T.NのDIARY

写真付きで、日記や趣味をひとり問答で書いたり、小説の粗筋を纏めたブログ

1508話 [ 「闇の歯車」を読み終えて -16/19- ] 6/25・月曜(晴)

2018-06-24 12:47:35 | 読書

「あらすじ」

「ちぎれた鎖」

 四 (新関は、伊兵衛が顔を見られたおきえを刺そうとしていると確信し

   おきえを囮として伊兵衛を捕まえる)

「きえの鑑定は、どうだった ? 」

 向かい合うと、すぐに新関は言った。芝蔵は今日、近江屋の女中きえを連れて、昨夜、情報に殺された仙太郎の首実検に行ってきたのである。

「違うそうです」

 と芝蔵は言った。仙太郎は、きえが顔を見た若い男ではなかったのである。

「しかし、もう一人のほうの若い男かも知れんのだがな。近江屋の息子の話によると、もう一人は肥えていたというし、仙太郎と身体つきは合う」

 新関は未練そうに言ったが、むろん証拠があるわけでなく、仙太郎は死んでいて確かめようがない。

「それはそれとして、旦那」

 芝蔵が、身体を乗りだすようにして、声をひそめた。

「野郎の考えがやっとつかめましたぜ」

「伊兵衛か」

「へい」

「どういうこったい ? 今日、奴に会ったのか」

「さいで。それも旦那、驚いたことに野郎は今日、向こうから近づいて来やがったんですぜ」

「………」

 新関は険しい顔をした。そして、よし話してみろと言った。

                             

 仙太郎の死体は、昨夜のうちに兵庫屋に引きとらせたので、芝蔵は五ツ半(午前九時)ごろ、きえを連れて行った。

 棺の中に横たわっていた仙太郎という男は、少なくとも胡乱な匂いのする人間だったのだ。だが、そう思った昨夜、早速に殺されるとは夢にも思わなかったことなのだ。

 そういう思案の中で、芝蔵がひょいと後ろを振り向く気になったのは、やはり岡っ引の勘というものだったかもしれない。芝蔵は人ごみの中に、意外な男の顔を見た。それが芝蔵の注意を惹きつけたものの正体である。男は伊兵衛だったのである。

 伊兵衛は、芝蔵ときえのすぐ後ろにいた。馬道通りは混んでいたが、伊兵衛との間には、五、六人しか人がいなかったようである。芝蔵が振りむくと、ほとんど同時に、伊兵衛の顔がすっと人の陰に隠れた。そして、すぐに町角を曲がった伊兵衛の後ろ姿が見えた。

 伊兵衛の顔を見たとき、芝蔵がとっさにきえをかばう姿勢になったのも、やはり岡っ引の勘だったが、このときに芝蔵にひらめくように理解できたことがあった。

 昨夜、芝蔵は伊兵衛の後を跟けた。何度もまかれそうになったが、ついに伊兵衛の行先を突きとめた。伊兵衛が行ったのは清澄町だったのである。伊兵衛は物陰から、四半刻ほど近江屋のほうをじっと眺め、それから冬木町の家に戻った。途中一度も立ち止まらなかったから、伊兵衛の目的が、そうして物陰から近江屋を窺うことにあったことは明らかだった。

 それが何のためか、むろん芝蔵はいろいろと頭をひねった。

 伊兵衛は女中のきえに顔を見られている。そのためにきえを狙っているとも考えられた。そのことも考えて、新関はきえに日暮れから後の外出を禁じている。また、そうではなく、伊兵衛は近江屋から奪った金をそのあたりに隠していて、その場所に異常がないかどうかを探りにきたとも考えられた。あるいは、押し込みの後の近江屋の人の出入りなど、変わりようを見にきたとも考えられた。

 こういう考えを、頭の中で転がしながら家に帰ると、手先が来ていて、芝蔵は新しい事件に巻き込まれ、伊兵衛の奇妙な行動のことを忘れていたのである。

 だが、馬道通りで近づいてきた伊兵衛を見たとき、芝蔵は、伊兵衛がきえを狙っていることをはっきりと感じたのであった。むろんきえには何も言わなかったが、芝蔵はきえを近江屋にとどけるまで、何度も後ろを振り向いて伊兵衛の姿を確かめずにいられなかった。

                              

「きえを刺すつもりだった、と言うんだな ? 」

 芝蔵の話を聞き終わると、新関は念を押し、それから思案するように顎を撫ぜた。

「明るいうちでも、人ごみに紛れて、やろうとすれば、できないとも言えませんよ。そのぐらいのことはやりかねない奴です」

 芝蔵は殺気だった顔になった。

 ―――それにしても危ない橋を渡る。

 と思った。白昼で、しかも女中のそばには芝蔵がついていたのだ。芝蔵の話がほんとなら、あの悪党は珍しく焦りにとりつかれているのかもしれない。

 顔を見られたことは、伊兵衛にとって、やはり重大な手違いだったのだ。だから今も危険を冒して女に接近しようとしている。無論、女を消すためだ。そう考えると辻つまが会い、新関は芝蔵の考えは間違っていない、と思った。女の存在が、伊兵衛の弱点になっている。

芝蔵、いい考えがある。耳を貸せ」

 新関は、身を乗り出した芝蔵の耳に、何か囁いた。

「旦那、そいつは危のうがすぜ。そいつは無理だ」

「危ないことはない。こっちの手配りをきちんとやれば大丈夫だ」

 新関は励ますように言った。

「だが、きえが承知しますかね」

「そいつは口説いてみるしかねえよ」

            

     「五」に続く

 

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