T.NのDIARY

写真付きで、日記や趣味をひとり問答で書いたり、小説の粗筋を纏めたブログ

1500話 [ 「闇の歯車」を読み終えて -9/?- ] 6/18・月曜(曇・雨)

2018-06-17 12:38:12 | 読書

「あらすじ」

「酒亭おかめ」

  (佐之助はおくみと暮らすことになり、金が欲しくて、奥村の家を訪ねる)

 佐之助は今朝あったことを思い出していた。暁のぼんやりした光の中に浮かんだ、女の白い胸が、心をしめつけてくる。妙な成行きになったぜ、と笑い捨てる気になれなかった。震えながら身体をゆだねる女に、哀れみが募る。

                                   

 土間に倒れたおくみは、その夜から譫言を言うような高い熱を出した。その晩は、夜っぴいて水で額を冷やし、翌朝、佐之助は医者を呼んだ。診たては風邪だったが、医者は楽観していないようだった。眉をひそめて、非難するように佐之助を見た。

「少しこじれているな。なぜもっと早く呼ばなかったかな」

「………」

「薬を飲めば、一日、二日で下がるかもしれんが、そのあとしばらくは動かしてはならん。この家は、あんた一人か」

 医者は危ぶむように言った。すぐ薬を調合するという医者について行って、薬をもらうと、高い金をとられた

 薬を飲ませるときだけ、おくみは目ざめたが、飲み終わると、またこんこんと眠った。

 ………。

 医者の診たては正しく、おくみの熱はなかなか取れなかった。高い熱は丸二日ほどでひいたが、今日は気分がいいから、と一刻ほど床の上に起きていると、そのあと必ず熱が出た。粥しか欲しからず、おくみは痩せた。眼が大きくなり、どちらかと言えば可愛い顔立ちが、凄艶な感じになった。

                            

 おくみの熱がすっかり治まったのは、昨日になってからである。昨日の夜に入っても熱が出なかった。

 淡い気持の動きだったが、おくみに惹かれていた。十日近く病気を看取っている間に、情が移ったようだった。

 今朝、佐之助は薄暗いうちに目覚めた。それが、隣の茶の間から聞こえてくる、きれぎれなすすり泣きの声のせいだと気づくまで、しばらく間があった。

「どうしたい ? また、ぐあい悪いかね」

 佐之助が顔を覗きこむと、おくみは黙って首を振った。

 ………。

「及ばずながら力になろうじゃないか。なに、あんたさえよかったら、このままずっとこの家にいてくれてもいいんだ」

「そんなことは出来ません。お世話になった上に、そんな………」

「俺はいてもらいたいんだよ、おくみさん。あんたが病気の間、俺はあんたのことだけ考えていた。………」

「………」

「多分あんたを好きになったのだ、おくみさん。こいつはいけないことかね」

「抱いて」

 不意に手をさしのべて、おくみが言った。

「しっかり抱いてください」

 佐之助が抱くと、おくみは佐之助の胸や頸に顔をこすりつけた。おくみは震えつづけていた。

                            

 小名木川の岸を歩きながら、佐之助はおくみという女とそうなったことを後悔していなかった。そう言えば、はじめから気がかりな女だったのだ、という気もしてくる。それにしても金がいる。

 佐之助は少し足を早めた。奥村の家を小路から入っていく。佐之助の気分はもう仕事に踏みこんでいた。

 奥村は御家人だったという噂もあった。しかし、奥村がやっていることと言えば、佐之助のような男を使って、人を恐喝したり、無慈悲に貸金を取り立てたり、人を誘って不具にしたり、もっと怖い仕事が含まれているとのことなのだ。

「じつは、仕事がありましたら、分けて頂きたいと思いやして」

「仕事はいつでもあるさ」

 少し固くなって口を切った佐之助に、奥村は歯切れのいい江戸弁で答えた。

「どうだ、お前さん。人を殺めたことがあるかね」

「いえ、まだですが」

「一度やってみるかね。手当は十両だ」

「………」

「やってみるかね」

待ってください。殺しは、あっしの性に合いません

「………」

 ぴたりと奥村は口を噤んだ。

 じっと佐之助を見据えている。奥村の視線が、身体を突き刺してくるのがわかった。佐之助は、これまで覚えたことのない恐怖が、心をかすめるのを感じた。

「それでは、ごめんこうむります」

 佐之助は漸く言った。

                   

      「四」に続く

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