blog Donbiki-Style

筆者:どんびき(地域によりカエルの意)

この土日

2019-01-07 20:40:05 | 休日
てっきり4日からだと思っていた仕事が、実は今日7日からということを知り、4日はなんだか気が抜けてグッタリするばかりであった。
しかしこの土日、つまり5日と6日はもう休日などしばらくないかのごとくに名古屋市内を中心に動いてみた。
もちろん実際にはあるが、続けての休みとなると正月休みが長かった分しばらくご無沙汰してしまうからである。

まずは5日。
午前中は雑事を片付けるのに時間を使ったが、午後からは昨年出会った美人ドラマーさんの「路上始め」ということで、彼女のホームグラウンドである栄の噴水前に行った。



動画を載せられないのが残念だが、年明けからエンジン全開、何と言っても本人がいちばん楽しそうなのが見ていて気持ちがいいのである。
乾燥が激しい季節、どの時点かは分からないが手にヒビ割れを起こしてスティックに血が付くほどの大熱演であり、ドラマーの端くれとしてもただただ拍手を送るのみであった。



路上ドラムは17時まで、少し周辺も暗くなり、写真撮影がてら散歩することにした。
やはり栄の真ん中となればテレビ塔とオアシス21であるが、案外2つが同時にきれいに収まるアングルがなく、やっとこさで押さえたのが下の写真。



やはり最後はオアシス21の屋上に行き、絶好のアングルからテレビ塔と名古屋市内中心部を撮って5日は終了。





6日はまず、わざわざ高蔵寺に出て、愛知環状鉄道で八草まで。
ただ「リニモ」(愛知高速交通)に乗るためだけに回り道し、終点の藤が丘からは写真の地下鉄一日券(600円!)で気ままに動くことにした。



東山公園で下車し、一時は東山スカイタワーを目指したが、駅から案外遠いのと当日の一番の目的地が別にあったので途中で取って返し、今度は覚王山駅で下車。
当日の目的地である「覚王山日泰寺」にやって来た。
日泰=日タイ、つまりタイ王国とのつながりが深く、超宗派の国際寺院というある意味最強かつ珍しい場所である。





私が前に在籍していた会社では、同国から技能実習生を複数名受け入れていて(今もいると思う)、同じ部署のベテラン社員が企画して彼らを日泰寺に連れて行ったことがある。
中に入ると、同国ゆかりの仏像などが多くあり、彼らにとっては素晴らしい思い出となったであろう。
直接の接点はあまりなかったが、ハードな毎日にも笑顔を絶やさない立派な若者たちの姿は今思い出しても頭が下がる思いである。
やがては母国に帰り、それぞれの目標に向かって羽ばたいていくことを祈念せずにはいられない。

その後は食事や買い物などで一日券をフルに使い倒し、最後は暗くなってもう人影もなくなった名古屋港へ。
オッサン一人で来るところではないが、来たかったのだから仕方がない。





普段は日曜の夕方ともなれば月曜からの仕事に備え始めるところだが、昨日は現実逃避か悪あがきか、自宅に帰るのはずいぶん遅くなってしまった。
仕事始めでいきなり失敗などはなかったが、当面は日曜=休息となっていきそうなので、正月休みの終わりを目一杯楽しめたことでヨシとして、気持ちを切り替えて毎日の仕事にあたっていきたい。

仕事始め!のはずが

2019-01-04 20:41:55 | 日記
以前に渡されていた1月の勤務予定表から、1月4日からバッチリ出勤すると年末から思い込み、今朝勇んで会社に出かけていったら鍵も開いていなかったし、誰か来る気配もない。
どうしたものかと思い同僚の方に電話したら、私は今日からではないという返事であった。
予定として決まってはいたが、私には正確な情報が伝わっていなかったようである。
渋滞を考慮し、まだ正月も3日というのに午前中に実家を出て無事に自宅に着いたのはいいが、実際はもう少し実家にいてもよかったということになった。
職場と自宅はごく近く負担もへったくれもないから、すぐに自宅に戻ってゆっくりと休むことにした。
ある意味もらった休みなので大切に使い、本来の初日には元気に出て行きたい。

急にできた休みとなると、スポーツ観戦のような事前にチケットが必要な催しなどには行きにくく、かと言って1日や2日では遠出もできないし、第一心の準備ができていない。
どう使おうかは今この時間も含めて考えているさなかであり、毎度おなじみのトクトクきっぷ(JR)で気ままに動いてみるか、愛車を駆って当地の年始を楽しむか、あるいはたとえ近場でも未知の行程にチャレンジするか、選択肢はいろいろある。
JRプランなら日本人の心のふるさとである伊勢神宮に久々に行ってみるのもいいし、車なら名古屋市内の混雑は避けこれまたおなじみの東美濃を流す一日でもいい。
未知の行程となれば、乗り鉄趣味的にはまだ「リニモ」に乗ったことがないから、リニモに加えて地下鉄の一日券をフルに使って、まだあまり行っていないエリアに足を伸ばすとか、考えられることはそのあたりである。

私の初日とは別に、明日から本格的に動き出す部署も一部ある。
自分に与えられた役割以上のことをする必要もないしできるわけでもないので、申し訳ない思いを抱く必要まではなくても、また日々大変な仕事に向かっていく人々のことは頭には留めておきたいし、今は現場を支えるのが役割である以上、人の分け隔てなく敬意を持って接することは今年も引き続き忘れることなくいきたい。

幸い、年末の忘年会に参加したことでわずかながらコミュニケーションが深まった人が増えた。
まだまだ仲間と認められるには時間が短すぎるから、ある意味何でも屋としていろいろな場所に顔を出し、必要ならば「はけ口」にしてもらっても構わないくらいに思っているので、なるべく「話しかけやすい人」と思ってもらうことが重要になっていくのかもしれない。

なお、忘年会では、私は平和な席にいたものの、一部では「飲ませる」ノリが出ていて、若い社員が標的になって苦しそうな顔をして自席に戻ってくるのを何人も見たし、飲みすぎて足元がおぼつかなくなる人も数人出た。
もう平成も終わろうとしている今、昭和の雰囲気を引きずった体育会系的な飲みの強要がいまだに幅をきかせ、責任ある企業として重篤な事態に対する考慮がその場で全くなされないというのは、さすがに前時代的とのそしりを免れないと思う。
「俺たちは所詮◯◯屋だから」などという言い訳はもはや通用しないし、その騒ぎの一部始終は周囲の無関係の人間にも分かってしまい、「どこの飲み会?ああ、やっぱりね」などということになる。
自分たちの業界の社会的な評判を上げたかったら、数少ない宴会の席でも一定の「品」を保つべきであるが、それがかなわない、もしくはそれを望む気すらないのであれば、残念ながら今後は個人的には参加は難しい。
一つの業界の一つの会社の体質などという大それた物を私ひとりで変えられるものではないからだ。

私の勘違いか、連絡の不行き届きかはこの際どうでもいいが、今年の始まりがスッキリ切れなかったのは残念だった。
せっかく地元の神社で大吉を久々に引いたので、何が何でもいい年にしてやると、今日のようなことがあっても固く誓う金曜の夜であった。

謹賀新年

2019-01-03 22:08:29 | 休日
新年明けましておめでとうございます。
本年も当ブログをよろしくお願いいたします。

年末の振り返りを29日の日中に書いたので、それ以後今日までのあれこれを書き連ねたい。

昨年末は29日で一年の憂さを一応は晴らし、30日の朝に地元に帰省した。
家族全体として乗り越えるべき課題はあっても、大きな病気や怪我に悩まされている者はいない。
私を含めて、100%平穏無事でいることの難しさを感じ、しかしただ一人遠くにいる私が家族にできることは多くない。
それとて、もし働き先を地元に求めることにこだわり続けていたなら仕事探しは年を越えていたかもしれないので、今はすでに新しい環境で2ヶ月を経過しているという奇跡に感謝し、できることを精一杯やっていくことしか安心してもらえる手立てはない。

30日はいったん実家に立ち寄り、その日の夜は飲み納めで富山市内の「仲間」のところに出て行った。
今後、帰るのが何ヶ月に一度になるのか分からないので、少ない機会は束の間のリラックスと楽しみを求めたい。
幸い、半期に一度のような客であっても、下衆な話で大笑いできて、しかし身の上の心配もしてくれるなど、相変わらず素敵な仲間でい続けてくれていることが本当に嬉しい。
今はアウェイ感は感じていないが、引き続きアウェイの地で生活することには違いなく、当地の貴重な仲間ももちろん大切にしていかなくてはならない。

外出らしい外出は30日だけで、あとは文字通りの骨休めに時間を使った。
大晦日のテレビは代わり映えせず、紅白も好きなサザンが大トリで2曲もやるというのにそれも見ないで眠りこけていて、年明けちょうどくらいになぜか目が覚め、なぜかまだ起きていた両親におめでとうを言ってまた寝た。

元日は型通り、我が家オリジナルの雑煮をいただいて、お年玉を配り、それから初詣。
他に特に寄り道もせず、実家で妹家族も交えてのんびりと過ごした。
彼女自身、母親としての悩みも多い境遇にあっても、私と違っていつも明るさを失わない姿には心打たれる。
私が抱えている問題など自分さえしっかり生活できていけば解決できるもの、少々のことで思い悩んでいる場合ではない。

世の中的には、年明け早々都心を暴走する大馬鹿者が現れ、北陸新幹線がトラブルでUターンを直撃、今日になって熊本県で大きな地震など、穏やかではない出来事が起きている。
年をまたいでは、わが国と隣国との関係悪化が懸念され(筆者は断交やむなしの立場だからどうでもいいが)、経済的には米国が中国を締め上げるだけ締め上げて、もはや外への暴発が心配という状況だから、我が国もくだらない主張は一蹴して一刻も早く「その時」に備える方向で動いてほしい。

学生スポーツの世界では、箱根駅伝では青山学院大が5連覇ならず、ラグビーでは帝京大が10連覇ならずとなった。
しかし、毎年選手が入れ替わる学生チームが長年勝ち続けたことの偉大さは決して色あせるものではない。
青学にしても帝京にしても、学校をあげてのバックアップと、合理的な考えを持ち決して選手を責めない新しいタイプの指導者の融合がなければこれだけの実績を残すことはできなかったであろう。
昨年はスポーツ界のパワハラも大きな問題となったが、平成も終わろうとしている今、昭和の価値観を残したままの競技団体はいずれの後に時代に取り残され衰退を迫られることになろう。

2019年は、前年ほどの大きな動きまではなくとも、決して満足はしないで、変化を恐れずに進みたい。
旅と歌を愛する不良中年が、今年は旅はあまりできないかもしれないから、歌も含めて大きなくくりでの「音楽」をもっと生活の中に組み込んでいけたらいいなと考えている。