ブログ うつと酒と小説な日々

躁うつ病に悩み、酒を飲みながらも、小説を読み、書く、おじさんの日記

あなたのため

2024年04月20日 | 文学

 今日は小説を読みました。
 「毒母ですが、なにか」です。

 女子高生が毒母になり、娘を思い通りに育て上げようとする長い物語が紡がれます。

 毒母が70を超えて要介護3になっても、娘は子供の頃の記憶から逃れることが出来ず、絶縁状態を続けます。
 娘は幸せな結婚をし、毒母から逃れるわけですが、自らは妊娠しても堕胎し、母になることを拒絶します。
 自分が実母のような母親になって子供を支配しようとするのではないかと心配だからです。

 文章は少々雑ですが、内容の面白さから、一気に読みました。

 母と娘というのは難しいようです。

 実は同居人も、実母との関係性に苦しんだ一人です。
 言葉の暴力をシャワーのように浴びせ続け、わずか10歳にして自殺未遂を起こします。
 しかしそれは実母の怒りを倍加させるだけでした。
 その後も同居人の存在そのもを否定するかのごとき発言を繰り返します。
 それは社会人になっても続きます。
 社会人になったのだからとっとと家を出れば良いのにと思いますが、毒親は結婚以外で家を出ることを許しません。

 私と一緒になることで堂々と家を出ることが出来たわけです。
 同居人は後に、私を評して、実家からの呪縛を解いてくれた王子様だったと述懐するにいたります。

 しかし私との結婚は、純粋な両性の合意のみに基づいて結ばれた、純粋な愛だったと私は信じています。
 実家を出るための打算的なものだとは思っていません。

 毒親が必ず繰り出すフレーズはあなたのためを思って、です。
 これこそ呪いの言葉です。
 これによってどれほど多くの子供が傷ついているかしれません。

 子供の頃の話だけではありません。
 毒親が生きている限り、毒親との戦いは40年でも50年でも続くのです。

 今の同居人、介護をしているのに、母親から感謝の一言もなく、もっぱら罵倒されているそうです。
 せっかく実家を出ることが出来たのに。

 呪いはまだ続くようです。

 私は両親から愛されて育ちましたから、そのような親子関係は想像すらできませんが、きっと世の中にはたくさんいるんでしょうね。
 自分の子供を信じてください、と言いたいですね。


 


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