今でこそスポーツに縁のない、食っては書き的な日々を過ごしているが、かつて自分は高校時代に陸上競技部に所属していたことがある。といっても華麗に走ったり跳んだりではなく、砲丸や槍、ハンマーといった力技の競技のほう。シーズンには毎週末、横浜の三ツ沢競技場で試合があり、槍をビュンととばしたり、砲丸をどっこいしょ、と投げたり、円盤をえいやっとぶっ飛ばしたりと、そんな地味目な青春時代を過ごしていた。ある試合の帰り、OBの先輩に食事に連れて行ってもらうことになり、バスで横浜駅へ。西口の地下街の奥まったほうへと歩き、小さな中華料理屋にたどり着いた。
ギョーザやニラレバ、麻婆豆腐など、狭いテーブルからこぼれ落ちんばかりに並んだ料理の数々を、皆でガツガツ食べたものだ。量が多いのも売りで、誰かがチャーハンの大盛りを頼んだら、普通は大柄のおたまにひとすくいのところがふたすくいドン、と盛られて出されたのを覚えている。高校や大学の頃、底抜けの空腹のときにはよく訪れたが、社会人になってからぶらりと訪れた時、空腹だったので例のチャーハン大盛りを頼んでみたら、半分ちょっと(つまり普通の1人前程度)しか食べ切れなかった。昔ほど量が食べられなくなったのに加えて、やや行きづらい立地と狭い店ゆえにいつも込んでいるのもあり、近頃はほとんど訪れることはなかった。
なかなか朝からきちんと食事がとれないとある土曜日、所用を済ませて横浜界隈に着いたもう15時近く、これだけの空腹を埋める店は、あの店のほかはない、と、久々に『龍味』を訪れてみる気になった。ザ・ダイヤモンドのメインストリートから右へ、横浜のローカル書店・有隣堂を過ぎ、トーヨー街という間口の狭い飲食店が並ぶ小路に、昔のままの小さな店を発見。入口から覗いてみると、4卓程度のテーブル席はさらりと埋まっていたが、10人ほどのカウンターには数席、空きがある。店頭に麺物や飯物の写真入りメニューほか、タイムサービスやセットメニューの張り紙もいくつか掲示されているが、ここへやってきた以上、頼むものはもちろん決まっている。
「チャオメン(焼きそば)イーガ(ひとつ)!」「コーティエ(焼き餃子)!」と、中国語で厨房へオーダーが飛び交う賑やかさ、そしてカウンター越しに見える厨房では、立ち昇る炎の上で大きな中華鍋がじゃんじゃん舞っている活気。昔と変わらないな、と思いながら席に付くと、壁にも手書き短冊のメニューが豊富だ。ニラレバ炒めやニンニクの芽の炒め物、焼きそば、さらに麺類もラーメンほかタンメン、最近始めたとある名物のタンタンメンなど。麻婆豆腐は麻婆丼でならサービスメニューで何と、500円。隣の席の客が、ギョーザをつまみながらビールを飲んでいるのも気になる。
周囲に色々目をやってちょっと迷ったが、店の人にオーダーを聞かれたら反射的に「チャーハンと麻婆豆腐」。チャーハンを大盛りとしようか、ギョーザもひと皿頼もうか迷ったが、食べ切れなかった時のことを思い出して自重する。カウンター越しには、Tシャツ1枚のいでたちの料理人が4人、殺到するオーダーを無駄のない動きでてきぱきとこなしている。チャーハンはベテランの料理人がとりかかっているようで、玉子を手早く割り入れ、みじん切りにされた具材をバッ、と鍋へ放り入れ、ご飯と一緒にジャッジャッと炒め回し、とあっという間にできていく。舞ったコショウがこちらへとんできて、隣の席の客とふたり、くしゃみがでる。
一方、麻婆豆腐は若い料理人の仕事らしい。大柄の豆腐を一丁、手のひらに載せて、これまた大きな包丁でさいの目にささっと切っていく。豆腐を中華鍋に入れていくらかの調味料をおたまでひょいひょい、と足して、豆腐を崩さないように揺らしながら混ぜていく。ひとり分に豆腐1丁とは、これも量がたっぷりだな、と少々心配になったが、別の客が注文した麻婆丼と半分ずつにされていてちょっと安心。皿によそって刻みネギをパッと振ったらできあがりで、カウンター越しに「どうぞ」と差し出された。
チャーハンは刻んだナルトにチャーシュー、ネギ、卵とシンプルで、さっそくレンゲでひと口、ふた口。ご飯がパラリとして香ばしく、口の中で米粒を食っている食感が豊か。シンプルな分、ご飯を食べていることが実感される味で、腹が減っている時は泣けてくる味である。続いて麻婆豆腐もひとさじ。とろみの強いあんが豆腐にしっかりからみ、ひき肉が入っていないのが面白い。麻婆豆腐といえば刺激的な唐辛子の辛さが身上だが、この店のは甘ったるい味噌が利いていて、ご飯ものになかなか合うようだ。程良く崩れた豆腐が食べやすく、つるりと瑞々しい味わい。ちょっとお腹がいっぱいになってくると、刻みネギが爽やかな口直しになってありがたい。
空腹もあってか、今日は前回食べたときの雪辱? なり、割と楽勝でチャーハンも麻婆豆腐も平らげてしまった。両方で1000円ちょっとと、値段が安いのも相変わらずで、これならチャーハンを大盛りにしても、ギョーザ一皿頼んでもよかったかも。もっとも昔のように、日々走って、ウェートトレーニングやって、と運動漬けの毎日ではないのだから、食べた分がそのまま身についてしまうから要注意。旺盛な食欲も、鍛えられた筋肉の高校当時の体型も、今では遠くなりにけり、か。(2006年4月16日食記)
ギョーザやニラレバ、麻婆豆腐など、狭いテーブルからこぼれ落ちんばかりに並んだ料理の数々を、皆でガツガツ食べたものだ。量が多いのも売りで、誰かがチャーハンの大盛りを頼んだら、普通は大柄のおたまにひとすくいのところがふたすくいドン、と盛られて出されたのを覚えている。高校や大学の頃、底抜けの空腹のときにはよく訪れたが、社会人になってからぶらりと訪れた時、空腹だったので例のチャーハン大盛りを頼んでみたら、半分ちょっと(つまり普通の1人前程度)しか食べ切れなかった。昔ほど量が食べられなくなったのに加えて、やや行きづらい立地と狭い店ゆえにいつも込んでいるのもあり、近頃はほとんど訪れることはなかった。
なかなか朝からきちんと食事がとれないとある土曜日、所用を済ませて横浜界隈に着いたもう15時近く、これだけの空腹を埋める店は、あの店のほかはない、と、久々に『龍味』を訪れてみる気になった。ザ・ダイヤモンドのメインストリートから右へ、横浜のローカル書店・有隣堂を過ぎ、トーヨー街という間口の狭い飲食店が並ぶ小路に、昔のままの小さな店を発見。入口から覗いてみると、4卓程度のテーブル席はさらりと埋まっていたが、10人ほどのカウンターには数席、空きがある。店頭に麺物や飯物の写真入りメニューほか、タイムサービスやセットメニューの張り紙もいくつか掲示されているが、ここへやってきた以上、頼むものはもちろん決まっている。
「チャオメン(焼きそば)イーガ(ひとつ)!」「コーティエ(焼き餃子)!」と、中国語で厨房へオーダーが飛び交う賑やかさ、そしてカウンター越しに見える厨房では、立ち昇る炎の上で大きな中華鍋がじゃんじゃん舞っている活気。昔と変わらないな、と思いながら席に付くと、壁にも手書き短冊のメニューが豊富だ。ニラレバ炒めやニンニクの芽の炒め物、焼きそば、さらに麺類もラーメンほかタンメン、最近始めたとある名物のタンタンメンなど。麻婆豆腐は麻婆丼でならサービスメニューで何と、500円。隣の席の客が、ギョーザをつまみながらビールを飲んでいるのも気になる。
周囲に色々目をやってちょっと迷ったが、店の人にオーダーを聞かれたら反射的に「チャーハンと麻婆豆腐」。チャーハンを大盛りとしようか、ギョーザもひと皿頼もうか迷ったが、食べ切れなかった時のことを思い出して自重する。カウンター越しには、Tシャツ1枚のいでたちの料理人が4人、殺到するオーダーを無駄のない動きでてきぱきとこなしている。チャーハンはベテランの料理人がとりかかっているようで、玉子を手早く割り入れ、みじん切りにされた具材をバッ、と鍋へ放り入れ、ご飯と一緒にジャッジャッと炒め回し、とあっという間にできていく。舞ったコショウがこちらへとんできて、隣の席の客とふたり、くしゃみがでる。
一方、麻婆豆腐は若い料理人の仕事らしい。大柄の豆腐を一丁、手のひらに載せて、これまた大きな包丁でさいの目にささっと切っていく。豆腐を中華鍋に入れていくらかの調味料をおたまでひょいひょい、と足して、豆腐を崩さないように揺らしながら混ぜていく。ひとり分に豆腐1丁とは、これも量がたっぷりだな、と少々心配になったが、別の客が注文した麻婆丼と半分ずつにされていてちょっと安心。皿によそって刻みネギをパッと振ったらできあがりで、カウンター越しに「どうぞ」と差し出された。
チャーハンは刻んだナルトにチャーシュー、ネギ、卵とシンプルで、さっそくレンゲでひと口、ふた口。ご飯がパラリとして香ばしく、口の中で米粒を食っている食感が豊か。シンプルな分、ご飯を食べていることが実感される味で、腹が減っている時は泣けてくる味である。続いて麻婆豆腐もひとさじ。とろみの強いあんが豆腐にしっかりからみ、ひき肉が入っていないのが面白い。麻婆豆腐といえば刺激的な唐辛子の辛さが身上だが、この店のは甘ったるい味噌が利いていて、ご飯ものになかなか合うようだ。程良く崩れた豆腐が食べやすく、つるりと瑞々しい味わい。ちょっとお腹がいっぱいになってくると、刻みネギが爽やかな口直しになってありがたい。
空腹もあってか、今日は前回食べたときの雪辱? なり、割と楽勝でチャーハンも麻婆豆腐も平らげてしまった。両方で1000円ちょっとと、値段が安いのも相変わらずで、これならチャーハンを大盛りにしても、ギョーザ一皿頼んでもよかったかも。もっとも昔のように、日々走って、ウェートトレーニングやって、と運動漬けの毎日ではないのだから、食べた分がそのまま身についてしまうから要注意。旺盛な食欲も、鍛えられた筋肉の高校当時の体型も、今では遠くなりにけり、か。(2006年4月16日食記)