blog Donbiki-Style

筆者:どんびき(地域によりカエルの意)

仕事始め!のはずが

2019-01-04 20:41:55 | 日記
以前に渡されていた1月の勤務予定表から、1月4日からバッチリ出勤すると年末から思い込み、今朝勇んで会社に出かけていったら鍵も開いていなかったし、誰か来る気配もない。
どうしたものかと思い同僚の方に電話したら、私は今日からではないという返事であった。
予定として決まってはいたが、私には正確な情報が伝わっていなかったようである。
渋滞を考慮し、まだ正月も3日というのに午前中に実家を出て無事に自宅に着いたのはいいが、実際はもう少し実家にいてもよかったということになった。
職場と自宅はごく近く負担もへったくれもないから、すぐに自宅に戻ってゆっくりと休むことにした。
ある意味もらった休みなので大切に使い、本来の初日には元気に出て行きたい。

急にできた休みとなると、スポーツ観戦のような事前にチケットが必要な催しなどには行きにくく、かと言って1日や2日では遠出もできないし、第一心の準備ができていない。
どう使おうかは今この時間も含めて考えているさなかであり、毎度おなじみのトクトクきっぷ(JR)で気ままに動いてみるか、愛車を駆って当地の年始を楽しむか、あるいはたとえ近場でも未知の行程にチャレンジするか、選択肢はいろいろある。
JRプランなら日本人の心のふるさとである伊勢神宮に久々に行ってみるのもいいし、車なら名古屋市内の混雑は避けこれまたおなじみの東美濃を流す一日でもいい。
未知の行程となれば、乗り鉄趣味的にはまだ「リニモ」に乗ったことがないから、リニモに加えて地下鉄の一日券をフルに使って、まだあまり行っていないエリアに足を伸ばすとか、考えられることはそのあたりである。

私の初日とは別に、明日から本格的に動き出す部署も一部ある。
自分に与えられた役割以上のことをする必要もないしできるわけでもないので、申し訳ない思いを抱く必要まではなくても、また日々大変な仕事に向かっていく人々のことは頭には留めておきたいし、今は現場を支えるのが役割である以上、人の分け隔てなく敬意を持って接することは今年も引き続き忘れることなくいきたい。

幸い、年末の忘年会に参加したことでわずかながらコミュニケーションが深まった人が増えた。
まだまだ仲間と認められるには時間が短すぎるから、ある意味何でも屋としていろいろな場所に顔を出し、必要ならば「はけ口」にしてもらっても構わないくらいに思っているので、なるべく「話しかけやすい人」と思ってもらうことが重要になっていくのかもしれない。

なお、忘年会では、私は平和な席にいたものの、一部では「飲ませる」ノリが出ていて、若い社員が標的になって苦しそうな顔をして自席に戻ってくるのを何人も見たし、飲みすぎて足元がおぼつかなくなる人も数人出た。
もう平成も終わろうとしている今、昭和の雰囲気を引きずった体育会系的な飲みの強要がいまだに幅をきかせ、責任ある企業として重篤な事態に対する考慮がその場で全くなされないというのは、さすがに前時代的とのそしりを免れないと思う。
「俺たちは所詮◯◯屋だから」などという言い訳はもはや通用しないし、その騒ぎの一部始終は周囲の無関係の人間にも分かってしまい、「どこの飲み会?ああ、やっぱりね」などということになる。
自分たちの業界の社会的な評判を上げたかったら、数少ない宴会の席でも一定の「品」を保つべきであるが、それがかなわない、もしくはそれを望む気すらないのであれば、残念ながら今後は個人的には参加は難しい。
一つの業界の一つの会社の体質などという大それた物を私ひとりで変えられるものではないからだ。

私の勘違いか、連絡の不行き届きかはこの際どうでもいいが、今年の始まりがスッキリ切れなかったのは残念だった。
せっかく地元の神社で大吉を久々に引いたので、何が何でもいい年にしてやると、今日のようなことがあっても固く誓う金曜の夜であった。