高台にある東大寺二月堂の回廊からは、目の前に大仏殿の大屋根、その向こうに奈良の町並みが広がっている様子が一望できた。土塀の小路を歩き、国宝級の宝物が収められた正倉院へ、さらに大仏殿で金色の廬舎那仏に参拝したら、奈良公園内の散策はひと通り終了である。散策中は寒かったのにここへきて雲が切れて日が差し始め、奈良公園の緑地を興福寺方面へ向かって歩いていると、体がポカポカ温かくなってくる。夜行バスで早朝に奈良に到着してすぐ散策を始めたため、時計を見るとまだ11時過ぎ。急ぐ旅でもないし、この辺の芝生に腰を下ろして、奈良公園の鹿クンと遊びながら、のんびり日なたぼっこでもしていきたいところである。
興福寺の五重塔に差し掛かったところで、ちょっとくたびれたのでひと休み。塔のたもとに腰掛けていると、隣接して鄙びた垣に囲まれた一角があるのが見える。五重塔のそばにあるからか、『塔の茶屋』との屋号が掲げられ、入口には「茶がゆ」と書かれた板の看板も。どうやら茶屋のようである。覗いてみると築200年以上という古びた民家がぽつんと立ち、その正面に藤棚のある小さな庭が広がっている。棚の下には毛氈が敷かれた縁台がいくつか並び、食事やお茶を頂きながらくつろぐ客の姿も。ちょうど昼時だし、ここで日なたぼっこをしながら茶がゆで一服もいいな、と、正面に五重塔を見上げる特等席に腰を下ろした。
興福寺の境内の一角で古くから営業しているこの茶屋は、奈良の郷土料理「茶がゆ」が看板料理だ。茶がゆとは名の通り、お茶で米を炊いたおかゆのこと。その起源について、先ほど見物した東大寺の大仏に関係した面白い話がある。奈良時代に大仏を建立する際、全国から働き手を奈良の都へと呼び寄せたが、あまりに人数が多いため食料が足りない。そこで少ない米で量が多く見えるように工夫した料理がかゆだったとか。それ以外にも東大寺などの修行僧の食事や、寺で説法などの集まりがある際に振舞った料理など、当地に根付いた仏教との関わりが深かったようだ。作り方は水の代わりにお茶を使って米を炊くのが基本だが、中には水で炊いたかゆへ仕上げにお茶を加えたり、かゆを炊く途中でティーバックのようなものを加えるなど、いくつかの流儀があるよう。使うお茶も大和茶のほか京都・宇治の宇治茶、さらにほうじ茶、番茶など様々で、つくり方や使うお茶によって味わいが変わるという。
品書きによると茶がゆだけの単品はなく、口取に始まって向付、椀、炊き合わせ、焼き物などと続く本格的な「茶がゆ懐石」と、手軽な値段の「茶がゆ弁当」のふたつが用意されている。庭の縁台で頂くなら弁当のほうが気楽なので、こちらをお願いすることに。すぐに出されたキリッと冷えた梅酒とおしぼりが、好天の下を歩いた後はありがたい。そして少しして運ばれてきた盆には、鉢に盛られた茶がゆとおかずが入った丸い重がのっていた。懐石より手軽といっても、鳥肉、カボチャ、こんにゃく、高野豆腐など種類豊富な煮物と焼き魚、鯛の酢の物、なますなど、重の中身はかなり充実した内容。先ほど頂いた柿の葉寿司も、葉にくるりとくるまれて収まっている。
まずは熱々の茶がゆからするり。食感はおかゆというよりはお茶漬けのような感じだが、茶で炊いてあるからお茶の香り高さが際立っている。お茶は地元の大和高原特産の大和茶を使う店が多い中、店の人に聞くと「ほうじ茶です」との返事。香りの良さは、表面にかかった緑鮮やかな粉がポイントで、なんと玉露の粉を振っているという。茶がゆは仏教にまつわる食というだけでなく、かつては奈良の家庭料理でもあった。今では地元ではそれほど食べられなくなってしまったものの、サラリとした食べやすさが朝食向き、さらにローカロリーでヘルシーな点も注目され、健康食として広く人気が出ているとか。おかずはどれも上品な薄味に仕上がっており、素材本来の持ち味が楽しめてうれしい。ねっとりと甘いカボチャに、たっぷりつゆがほとびた高野豆腐、こんにゃくはしゃっきりと炊き上がっている。かゆがあっさりしているため、ひじきや奈良漬け、たくあんの塩っ気がありがたい。
デザートの胡麻豆腐とわらびもちに箸をのばすと、ふるふると揺れてくずれそう。口の中に吸い付きとろけるような食感と、自然でまろやかな甘味がとてもやさしい味わいだ。お茶をのおかわりを運んできた店の人によると、奈良公園内にあるのでたまに店まで鹿が遊びに来るという。食後のお茶を頂きながら、縁台の陽だまりでぼんやりしていると、垣の隙間から顔を突っ込んだ鹿クンが、人懐っこさそうな目できょろきょろとこっちを見ていた。(2001年11月10日食記)
興福寺の五重塔に差し掛かったところで、ちょっとくたびれたのでひと休み。塔のたもとに腰掛けていると、隣接して鄙びた垣に囲まれた一角があるのが見える。五重塔のそばにあるからか、『塔の茶屋』との屋号が掲げられ、入口には「茶がゆ」と書かれた板の看板も。どうやら茶屋のようである。覗いてみると築200年以上という古びた民家がぽつんと立ち、その正面に藤棚のある小さな庭が広がっている。棚の下には毛氈が敷かれた縁台がいくつか並び、食事やお茶を頂きながらくつろぐ客の姿も。ちょうど昼時だし、ここで日なたぼっこをしながら茶がゆで一服もいいな、と、正面に五重塔を見上げる特等席に腰を下ろした。
興福寺の境内の一角で古くから営業しているこの茶屋は、奈良の郷土料理「茶がゆ」が看板料理だ。茶がゆとは名の通り、お茶で米を炊いたおかゆのこと。その起源について、先ほど見物した東大寺の大仏に関係した面白い話がある。奈良時代に大仏を建立する際、全国から働き手を奈良の都へと呼び寄せたが、あまりに人数が多いため食料が足りない。そこで少ない米で量が多く見えるように工夫した料理がかゆだったとか。それ以外にも東大寺などの修行僧の食事や、寺で説法などの集まりがある際に振舞った料理など、当地に根付いた仏教との関わりが深かったようだ。作り方は水の代わりにお茶を使って米を炊くのが基本だが、中には水で炊いたかゆへ仕上げにお茶を加えたり、かゆを炊く途中でティーバックのようなものを加えるなど、いくつかの流儀があるよう。使うお茶も大和茶のほか京都・宇治の宇治茶、さらにほうじ茶、番茶など様々で、つくり方や使うお茶によって味わいが変わるという。
品書きによると茶がゆだけの単品はなく、口取に始まって向付、椀、炊き合わせ、焼き物などと続く本格的な「茶がゆ懐石」と、手軽な値段の「茶がゆ弁当」のふたつが用意されている。庭の縁台で頂くなら弁当のほうが気楽なので、こちらをお願いすることに。すぐに出されたキリッと冷えた梅酒とおしぼりが、好天の下を歩いた後はありがたい。そして少しして運ばれてきた盆には、鉢に盛られた茶がゆとおかずが入った丸い重がのっていた。懐石より手軽といっても、鳥肉、カボチャ、こんにゃく、高野豆腐など種類豊富な煮物と焼き魚、鯛の酢の物、なますなど、重の中身はかなり充実した内容。先ほど頂いた柿の葉寿司も、葉にくるりとくるまれて収まっている。
まずは熱々の茶がゆからするり。食感はおかゆというよりはお茶漬けのような感じだが、茶で炊いてあるからお茶の香り高さが際立っている。お茶は地元の大和高原特産の大和茶を使う店が多い中、店の人に聞くと「ほうじ茶です」との返事。香りの良さは、表面にかかった緑鮮やかな粉がポイントで、なんと玉露の粉を振っているという。茶がゆは仏教にまつわる食というだけでなく、かつては奈良の家庭料理でもあった。今では地元ではそれほど食べられなくなってしまったものの、サラリとした食べやすさが朝食向き、さらにローカロリーでヘルシーな点も注目され、健康食として広く人気が出ているとか。おかずはどれも上品な薄味に仕上がっており、素材本来の持ち味が楽しめてうれしい。ねっとりと甘いカボチャに、たっぷりつゆがほとびた高野豆腐、こんにゃくはしゃっきりと炊き上がっている。かゆがあっさりしているため、ひじきや奈良漬け、たくあんの塩っ気がありがたい。
デザートの胡麻豆腐とわらびもちに箸をのばすと、ふるふると揺れてくずれそう。口の中に吸い付きとろけるような食感と、自然でまろやかな甘味がとてもやさしい味わいだ。お茶をのおかわりを運んできた店の人によると、奈良公園内にあるのでたまに店まで鹿が遊びに来るという。食後のお茶を頂きながら、縁台の陽だまりでぼんやりしていると、垣の隙間から顔を突っ込んだ鹿クンが、人懐っこさそうな目できょろきょろとこっちを見ていた。(2001年11月10日食記)