T.NのDIARY

写真付きで、日記や趣味をひとり問答で書いたり、小説の粗筋を纏めたブログ

1773話 [ 「満願」を読み終えて 3/? ] 1/23・木曜(雨・曇)

2020-01-23 12:04:30 | 読書

 [ あらすじと登場人物 ]

「夜警」

 4. (「弟・浩志は人質を守ろうとして発砲をする人間でない。

  当時のことを隠さず話してくれ」、と兄の隆博が柳岡に迫る )

 警察葬のあと、俺は川藤の遺族を訪れた。

 父親代わりの兄の川藤隆博が迎えてくれて、挨拶された。

 線香をあげたあと、兄さんに挨拶を返した。

「立派な警官でした。凶暴な犯人でしたが、川藤君のおかげで、人質は助かったし、私たちも助けられた」と。

 しばらく無言だったあと、隆博が口を開いた。

「俺はあいつのことをよく知ってます。あいつは警官になるような男じゃなかった。頭は悪くないんだが、肝っ玉が小さい。そのくせ、開き直ると糞度胸はありましてね……。

 あいつは、銃が好きだった。銃を撃ちたくて海外旅行に行き、戻ってくれば早打ちの自慢ばかりするような奴です。銃を持てるからっていう理由だけで警官になったんじゃないか。

 ……だから、人質を守ろうとして発砲したなんて話は違う。そんな立派な死に方は、俺の弟がするもんじゃないんですよ。

 だからねあの日に何があったのか、この俺に全部話しちゃくれませんか」

 遺族に現場のことを話すのは論外であることは、俺は知りぬいていた。しかし、俺は、三木のような死に方をさせたくなかったので、川藤が警官に向いていないことはわかっていながら、俺の保身のために、それを責めずにいた。

 本来なら、お前の性格では現場に出たとき危ないぞと、ぶん殴ってでも教えていなければならないのだ。

 俺もまた、警官には向かない男だったのだ。俺も辞めよう。そう思うと、あの日の出来事がまざまざと甦ってくる。

「あの日は……。朝からおかしな事が続いた」

 俺は話し出した。

 田原美代子が、旦那の勝のことについて午前中に相談に来たこと。勝の様子がおかしいことは交番もわかっていたが、「最近、何もしてなくとも、度々、浮気しているだろうと言うようになったし、刃物も買った」と通報してきたこと。

 徘徊老人を探しに出たこと。スーパーマーケットでの事故。迷子の中学生。常連からの緊急性の低い通報。

 そして、話は、同日の11月5日午後11時49分に田原美代子から署に通報があった事件に続く。

 

5. (川藤が撃った拳銃弾は勝に命中したが、

 川藤もまた、勝が突き出した刃物で首を切って血が噴き出した)

 俺の「防刃ベストを着けろ。急げ」の指示を受け、署からの連絡に従って3人は田原美代子の自宅へ向かった。

 自宅から美代子の悲鳴が聞こえる。

 本部に判断を仰ぐ。

 本部から、応援を送るの連絡を受けたが、すぐに突入しようという川藤、そして、勝が刃物を持っているという情報から急を要すると判断し、梶井、川藤、俺の順で玄関に入る。

「助けて、ここよ」の声に、美代子が庭にいることが分かり、室内から川藤、梶井、俺の順で庭に出る。月明かりのなか、勝が美代子の首に刃物を当てていた。

 俺は説得を試みた。勝は落ち着いてきた。

 しかし、そのとき、いきなり川藤が「緑1交番だ」と叫んだ

 その一言で勝は豹変した。

「緑1 ?  貴様か ! 」

 短刀を美代子の首から話す。

 気弱そうですらあった顔は一変し、落ち込んだ眼窩の奥の狂暴な目は、およそ正気とは思わなかった。

「貴様が美代子を ! 」

 突っ込んでくる。

 俺は、縁側から飛び降りる。梶井は警棒を構え、一歩下がる。勝が短刀を突き出して川藤に向かう。梶井の体が邪魔になり、その先ははっきりとは見えなかった。

 そのとき、銃声が続けて聞こえた。だが勝は止まらない。短刀が伸びる。

 直後、勝の体がぐらりと傾き、突進の勢いそのままに、膝から崩れ落ちるように転がる。

「確保 ! 」

 俺はそう叫んで、倒れた勝に覆い被さり、短刀を掴んでいた右手を押さえ込む。

 川藤は手で自分の首を抑えようとするが、指のあいだから血が噴き出る。梶井は川藤を介抱する。

 応援のパトカーが来た。そのあと、10分ほどして救急車が来た。

 

6. (川藤は当日午前、兄に「とんでもないことになった」とメールした。

 そして、勝つから刺されたとき、「こんなはずじゃなかった」と言い、

 「上手くいったのに」と繰り返した)

 ここで、俺の回想話は終わり、線香も燃え尽きていた。

 兄の隆博はそのまま目を閉じている。

  ◇

 俺は二日ほど様子を見て、美代子が落ち着いたころ合いを見計らって事情聴収に行った。

 あの日、美代子はいつもの通りバーのホステスの仕事に出かけた。午後11時半ばに店が閉まり、家に帰ってすぐ、夫に襲われたという。

 緑1交番の名を聞いたとたんに、勝が態度を変えたのは、美代子の浮気相手が交番の警官だと思い込んでいたからだろう。

 ―――美代子が本当に警官と浮気をしていなかったかについては、内偵が入った。結果はシロだった。

 そもそも川藤が緑1交番に配属されたのは、事件の1か月前に過ぎない。

  ◇

 瞑目して石の様になっていた隆博が、ゆっくりと目を開ける。

「柳岡さん。いくつか、聞かせてもらっていいですか」と言って、俺が頷くと、まず、「最後に、あいつは何か言いやしなかったですか」と訊ねた。

 最後まで、川藤はたいしたことを言っていない。

「『こんなはずじゃなかった』と言って、そのあと、『上手くいったのに』、と繰り返していました。『上手くいったのに』と……」

 隆博はその言葉を何度も呟き、「何のことだと思いますか」と再度訊ねる。

「射撃のことでしょう。川藤が撃った弾は、たしかに命中していました。川藤はおそらく田原を止めたと確信したはずです。しかし、田原は止まらなかった。まさか自分が死ぬとは思わなかった。そういう意味でしょう」

「新聞じゃ、あいつは5発撃ったと書いてありました」

そうです。4発が当たって、そのうちの1発が心臓に当たっていました。1発は当たらず、庭に落ちていました

「と言うと」

「空に向けて威嚇発砲したんでしょ。その弾が落ちてきた……」

 そう答えたが、俺自身も威嚇発砲する川藤を見ていないのである。

 ………俺自身、ひとつわからないことがある。

 田原家に突入したとき、川藤は警棒を手にしていた。これは憶えている。しかし、田原が襲って来たとき、川藤は間髪入れず発砲している。いつの間に拳銃に持ち替えたのか ?

 ただ、川藤に拳銃を使いたがる癖があったことも間違いない。スナック「さゆり」の一件を思いだせば、頷けないこともない。

 隆博が携帯を出してきた。

「実は、柳岡さん。あの日、弟からメールが届いたんです」と言って、そのメールを見せた。

 ……とんでもないことになった。

 文面はそれだけだった。受信時刻は、11月5日、午前11時28分。

「あいつがメールを出すところに、気づきませんでしたか」

「この時間はパトロールに出ていました。川藤は交番でひとりだった」

 隆博は、あいつが俺に「とんでもないことになった」というのは、大体ろくでもないときで、俺に尻拭いをしてくれと頼むときですと言う。

「では、あの日も、あんたが」と訊ねると、隆博はかぶりを振って、携帯を家に忘れて出かけたんで、メールに気づいたのは遅くなってからで、夜になっていたと答え、「柳岡さん、何か心当たりはありませんか」と訊ねられた。

 しかし、俺は何も言えなかった。

 だが、隆博の言葉で、5発目の銃弾はなぜ庭に落ちていたのか、どうやらわかりかけてきた。

 

7. (川藤は、暴発を隠すためには田原勝の精神状態を利用して発砲すればいいと考えた)

 交番で、俺は、ただ川藤に起きた「とんでもないこと」について考え続けている。

 11月5日、工事現場の誘導員のヘルメットに当たったのは、何だったのだろう。川藤は「車が撥ねた小石だ」と、あいつはなにか強調して言い続けていた。

 いまの俺には、それが何だったか分かる気がした。

 拳銃弾。

 ひとりで交番にいた川藤は、拳銃を触っていたのではないか。そして、何かの拍子に拳銃を発射してしまった。

 依願退職では済まないどころか、おそらく訴追される。川藤は兄に向かってメールを打つ。―――とんでもないことになった。だが返信はない。

 書類箱の鍵をかけ忘れたとき、ひとりで警邏に行くと主張したように、川藤は失敗を隠すことを考えた。

 撥ねてきた小石を探すようにし、幸運にも弾丸を見つけることができた。だが問題は返却だ。

 そして辿り着いた結論は、暴発を隠すためには発砲すればいい、ということではなかったか。

 川藤は田原勝に電話をかけた。電話番号は相談履歴に載っている。そしてこう告げる。

 ―――奥さんは浮気している。相手は緑1交番の警官だ。

 田原はもともと、かなり不安定な精神状態にあった。得体の知れない電話を笑い飛ばすことはできない。事は上手く運んだ。田原は帰宅した美代子を襲い、美代子は警察に通報した。

 本部の応援を待とうと仄めかした梶井に対し、突入を主張したの川藤だった。

 川藤は田原家の屋内の捜索のどさくさに紛れて拳銃に持ち替え、勝を探し、先頭に立つ。

「諦めろ。緑1交番だ」と言って勝を興奮させ、弾丸を一発、足下に落として上から踏みつける

 すべては一瞬の出来事だった。

 しかし、川藤は一つ大きな誤りを犯した。人間の執念を甘く見たのだ。

 短刀で頸動脈を切り裂かれ、全身の血を失っていく中、川藤は呟き続ける。

「こんなはずじゃなかった。上手くいったのに。上手くいったのに……」

  ◇

 隆博は、おそらく弟が何をしたかを気づいているだろう。

 俺もまた、「自分も警官に向かなかった」と、警察を去ることを予感していた。

 

       「夜警」終  「満願」に続く

 

 

 

 

 

 

 

 

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