ウマさ特盛り!まぜまぜごはん~おいしい日本 食紀行~

ライター&編集者&散歩の案内人・上村一真(カミムラカズマ)がいざなう、食をテーマに旅をする「食紀行」を綴るブログです。

旅で出会ったローカルごはん33…秋田 『秋田市民市場』の、手焼き&機械焼きキリタンポ

2006年01月28日 | ◆旅で出会ったローカルごはん
 最近、全国各地の名だたる名物市場が、建て直しや取り壊しされるという話題を耳にする。全国一のフグの集散地である下関の「唐戸市場」は、飲食店や物販店を併設した観光フィッシャーマンズワーフと化し、川にかかる橋がそのまま市場の建物になっていた釜石の「橋上市場」は、名前こそそのままだが駅前に移転してごく普通の建物になってしまった。建物の老朽化による改築や、観光的要素を加えて複合アミューズメント施設に再開発するなど、いくつかの理由や目的があるようだが、町のランドマーク的存在だった市場がリニューアルされると、町全体の表情もどこか変わってしまったように感じてしまう。

 秋田駅から徒歩5分ほどのところにある「秋田市民市場」も、数年前にリニューアル。アトリウムを備えた明るくしゃれた建物に変貌したが、古びた倉庫か体育館のような蒲鉾形の建物だったかつてのたたずまいが、今になると懐かしい。自分が訪れたのは建て直しが決まる直前ぐらいの頃で、夜行列車を乗り継いで秋田駅に着くと、秋田新幹線が開通した際にきれいに整備された駅前広場を抜け、大手門通りに面した市場へと直行。重たい鉄扉をガラガラと開け、薄暗い場内へと入ると、裸電球がともる中で時折「買ってげれ買ってげれ」と、訥々と語りかけるように呼び声がかかる程度。客の多くは地元の人で占められている生活市場らしく、無口な雪国気質ならではの雰囲気が、呼び声がガンガンかかってくる観光客御用達の市場と違い素朴でいいものである。

 入ったところは青果売り場で、通路を挟んでずらりと向かい合って並ぶ店の多くは、まだ開店準備の最中のようだ。ちょうど今は春先なので、店頭には県内各地でとれた旬の山菜やキノコ、タケノコが目立ち、本荘の小松菜、湯沢のナメコやタケノコなど、しっかり産地を表示して瑞々しい姿を見せている。そのあたりまでは、東京のスーパーでも聞き覚えがある名前だが、中にはヒロッコ、サワモタシ、ニョウサクにヒコヒコと、聞いたこともない不思議な名前もずらりと品札に書かれている。一見、普通の野草のようだが、どうしてこんな名前が付いたのだろう。

 市場の中央寄りへと足を運ぶと、店頭には囲炉裏で燻した漬け物「いぶりがっこ」や、ほうき草の実「とんぶり」など、秋田ならではの郷土の味があれこれと並んでいる。そんな一画にある間口の狭い店に、秋田名物のキリタンポが並んでいるのを見つけてちょっと立ち止まった。真空パックのキリタンポとラップにくるんだキリタンポがあり、ラップの方は見たところ手作り風で450円と500円と2通りの値段がつけられている。どう違うのか考え込んでいると「こっちは焼き立てだから、50円高いの」と、話しながら奥からおばさんが出てきた。触ると確かにほんのり温かく、ラップも湯気で曇っている。おばさんが手で焼いたのかと思ったら、残念ながらどちらも「機械焼き」との答。

 キリタンポは、固めに炊いたばかりの新米をつぶして杉などの串に巻いて焼いたもので、もとは猟師が狩りの際に山へ持ち込んで、弁当のかわりにした保存食だった。鍋のイメージが強いから冬の料理と思われがちだが、原料が米なだけに、旬は新米の収穫期の9月である。今はほとんど機械で焼いているが、この店では八郎潟そばの昭和町に住む、手焼き名人のキリタンポが人気で、「手焼きは今日も朝早くにまとめ買いがあって、もう売り切れた」とおばさん。機械焼きは数本のキリタンポをガスで同時に焼くので、形も焼き加減もすべて同様に仕上がってしまうのに対して、手焼きは串に刺して、炭火で1本ずつ火加減を見ながらていねいに焼くから、どのキリタンポもいい状態に仕上がるのだという。

 もちろん手焼きの方がおいしそうだが、売り切れならば仕方がない。機械焼きの2種類のうち、持ち帰りだから冷めた安い方を買うことにして、家でキリタンポ鍋を作る時に使おうと比内鶏のスープも一緒に買った。鍋にするときはキリタンポを一度せいろで蒸して、煮崩れないように鍋が煮立ってから最後に入れること、とおばさんに念を押される。お礼を述べて店を後に、水産物の売り場へ足を向けると、これまた旬のハタハタが店頭にずらり。キリタンポ鍋の材料を仕入れたあとは、もうひとつの秋田名物であるハタハタのしょっつる鍋の仕入れに奔走するとするか。(3月下旬食記)