つらいと思う日々に

いたずらにわが身世にふる・・・

とどのつまり

2024-06-26 | Weblog
亦亦まさかの出来事、事件が露呈。大阪、検察のトップである検事正が逮捕された。公にして信頼されるべきところの不実は、法治国家である日本国の乱れ、大企業から政治家まで腐りきった社会となっている。日ごと不正が蔓延る社会構造、もう崩壊している状況にある。何から何まで高騰し続ける様は、お金の価値の崩落に通じる。ただの紙切れになる。無から有を生んだ嘘に塗れた金融支配は、いよいよ消滅する時を迎える。じわじわと忍び寄る負の遺産は、それを作り上げた者を蝕む。悪業悪果は否めない。だから、悪いことはするなと、先人たちは一様に言っていた。
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あっさり角を削ぐ

2024-06-26 | Weblog
自分で調べて、自分で考え、自分で行動する。責任はすべて自分にある。
騙されたとするのは自分の無知、依存から来る「楽」に頼るために起こる。
間違いは、何よりも精神の若さにある。精神の若輩と知り、謙虚に暇なく感謝にして生きるなら、有難き事に有難うと自然に思う。
私達は、何も知らないとして生きていくが、時が経つにつれ、相応に知ることを覚える。吾が心を覚えるとして覚悟という。自分を知る事、「私は私」の頑固一徹にして、寛大さを知る。年老いてこそ。
退き際は大事である。人生に於いては執着こそ苦を作る。苦を造れば、
あの世もそのまま苦となっている。縁起の法であるために。
角の有るもの鬼である。角をもって切り開いてきた人生、寄る年波には鬼とて勝てない。いさぎよく角を削ぎ落して、円くなってこそ円満な人生である。
いつまでもあると思うな・・・。
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これから来る本物の愛の世界

2024-06-26 | Weblog
自らの経験の知識が知恵となる。その経験は、道理に学んだ識であるあるため、
誤りの無い経験である。そのため、1を知ることにより10を知り得る。徳となるのである。体験外の事でも、体験したこのように知り得るのである。道理に学び、経験することに由って道徳となるのである。必然身につく。その識は自身だけが知り得る識、コツである。一人一人違えど、根本は同じ。
この道徳をもっての知識に間違いはない。知識が知恵となって、
マクロ的(巨視的)世界の物事ははかれる。的を得る。
宇宙に関して、ミクロ的(微視的)事物には通用しないが、
驚異的虚視にあると分かる。
「無苦集滅道 無知 亦無得 以無所得」=「苦の集滅道の無くなることが無く、知恵の無くなる事も無く、智恵で得たものが無くなる事は無い。もって
智恵の行為に由って蓄積された生命世界の無くなる事は無い。」
これが道徳を身につけた人の知識、いわゆる知恵である。この知恵の目で見た世界は誤りなく的を得る。だから、道徳は最も大事、大切な事である。
難しく考える理数学を知らなくとも、道徳に由って理解できていく。
世の中には、高所を平気とする人もいれば、暗夜が平気とする人もいる。
咄嗟に対応できる人もいれば、すべてを感じ取り動くことで的を得ている。
考えるな、感じろ❣、ハートは使命としての刺激を受けて生じている。
全ては「愛」である。愛は無償にて愛である。
不思議な事にある不思議な意識、生命エネルギー(魂)である。
宇宙はこれを称賛とし存在している。

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