姫路から乗った列車は、相生駅を過ぎると赤穂線というローカル線へと入っていった。山陽本線よりも海に近いところを走るため、車窓からの景色を期待したところ、沿線は田んぼや畑、湿地が続き、海はまるで見えない。途中の小さな駅に着いて扉が開くたびに、降りかかってくる猛烈なセミの声。まだ7時過ぎなのに、お盆前のこの日も相当暑くなりそうだ。短いトンネルをいくつも抜けるとようやく、車窓の左に小さな入り江が現れた。すぐに港に面した日生駅に到着、駅前に出ると道路を挟んだすぐ向かいに、小豆島行きのフェリーや目の前に浮かぶ島々へ向かう小さな渡船が発着しているのが見える。
日生、と書いて「ひなせ」と読むこの町は、岡山県と兵庫県の県境近くに位置する港町だ。入り組んだふたつの入り江に加え、すぐ沖合には鹿久居島、大多府島、頭島など日生諸島の13もの島々が浮かぶなど、沿岸から沖合にかけて変化に富んだ地形が形成。そのおかげで天然の良港と優良な漁場に恵まれ、江戸時代から瀬戸内の漁業の拠点として栄えた。現在も、日生諸島から小豆島にかけての海域を漁場とする沿岸漁業が盛んで、小型底引き網漁でとれた様々な魚介が水揚げされることで知られている。瀬戸内の魚介といえば兵庫沿岸ではハモ、岡山だとママカリにサワラやシャコ、広島方面だとタコにアナゴや小イワシあたりが有名だが、そこは内海に面した小さな漁港の底引き網漁。港を歩いていればこうした「有名どころ」の魚介だけでなく、地元の人のみぞ知る面白い雑魚に出会えるかも知れない。
駅に隣接するサンバース観光情報センターへ荷を預けて、漁港で行われる朝市『五味の市』への道を教えてもらいいざ出発。日生駅前港を左に見ながらのんびりと歩いていくと、沿道には地魚料理の店も多く見られ、店頭の品書きによると地魚を使った定食1000円ぐらいからとある。今日の昼ご飯はなかなか期待できそうだな、と思いつつ歩くこと15分。県漁連の水産加工所やカキ処理場など、漁港が近いことを感じさせる施設が現れたところで、正面に木造風の大きな体育館のような施設が目に入ってきた。「五味の市」と書かれた幟がいくつも、入り口付近に掲げられているのも見える。すでにちらほらとお客の姿もあるようで、早足で建物の中へ駆け込む… と、いくつか並ぶ店の店頭には空っぽの皿や、氷だけを敷いた品台が並ぶのみ。場内はがらんとしていて、何だか活気がない。
五味の市は日生漁港の一角で行われる漁協直営の市場で、底引き網漁で水揚げされた新鮮な魚が市価より割安と聞いてやってきた。時計を見ると9時過ぎだから、来るのが遅かったのか、と思われるかも知れないが実は逆。日生の底引き網漁は深夜2~3時ごろに出航して、帰港するのは朝の9~10時ぐらいと、今日の品物が並ぶのはまだこれからという訳だ。船はこの後、市場のすぐ裏手に次々と着岸、すぐに漁船から水揚げした魚介をそのまま運び込んで店頭に並べるため、確かに鮮度はこれ以上のものはないだろう。開店前で手持ちぶさたにしていたおばちゃんに話しかけると、「魚が入ってくるのはこれからだよ」と笑っている。ほかの店でも雑談していたり、中にはお茶を飲んだり弁当を食べているおばちゃんの姿も。
何だかのどかな雰囲気の朝市だな、などと思っていたところ、しばらくすると大きな樽を載せた台車を押しながら、親父さんがどかどかと入り込み始めた。おばちゃんたちもさっきまでののんびりモードから一転、それ仕事、とばかり運び込まれた樽の魚の仕分けにかかり始めた。五味の市で店を出しているのは漁師の女将さんで、台車を運んでくるのは漁をやっているご主人。手際よくトレイやスチロール箱に分けている様子はさすが、夫婦のチームワーク抜群といった感じか。次々に目の前を通過していく樽をのぞくと、中にはタコ、シャコ、アジ、その他何だか分からない小魚がごちゃごちゃと入っているのが見える。見知らぬ魚が多いので、並べている横から聞いてみると、「○○」とひと言早口で返しつつ、大ダコをつかんではスチロール箱へベチャ、と仕分けの手を休めない。仕入れのピークで、今はそんなのに答えているヒマはない、といった感じである。
そんな中をのんびりぶらぶらしているとお邪魔らしく、魚が並ぶまでもう少々かかりそうなので、市場散歩の前に朝食を済ましてしまうことに。五味の市の向かいにある直売所『海の駅しおじ』へと足を運ぶと、店頭周辺に漂う香ばしい匂いについつい誘われてしまう。店頭の屋台で炭火で焼かれているのは、大振りのアナゴ。日生漁港の名物・アナゴの丸焼きで、兄さんと姉さんのコンビで、開いたのをズラリ並べては返し、タレを塗って、焼きあがったらずらして、とテンポよくやっている。これは朝食替わりにもってこい、とさっそく1本注文。兄さんによるとアナゴはちょうど夏が旬で、脂ののりがよく太っているからおすすめとのこと。日生周辺でとれるアナゴは味がよいと評判が高く、大多府島周辺が主な漁場だが「その辺の岸からでも簡単に釣れるよ」とか。
スチロールの長い皿からはみださんばかりのアナゴは文字通り、頭から尾までついていて丸のままだ。丸ごと食べられるけど、頭は少々固いのでお好みでどうぞ、とお兄さんに教えてもらい、皿を片手に店頭のエビ干し場の脇でバクリ、とひとくち。その日に水揚げされた鮮度抜群のアナゴを使っているだけに、旬らしく身がシコシコと厚く食べ応えがある。ウナギよりもあっさりとしているが、もったりと甘めのタレに、身の味が負けていない。遅い朝食代わりに、ぺろりと1本平らげて五味の市を覗くと、まだ仕入れが終わっていない様子。まだまだ時間はたっぷりあるし、食休みの散歩も兼ねて、裏手の漁港で水揚げや干物作りの風景を見物しながら時間を潰すとするか。(2006年8月6日食記)
日生、と書いて「ひなせ」と読むこの町は、岡山県と兵庫県の県境近くに位置する港町だ。入り組んだふたつの入り江に加え、すぐ沖合には鹿久居島、大多府島、頭島など日生諸島の13もの島々が浮かぶなど、沿岸から沖合にかけて変化に富んだ地形が形成。そのおかげで天然の良港と優良な漁場に恵まれ、江戸時代から瀬戸内の漁業の拠点として栄えた。現在も、日生諸島から小豆島にかけての海域を漁場とする沿岸漁業が盛んで、小型底引き網漁でとれた様々な魚介が水揚げされることで知られている。瀬戸内の魚介といえば兵庫沿岸ではハモ、岡山だとママカリにサワラやシャコ、広島方面だとタコにアナゴや小イワシあたりが有名だが、そこは内海に面した小さな漁港の底引き網漁。港を歩いていればこうした「有名どころ」の魚介だけでなく、地元の人のみぞ知る面白い雑魚に出会えるかも知れない。
駅に隣接するサンバース観光情報センターへ荷を預けて、漁港で行われる朝市『五味の市』への道を教えてもらいいざ出発。日生駅前港を左に見ながらのんびりと歩いていくと、沿道には地魚料理の店も多く見られ、店頭の品書きによると地魚を使った定食1000円ぐらいからとある。今日の昼ご飯はなかなか期待できそうだな、と思いつつ歩くこと15分。県漁連の水産加工所やカキ処理場など、漁港が近いことを感じさせる施設が現れたところで、正面に木造風の大きな体育館のような施設が目に入ってきた。「五味の市」と書かれた幟がいくつも、入り口付近に掲げられているのも見える。すでにちらほらとお客の姿もあるようで、早足で建物の中へ駆け込む… と、いくつか並ぶ店の店頭には空っぽの皿や、氷だけを敷いた品台が並ぶのみ。場内はがらんとしていて、何だか活気がない。
五味の市は日生漁港の一角で行われる漁協直営の市場で、底引き網漁で水揚げされた新鮮な魚が市価より割安と聞いてやってきた。時計を見ると9時過ぎだから、来るのが遅かったのか、と思われるかも知れないが実は逆。日生の底引き網漁は深夜2~3時ごろに出航して、帰港するのは朝の9~10時ぐらいと、今日の品物が並ぶのはまだこれからという訳だ。船はこの後、市場のすぐ裏手に次々と着岸、すぐに漁船から水揚げした魚介をそのまま運び込んで店頭に並べるため、確かに鮮度はこれ以上のものはないだろう。開店前で手持ちぶさたにしていたおばちゃんに話しかけると、「魚が入ってくるのはこれからだよ」と笑っている。ほかの店でも雑談していたり、中にはお茶を飲んだり弁当を食べているおばちゃんの姿も。
何だかのどかな雰囲気の朝市だな、などと思っていたところ、しばらくすると大きな樽を載せた台車を押しながら、親父さんがどかどかと入り込み始めた。おばちゃんたちもさっきまでののんびりモードから一転、それ仕事、とばかり運び込まれた樽の魚の仕分けにかかり始めた。五味の市で店を出しているのは漁師の女将さんで、台車を運んでくるのは漁をやっているご主人。手際よくトレイやスチロール箱に分けている様子はさすが、夫婦のチームワーク抜群といった感じか。次々に目の前を通過していく樽をのぞくと、中にはタコ、シャコ、アジ、その他何だか分からない小魚がごちゃごちゃと入っているのが見える。見知らぬ魚が多いので、並べている横から聞いてみると、「○○」とひと言早口で返しつつ、大ダコをつかんではスチロール箱へベチャ、と仕分けの手を休めない。仕入れのピークで、今はそんなのに答えているヒマはない、といった感じである。
そんな中をのんびりぶらぶらしているとお邪魔らしく、魚が並ぶまでもう少々かかりそうなので、市場散歩の前に朝食を済ましてしまうことに。五味の市の向かいにある直売所『海の駅しおじ』へと足を運ぶと、店頭周辺に漂う香ばしい匂いについつい誘われてしまう。店頭の屋台で炭火で焼かれているのは、大振りのアナゴ。日生漁港の名物・アナゴの丸焼きで、兄さんと姉さんのコンビで、開いたのをズラリ並べては返し、タレを塗って、焼きあがったらずらして、とテンポよくやっている。これは朝食替わりにもってこい、とさっそく1本注文。兄さんによるとアナゴはちょうど夏が旬で、脂ののりがよく太っているからおすすめとのこと。日生周辺でとれるアナゴは味がよいと評判が高く、大多府島周辺が主な漁場だが「その辺の岸からでも簡単に釣れるよ」とか。
スチロールの長い皿からはみださんばかりのアナゴは文字通り、頭から尾までついていて丸のままだ。丸ごと食べられるけど、頭は少々固いのでお好みでどうぞ、とお兄さんに教えてもらい、皿を片手に店頭のエビ干し場の脇でバクリ、とひとくち。その日に水揚げされた鮮度抜群のアナゴを使っているだけに、旬らしく身がシコシコと厚く食べ応えがある。ウナギよりもあっさりとしているが、もったりと甘めのタレに、身の味が負けていない。遅い朝食代わりに、ぺろりと1本平らげて五味の市を覗くと、まだ仕入れが終わっていない様子。まだまだ時間はたっぷりあるし、食休みの散歩も兼ねて、裏手の漁港で水揚げや干物作りの風景を見物しながら時間を潰すとするか。(2006年8月6日食記)