■平均律 1巻 10番ホ短調と、チャイコフスキーとの意外な関連性■
2011.1.24 中村洋子
紅梅の妖艶な香りが、混じり合ってきました。 もうすぐ、春の訪れです。 「 Wilhelm Friedemann Bach のためのクラヴィーア小曲集 」 (フレーデマン・小曲集)に、収録されています。 平均律 1巻 10番は 41小節でできていますが、 この初稿は、ほぼ半分の 23小節で、打ち切られています。 非和声音で飾られた、ソプラノの旋律が、 まるで、紅梅の香りがまとわりつくように、 綿々と、歌われます。
★蝋梅の、透き通った香りに、
★平均律 1巻 10番 ホ短調・前奏曲の初稿は、
★決定稿である 「 平均律 」 の、前奏曲の前半は、
★それに対し、初稿では、
上声は、 1拍目と 3拍目に、 8分音符の 3和音が、
装飾されることなく、単独で、
ポツリポツリと、置かれるだけです。
初々しいのですが、
素っ気なく、聴こえないこともないのです。
これは、おそらく、バッハが息子やお弟子さんの教育用に、
この初稿を用いて、どのように旋律を装飾するかを、
レッスンしたのだと、私は思います。
★決定稿の 平均律 10番前奏曲は、
バッハによる、“ 模範解答 ”、非常に美しい解答である、
といってよいでしょう。
明日のアナリーゼ講座では、非和声音のいくつかについて、
分かりやすくご説明し、バッハがそれを、どのように使い、
どう演奏したらよいか、お話します。
★一例を挙げますと、前奏曲 10番の
1小節目の和声音 「 E 」 を、
「 E Fis E Dis E 」と、装飾しています。
この 「 Fis と Dis 」が、
「 刺繍音 」 と言われる、非和声音です。
フランス語の 「 broderie 」 の、直訳のようです。
英語では 「 auxiliary note = 補助的な音 」 、
ドイツ語では 「 Nebennote = 隣接音 」 または、
「 Hilfsnote = 補助音 」 とでも訳せます。
楽語の訳は、的をえないものも多いのですが、
この 「 刺繍音 」 は、的確な訳であると思います。
★和声音 「 E 」 を、布地に譬えますと、
上の 「 Fis 」 と、下の 「 Dis 」 を、
刺繍針で、縫うイメージです。
このため、1小節目は、この “ 刺繍針 ” で、
アタックを付けずに、レガートで弾くような、
演奏法が、妥当です。
★しかし、後の小節では、この刺繍音本来の演奏法と、
曲想とが、一致していないところが、あります。
なぜ、バッハはそのように作曲したのか?
それを、講座で解説いたします。
★10番のフーガは、平均律で、唯一の 「 2声 」 フーガです。
テーマ 1拍目の、主和音の跳躍進行と、2拍目、3拍目の半音階進行を、
気持ちよく、 “ 弾き飛ばす ” ように、
演奏したい誘惑に、かられ方もいらっしゃると思いますが、
そのように弾きますと、潤いのない、
カサカサとした曲に、なってしまいます。
★このフーガの和声進行を、ジックリと眺め、骨格を研究しますと、
チャイコフスキーの 「 交響曲 6番 悲愴 」の、
和音進行が、浮かび上がってきます。
★最も、ロシア的、チャイコフスキー的と言われる
「 和音 」 の源泉が、実は、 「 バッハ 」 にあったのです。
明日は、ピアノで、その部分の音を出しながら、
耳と理論とで、実感し、納得していただきたい、と思います。
★また、モーツァルトのピアノソナタ KV310 の、
「 自筆譜 」 を見ますと、
左手の 「 repeated note 」 の和音を、
モーツァルトは、多声部で、感じていることが、
よく、分かります。
2小節目の 「 A H D E 」 の和音を、現在の実用譜では、
ただの 「 一塊の音 」 のように、記譜しています。
★しかし、モーツァルトは、「 A 」と 「 H D 」
「 E 」 の、少なくとも 「 3声 」 で、
捉えられるように、親切に、記譜しています。
これが、何を意味するのか?
バッハの平均律と、どう関連しているのでしょうか。
★モーツァルトも、チャイコフスキーも、
バッハなくしては、彼らの作品が、
生み出されなかった、という、
ごく当たり前の、結論に行き当ります。
( 紅梅、仏さま、お月さま )
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