T.NのDIARY

写真付きで、日記や趣味をひとり問答で書いたり、小説の粗筋を纏めたブログ

1774話 [ 「満願」を読み終えて 4/? ] 1/26・日曜(雨・曇)

2020-01-26 10:59:45 | 読書

 [ あらすじと登場人物]

「満願」

 「登場人物」

 ◎藤井

  主人公。学生時代、鵜川家に下宿していた。弁護士になる。

  作品は第一人称<私>で記述。

 ◎鵜川妙子

  藤井が学生時代に下宿していた家の奥さん。

  藤井が弁護士になってから、貸金業・矢場を殺害して8年の刑を受ける。

  藤井が妙子を弁護をする。

   公判時代の各章では、妙子を敬称を付けずに記述し、

   主人公と対話の各章では、妙子に「さん付け」して記述している。

 ◎鵜川重治

   妙子の夫。先代からの畳屋を営んでいる職人。妙子との二人暮らし。

   藤井に2階を下宿させていた。

 ◎矢場英司

   妙子に殺害された金融業者。55歳で、貸金業・回田商事を営んでいた。

 

 「あらすじ」

1. (殺人事件物語の始まり)

 鵜川妙子の裁判は、私が弁護士として独り立ちしてから初めて取り扱った殺人事件でした。

 3年がかりで控訴審まで進んだが、被告人・妙子の希望で控訴を取り下げたことで、懲役8年の一審判決で確定した。

 私は、もう少し戦う余地があると思ったが、妙子は「もういいんです、先生」と繰り返すばかりで、裁判を続けることを許してはくれなかった。

 私は中野に自分の事務所を構えて10年になる。

 昭和61年3月のある日、その「藤井弁護士事務所」に、出所した妙子から待ち侘びていた電話が、午後1時ころ入った。1時間ほどで伺うとのことであった。

 未決拘留分を差し引き、彼女は5年3か月で満期釈放になったのだ。

 私は机に戻り、今朝から何度かめくっていた、事件の経緯、裁判の経緯、検察の主張、私の主張、そして、被告の言葉などを綴った黒いファイルに指をかける。

 以下、そのファイルをめくりながらの回想である。

 

2. (奥さんが気配り利できる鵜川家に下宿する。

  夏、西瓜を頂いたときに、床の間 に家宝の掛軸がかかっていた)

 私が20歳のとき、昭和46年冬、下宿先が火事に遭い、新しい下宿先に先輩から鵜川家を紹介された。

 鵜川家の玄関先で迎えてくれた奥さんの妙子さんは、当時27歳か8歳だった。

 下宿代は、近辺の相場から見れば安くはなかったが、二階の二間を借りていて、食事付きで申し分なかった。

 鵜川家に初めて行った日、主人にも会えたが、重治は、みすぼらしい私を一瞥し、家に上げるのも不快だという内心を隠そうともせず、家賃を毎月20日に支払ってもらうことだけ念を押した。

 下宿を始めると、重治はとにかくいい顔をしなかったが、妙子さんは気配りができて、私の勉強は捗った。

 夜中に二階でひとり根を詰めていると、妙子さんがそっと夜食を持って来てくれて、話を聞いてくれ、それが私の大きな励ましになった。

 だが、重治の稼業の評判は良くなかった。

 先代から懇意にしてくれている常連の客が阿漕な商売をするもんでないと怒っていることも少なくなかった。おまけに中古の畳まで扱うようになり、しかもそれを新品と偽って売ろうとする魂胆も見えていた。

 そんなことから家業は、私が下宿していた2年の間だけで、みるみる左前になっていった。

  ◇

 夏になると、鵜川家の二階は堪えがたいほど熱くなった。

 学校は夏季休暇に入っていたが、私は郷里に帰らず、奨学金で足りない分を日雇い仕事で一気に稼ぎ、夜と休みの日は、がむしゃらに勉強した。

 仕事が休みのある日、妙子さんから「藤井さん。冷たい西瓜を切りますから降りてきてください」と呼ばれた。重治は留守だったが、遠慮なくご馳走になった。

 私は、普段は何もない床の間に古い掛軸がかかっていることに気がついた。

 掛軸には、襤褸を纏った男が描かれていて、男の上方には崩し字で何か書かれていた。

「あれは」と訊くと、妙子はどこか陶然とした目を掛軸に向けたまま答えた。

「私の実家の先祖が島津のお殿様から頂いたもので、賛はお殿様の直筆で、たいへん珍しいものだそうですので、こうして年に何度か虫干しをしています。我が家の家宝ですよ

 やがて私をまとめに見据えると、「藤井さん、よく勉強なさいね。学があるというのは大きなことです」と何度も言った。(第7章の終わりの文章に関連)

 

3. (妙子に殺害された矢場は女や骨董が欲しいために金を貸すことがあった)

 妙子が矢場英司を殺害したのは、昭和52年9月1日の午後9時から11のあいだと推定されている。

 矢場は金融業者で、腹を鋭い刃物で刺されたことによるショック死とされている。

 私が弁護士として調査していく中で、矢場は、あまり評判はよくない男だった。

 貸金業が金を貸すのは利息で儲けるためであるが、時折、欲しいものを手に入れるために金を貸すことがあったという趣味の骨董を騙し討ち同然に取り上げることもあれば、好みの女に卑劣な取引を持ちかけることまであったという噂も聞いた。

 警察は矢場への借金の返済が滞っている人物を探すことで、鵜川の名前に行きついた。警察は鵜川重治に話を聞くつもりだったらしいが、重治は不摂生から当時体を壊し入院していた。最初の事情聴取で妙子の振舞いに不審を覚えた警察は1週間とかからないうちに家宅捜索に入った。

 妙子が矢場の財布に手を付けていなかったので、強盗致死や同殺人の嫌疑はかけられず、殺人罪と死体遺棄のみで起訴されることになった。

  ◇

 私のファイルには証拠品の写真も綴じ込まれている。そのほとんどが、私にも見覚えのあるものだ。

 凶器に使われた文化包丁は、妙子がいつも台所で使っていたもの。死体を運んだリアカーは重治が仕事に使っていたもの。客間の押し入れに隠されていた座布団、床の間から押収された掛軸、違い棚にあった達磨の背には科学鑑定で判明された血痕の飛沫が残っており、殺害の場所が鵜川家の客間だったと証明するのに使われた。

 その達磨には目が片方だけ入れられている。するとこれは、妙子が私のために買い自分にも買った達磨だったのかもしれない。

 

4. (妙子さんのお陰で最後まで下宿代も決まった日に支払うことができ、

 妙子に買ってもらった達磨のお陰もあって司法試験も学生時代に合格した)

 大学4年になる年だから、鵜川家に下宿してから2年目の春のことである。

 当時私は、精神的に追い詰められていた。ひたすらに勉強しようとしても将来への不安から逃れられず、机に向かう時間ばかりがいたずらに長くなって成果には乏しいという悪循環を繰り返していた。

 そんなある日、妙子さんが買い物に行きたいが、荷物が多くなりそうなんで一緒に出掛けてくれないかと言われ、翌日買物の供をした。

 途中、私は白木蓮の花のトンネルも気づかず、判例や学説を頭からこぼさないようにぶつぶつ呟きながら歩いていた。

 妙子さんから「何か焦っているようですが、困ったことがあるのですか」と訊ねられて、私は悩みを打ち明けた。

 僕の実家は千葉で漁師をやっているんだが、最近は不漁で、これまでのように学費を出すことはできないと言ってきているのです。と言って、大学を出てからも勉強するような余裕はなく、司法試験を一発で受からないといけなくなってしまっている。しかし、司法試験は5年10年の勉強は当たりまえで、学生のの時分に合格というのは、伝説のたぐいなのです。

 その日は調布深大寺の大祭で多くの人が出ていた。そこの達磨市で、妙子さんは私の願掛けのための達磨を買ってくれて、自分のも購入した。

 妙子さんは何を願掛けしたのか、私は敢えて訊きはしなかった。

  ◇

 ご利益があったのかどうかはわからないが、5月の択一試験は突破できた。

 片目を入れた達磨は本の山の頂上、机を見下ろす位置に鎮座させた。

 だが、金の悩みは思ったよりも早く身に迫ってきた。6月の仕送りが遅れるというのだ。運の悪いこととに私も試験に備えて日雇いには出ておらず、金がすっかり滞ってしまった。

 毎月20日の下宿代だけはどうにもならない。仕送りは10日もすれば届くというので、それまで待ってもらうよう頼みこまなければならなかった。下宿代だけは、主人の重治に直接渡すことになっている。

 その日、妙子さんが出かけたので、居間にいた重治にお邪魔しますと声をかけたが、その後、下宿代の話を切り出すことはできなかった。

 重治と話ができる機会は、それっきり見つからなかった。それでやむを得ず、私は妙子さんに相談することにした。

 重治が出かけた日、私は妙子さんに「半月ほどなんとか貸してもらえないか」とお願いした。

 妙子さんは、「こちらへ」と客間に入って行った。床の間の違い棚には春に買った達磨が置かれていた。

 違い棚の下には地袋がしつらえてあり、妙子さんはその前に座る。そして、「これで代わりに目をつむっていただきましょう」と言って達磨に後ろを向かせた

 地袋から箱を取り出し、中にあった封筒から1か月の下宿代分を取り出して私に差し出す。

「用心金ですが、これを主人にお渡しなさい」と言われ、私は幾重にも驚いた。妙子さんが臍繰りをつくっていたこと。その隠し場所を私に見せたこと。もちろん、その金を貸してくれたことに。

 私は有り難く押し頂き、その金ですぐに下宿代を支払い、そして、仕送りが届いたその日に返却した。その翌日には論文試験にも合格した。

  第5章以下に続く

 

 

 

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