昨夜は、魔道を歩んだ偉大な先人、稲垣足穂の「一千一秒物語」を読み返しました。
キイ・ワードは、月・流星・シガレット・ヒコーキ。
わが国の近代文学の中で、その硬質さ、ドライさ、奇妙さは際立っています。
何かに悩む主人公は出てこず、恋愛沙汰も起きず、人も死にません。
坂道でポケットから自分を落としてしまう話など、ファンタスティックな掌編の連続です。
読者はタルホ・ラビリントスに迷い込まざるをえません。
私は久しぶりにその迷宮に迷い込み、楽しみました。
彼は生まれるのが早すぎたんじゃないでしょうか。
大正から昭和初期に世に出た彼は、人間を口から肛門にいたる筒とみなして、独自のエロス論を組み立てました。
それが「A感覚とV感覚」です。
そのエロス論もまた、彼にかかると硬くてドライな、輝く石のような光を放つのです。
こういう人はもう出てこないような気がします。
近代から現代まで、日本文学は長いこと貧乏自慢と若さ自慢、それに羞恥心を忘れたかのような露骨な性描写に明け暮れています。
日本文学本来の伝統を取り戻し、洒脱で軽妙な、しかし奥が深い小説がもっと増えてくれると嬉しいと思っています。
一千一秒物語 (新潮文庫) | |
稲垣 足穂 | |
新潮社 |
A感覚とV感覚 (河出文庫―稲垣足穂コレクション) | |
稲垣 足穂 | |
河出書房新社 |