スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

書簡四十九&哲学と自然学

2017-07-03 19:31:19 | 哲学
 書簡六十九の内容から,ユトレヒトでフェルトホイゼンLambert van Velthuysenと面会したスピノザは,そのことによってフェルトホイゼンに対する従来の認識を改めたということが分かります。そして同時に,この当時のユトレヒトはフランス軍の侵攻によって占領されていたのですが,だからといってオランダ人がフランス軍によって無碍に扱われていたわけではないということも分かります。
 『ある哲学者の人生Spinoza, A Life』では,スピノザがユトレヒトでの滞在中に面会した現地の知識人として,フェルトホイゼンのほかにグレフィウスJohann Georg Graeviusの名前があげられています。スピノザは帰国後にこのグレフィウスに対しても書簡を送っています。それが書簡四十九です。
                                     
 書簡の内容は事務的です。スピノザはおそらく滞在中に「デカルトの死に関する書簡」というのをグレフィウスに貸しました。もうそれを書写し終えただろうから返却してほしいというものです。その書簡自体がスピノザの所有物ではなく,他者から借りたものでした。その人が返してほしいと言っているので,すぐに送り返してほしいというものです。
 おそらく重要な内容を有していたと思われる借り物の書簡を又貸ししたくらいですから,スピノザがグレフィウスに対して信用に足る人物という評価を下していたのは間違いないでしょう。しかし別の見方をすることもできます。
 おそらくグレフィウスはこれに対して何らかの返書を送ったと推測されますが,それは『スピノザ往復書簡集Epistolae』への掲載を見送られています。ここから分かるように,スピノザがグレフィウスに宛てた書簡というのも実際にこれだけであったとは断定できません。このことは考慮しておかなければならないのですが,書簡六十九と書簡四十九とを比較してみたならば,スピノザは同じようにユトレヒトでグレフィウスともフェルトホイゼンとも,あるいはもしかしたらふたりと同時に会見したのですが,どちらに高い評価を与えたのかといえば,フェルトホイゼンの方だったといえます。それが確かにスピノザの評価だったと推測する余地が,これらの書簡と遺稿集Opera Posthumaの編集者の選別の中にあるのは間違いありません。

 まえがきの中の紹介した部分から,スピノザの思想に対する河井の構え方も理解できます。河井はスピノザの思想を形而上学と把握するのではなく,倫理学でもあると把握していることになります。実際に河井はさらに続けて,自然の形而上学と自然学を基礎に据える倫理学の構築がスピノザの哲学の究極の狙いであったといっています。
 こうしたことがスピノザの哲学自体の独自性であるかについては僕は判断を控えます。スピノザの哲学の中のある一部分だけを抽出し,これはスピノザの哲学の独自性であるだろうと考える部分は僕にもあるのですが,河井が論評しているような仕方で,その思想の全体像を構成するその仕方について独自性であるかどうかということは,僕の見識を超越してしまっているからです。要するに僕はこのような観点からスピノザの哲学をほかの哲学と比較しようとするなら,ほかの哲学に対する根本的な理解に欠けているのです。
 一方で,スピノザの哲学が自然学を基礎として倫理学を構築するということを狙いとしていたということについては,全面的には同意しかねます。ただしそれは,河井の見解を否定するという意味ではありません。同意はしないけれども否定もしないです。単純にいっても,自身の主著に『エチカ』と命名したという事実だけをとっても,スピノザは自身の思想を倫理的な側面を有するものと考えていたであろうことは疑い得ないです。また,僕はスピノザは単なる形而上学としての思想よりも,実践としての思想を重視していたとは考えます。このとき,実践というのが倫理的観点を排除してはあり得ないだろうとも考えるからです。ただ,そうした倫理学の基礎に据えられているのが自然学であるという点に関しては,少しばかり釈然としない部分もあるのです。たとえばスピノザは政治論について語る場合にも,いわゆる自然学の方を前提としているのは間違いないと思うのですが,哲学が自然学から発生するのか,自然学の方が哲学に依拠するのかについては何ともいえません。たとえばロバート・ボイルRobert Boyleとのやり取りからの類推では,自然学的な実証実験より哲学的論理性を重視していると思えるからです。
コメント
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