のり、くきわかめなどが並んだ皿が運ばれてきた。具と薬味の種類が豊富なのは、そばをたくさん食べられるように味覚を色々と変えるためです、と仲居さんから説明が入る。小さな椀にひと口分ほど入ったそばが運ばれてきたら、さあ始まりだ。この地方では、古くから食器に木の椀を使っていて、そばもこの「椀」で食べたことが、わんこそばの名の由来という。そば振舞いの際に、客の椀にそばをどんどん継ぎ足していったのが、椀が空になったらすぐにお代わりを継ぐ、今のスタイルのルーツといえる。

 県北産の浄法寺塗の椀を手に、まずはつるりと1杯すすると、すぐに「ハイッ」とおかわりが、手元の椀にするり。わんこそばは冷たいそばだと思っていたが、意外にも温かいそばで、お腹に優しく食べやすい。おかわりの合間に刺身や山菜をつまんで一息つくが、その間にも背後に、そばの椀を手にした仲居さんが控えている。こうした薬味や具のうまさももちろん、そばも秋田との県境に近い安代町で栽培した「南部そば」を挽いたそば粉を使用した地場産のそばだ。朝夕の気温差が激しい山間で栽培したそばだから、味の方も風味がよく香りが強く、のど越しがなめらか。だから、どんどん食べるのに向いているようだ。つゆも、そばを食べ飽きないように薄口で、つゆを飲まないのがそばをたくさん食べるコツ。椀にたまったつゆは専用の容器に空けてください、と仲居さんに教わり、要領をつかむと次第にペースが上がってきた。

 いつの間にか20杯、30杯と、つい調子に乗り、「ハイッ、次」「ハイッ、まだまだ」と、仲居もリズムに合わせて、おかわりをよそうスピードを早くし始める。隣で食べていた家族連れも、自分が食べている杯数を数え始め、こうなるとそばをゆっくり味わう余裕はなくやめるにやめられない。結局90数杯食べたところでギブアップ、もう1杯どころかそば1本も入らない。椀に蓋をして「ごちそうさま」の合図を出したら、100杯を目指せ、と応援してくれていた「観衆」から、「エーッ」と声が上がる。ちなみに普通のかけそば1人前は、わんこそばの8杯程度に相当するそうで、最高記録は212杯食べた男性とのこと。宿の人が言っていたとおり、座敷で食べられたし仲居さんもついたが、やっぱり大食い競争に挑戦する羽目になってしまった。ともあれこれこそがわんこそばの魅力、といったところか。(12月食記)