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気を感じながら暮らす

からだや自然について思うことなどを気ままに

「思う」ことを力に

2024-12-29 08:51:23 | 透明を観る
 野口晴哉氏のいう「念ずれば現ず」「唯心処現」という言葉は、思っていれば現実になるという意味です。しかしなぜそうなるのでしょうか。
 「思う」とカラダが変わるからです。思った瞬間に、すでにそれに向かってカラダが動き出しているのです。たとえば、出かけるかどうか迷ってダラダラしているときに、「行こう」と決めた瞬間、カラダが出かける準備をします。歩くために必要な緊張をします。つまりもう行動し始めているのです。
 思った瞬間にカラダが変わるということは、その実現にすでに近づいているということです。このように「思った」ことがキチンと反映するカラダを養うことが大事です。こういうカラダをもって、実現したいことを繰り返し深く思うこと。それが上の言葉なのです。

 私はできるだけ「透明を観たい」と思っています。いつもというわけにはいきませんが、思う前に、考える前に、動く前に。その方が自分らしくいられると思うからです。

 今年も拙文をお読みいただき、有り難うございました。
 

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たまには詩でも⑧

2024-12-10 17:47:45 | 
 おそらく20代の頃に作った曲です。2番のサビだけ後になって書き直しました。

【君の小さな手のひらが】

君の小さな手のひらが 曇った窓をあけていく
何時か聴いた風がどこから吹いてきて 君の横顔とあそぶ
この瞬間 君はたしかにここにいて 黄昏の中にとけている
この瞬間 君は風にはならないで 僕の眼の中で眼をとじる
シャララ シャラララ ラララ シャララ シャラララ ラララ
シャララ シャラララ ラララ シャララ シャラララ ラララ

君の小さな手のひらが 明るすぎる空をしめてゆく
何時か画いた風がどこかへ消えて行く 君の髪もゆらさずに
この瞬間 君はたしかにここにいて 僕の時をとめながら
この瞬間 君は僕よりも遥か 遥か遠くをながめている
シャララ シャラララ ラララ シャララ シャラララ ラララ
シャララ シャラララ ラララ シャララ シャラララ ラララ

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たまには詩でも⑦

2024-11-29 21:00:37 | 
ずいぶん前に作った曲です。今回歌詞を全部書き直しました。書いているときに、突然予想もしない言葉が出てきたりして、「オレもまだラブソングを書けるかも⁉︎」と思いました(笑)。
合作者であるGちゃんは、ボーカルに合わせてドラムやジャンベ(アフリカの打楽器)を叩いてくれました。後からリズム楽器を入れるのは難しい作業だったと思います。

【時のオトシモノ】

何の拍子か なじみのキミと 付き合うようになって
いつの間にか ボクの横を キミが歩いている
時の流れる音を聴いたら 忘れていた鼓動だと気づく
ボクの選んだこの道に 傘をさした君がいて ボクの明日で笑う
かなわない夢を すべて捨てて 立ちすくむとき
ただ さわやかな人よ

散歩に出れば 川の流れが ボクに語りかける
形はいつも どんなふうにも 変えられるのだと
時を打ち終えた 後の静寂は 落とさなかった涙のささやき
ボクが忘れたあの話を キミがいつか思い出し ボクにそれを語る
通らなかったあの道を 初めて歩くとき
ただ しなやかな人よ

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「透明を観る」の前後

2024-11-08 08:40:08 | 透明を観る
 明後日(11月10日)のワークショップでは、「透明を観る」の前後で「観察」を行います。「観察」というのは野口整体の技術で、相手の背中を手のひらで触れて観察するというもの。背骨の両側を縦に上から下に指を滑らせます。凸凹していたり、硬かったりするところがあることもあります。ちょっと痺れたり、痛かったりすることもあります。そういう状態が「透明を観る」をすると変わります。だいたい状態が良くなり、指を滑らせやすくなります。初めて参加される人はわからないかも知れませんが、それでも良いのです。
 他の教室で「透明を観る」をしたとき、他の人が観て、背中が明らかに変わっているにもかかわらず、本人は変わったことが自覚できないということがありました。このような鈍い人でも続けていけば自分のからだや他人のからだが少しづつわかるようになります。もちろんからだは敏感な方が健康であることは言うまでもありません。

 「透明を観る」で身心が変化することが実感できれば、日常に取り入れていくようになるでしょう。

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たまには詩でも⑥

2024-11-02 08:03:28 | 透明を観る
 この歌は21歳頃に、友人と私の経験をもとに書いたものです。歌に描いたのは、英語でラブレターを必死に書く友人の姿と、留学中、日本からの手紙がだんだん届かなくなる私の様子です。今回友人のGちゃんと録音するにあたり、2番の歌詞を少し変えました。

【レター 1985】

レター レター イカレタアタマをひねって
便箋の上に 単語をならべるだけ
レター レター お前のよろこぶ顔が
見たいから 遠いお前にエアメール

二年前 ざわめき立つ 人ごみの船着き場
送ってくれたのは やさしい「海の歌」


レター レター 海に落ちているわけじゃない
お前のココロには んー届かない
レター レター 文字が浮かばないのなら
書けないココロを 送ってほしい

夢から起こされて いそがしい毎日
ときどき口ずさむのは あの日の「海の歌」

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