私は膝をつきました。思えば、膝をついてばかりの人生だったように感じます。足の裏とおなじくらいに土の味を知ったそこは、汚くて、みにくくて、でこぼこしています。だからなまぬるく湿った泥、その中にひそむ尖った小石が、ぶあつい肌を突き刺していくのにも、もはや気付くことはできないのです。
なまあたたかい雨が降っています。局所的な雨です。膝をついた私にとって、天はいっそう高く見えました。途方もなく。茫漠として。泣き出したくなるほどに無力です。けれど泣き出すまでもないことでした。私は、そのままの私を知っています。
指先が冷えています。冷えて、冷えて、凍えそうなのです。私はおのれの体を抱きました。いっそう寒くなりました。あたたかい雨が、更に頬を濡らしていきます。
私を抱きとめる者がありました。それはよく知る人のようでした。断定することができません、なぜなら、その人は、私の記憶にあるその人と一致しているのか。自信がありませんでした。雨は降り続けています。あたたかい雨が。灼熱の雨です。火砕流のようです。抱きとめてくれた肌と肌のあいだから、吹き出してくる豪雨です。
抱きとめてくれた人。誰かは存じ上げませんが、私なんかのために膝をついてもらう必要はありませんでした。ぬくもりに眠りゆく人の膝は、あかあかと傷ついてしまっていました。やわらかな肌です。きっとこの人は、気高い人だったに違いないのです。冷えがますますひどくなり、私はいっそ、鼻が取れてしまえばいいのにと思っています。
雨のにおいがします。汚い雨のにおいが。けれどそれを汚いと言う資格はありません。私は、どうやら、立たねばならないようなのです。
立ち上がるたびに思うことがあります。膝をついた時、あんなにも遠く感じられた天は、立ったところで相も変わらず遠いのです。地はこんなにも近いのに。ねばついた火砕流が、糸を引きながら膝にまとわりついています。土から離すまいとしているかのようです。雨は止みました。大切だったはずの人が、安らかに眠ってしまった後に。
守ってください。私は、ちっぽけです。膝をついてばかりの人生なのです。生きていくことはもはや不可能です。あたたかい、あつい、なまぬるい、生命のマグマを知ってしまったからには。どうか私を跪かせてください。抱き寄せてください。あなたは何もしなくて良いのだと、子守唄を奏でてください。目を閉じて十を数えたなら、私はここではないどこかへ旅立ちます。それを見守ってください。膝をつくたび、でこぼこになった肌の、小石を払いのけてください。私は醜い。とても醜いのです。でも、そこにある残骸よりはいくぶんかまともに見えるはずですから。
私の天は、見上げた先の瞳にあります。私の地は、最初からすでにそこにあるものです。生命のマグマ。冷たい。寒い。凍えてしまいそう。膝にこびりついた泥は茶色くなって、ぱきぱきと音をたててはがれ落ちてゆきます。寒くて、さむくて、冷えた枝はぽきりとあっけない音をたてました。
雨を。雨をください。熱い雨を。
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