音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

■ドビュッシー「子供の領分」を俯瞰するとバッハが見えます■

2023-11-30 16:42:04 | ■私のアナリーゼ講座■

■ドビュッシー「子供の領分」を俯瞰するとバッハが見えます■
~張り巡らされた「子供の領分」の motif は、蜘蛛の巣の様に美しい~
   2023.11.30  中村洋子

 

 

 

 


★前回ブログで掲載しました「青柚子」が、黄色に熟し、

初冬の青空に瑞々しく輝いています。


★前回ブログでお約束しました、《ドビュッシーの「子供の領分」

第5曲小さな羊飼いと、フルート独奏曲「Syrinxシランクス」の

motif(要素)を「虫の目」で詳細に観察》しますが、その前に、

ドビュッシー「子供の領分」の本性、本質について、ご説明します。

 

 

 

 

★ドビュッシーの「Children's Corner」につきましては、

当ブログの5月22日、
https://blog.goo.ne.jp/nybach-yoko/m/202305
■ ドビュッシー「子供の領分」第5曲「小さな羊飼い」の源は
「牧神の午後への前奏曲」■~「小さな羊飼い」はわずか
 31小節、しかし一筋縄ではいかない傑作~を書きました。

8月31日には、https://blog.goo.ne.jp/nybach-yoko/m/202308
■【子供の領分】の第6曲「ゴリウォーグのケイクウォーク」は
《異名同音》の技法を使う■~第5曲「小さな羊飼い」と
《異名同音》で緊密に手を結ぶ~をご説明しています。


★それでは「子供の領分」の全体像を、「鳥の目」(鳥瞰図)で見たら

どうなるのでしょう。

結論は、≪バッハの「組曲」と同じ構造、構成である≫という事です。

各曲の関係を、ドビュッシーの「自筆譜」から詳細に検討しますと、

あぁ、ここにも Goldberg Variationen ゴルトベルク変奏曲が!

と、「子供の領分」の自筆譜のレイアウトが、驚くほど、

バッハの「ゴルトベルク変奏曲」をはじめとする鍵盤作品の、

現存する自筆譜や写譜に、似ているのです。


★勿論、平均律クラヴィーア曲1、2巻の影響は多大ですが、

「ゴルトベルク変奏曲」の各変奏曲の規模と、

「子供の領分」の各曲の規模が似ていることも、

自筆譜レイアウトが似ている理由の一つです。


★「ゴルトベルク変奏曲」の自筆譜は行方不明ですが、

バッハ生前に出版された「初版譜」は、バッハ自ら

目を通しており、見事な「レイアウト」の楽譜です。

「似ている」ということは、「ゴルトベルク変奏曲」と、

「子供の領分」のレイアウトを、≪構成する考え方≫が、

「そっくりさん」であるということです。

 

 

 


★それでは layout レイアウトとは何でしょうか?

辞書では、①所定の面に文字、図版、写真などを効果的に

配列すること。また、その技術。割り付け。

②空間や平面に物を効果的に配置・配列する事。

とあります。


★現代、私たちが日常的に手に取る楽譜(実用譜)は、

大作曲家が「自筆譜」のレイアウトに込めた深い意味を、

ほとんど無視しているようです。

演奏する場合には、やはり「見やすさ」も大切ですから、

「自筆譜」のレイアウトを無視した譜面作りは、

一概に非難できないのですが、

大作曲家の「自筆譜」を深く勉強しますと、作曲家自身が

書いた、楽譜の間取り(レイアウト)は、その曲の一番親切な

「手引き」であることが多いので、残念な気がいたします。

当ブログでは、「自筆譜」に込められたレイアウトの意味も

少しづつお伝えします。


★「自筆譜」の重要性について、ご興味のあおりになる方は

拙著≪クラシックの真実は大作曲家の「自筆譜」にあり!≫、

≪11人の大作曲家「自筆譜」で解明する音楽史≫を、

是非お読みください。

https://diskunion.net/dubooks/ct/list/0/72217778/64442

 

★「子供の領分」全6曲は、バッハの組曲と同じ曲数です。

第1曲 「グラドゥス・アド・パルナッスム博士」 (Doctor Gradus

ad Parnassum)に、この全6曲のエッセンスが含まれています。

まさに「バッハのPrelude」です。

 

 

 

 


★ところが、巷では以下のような、見当外れで、曲の本質を全く

理解していない解説数多くなされいています。

クレメンティの練習曲集『グラドゥス・アド・パルナッスム』
(パルナッスム山への階梯)のパロディであり、練習曲に挑戦
する子供(シュシュ)の姿を生き生きと描いたものとされる。
退屈な練習に閉口する子供の心理を表現した曲 】(wikipedia)


★この様な捉え方は、孫引き、孫引きで巷間に広まっていますが、

上記文面を真に受けた途端、

ドビュッシーの“広大な花園”、芸術世界に入るドアが、

「パタン」と閉められてしまうことでしょう。

ドビュッシーの「韜晦趣味」は、そのような人を、まず

シャットアウトしてから「私の芸術を、真摯に勉強し、理解し、

楽しむ人だけお入りなさい」と言っているようです。


★この第1曲「グラドゥス・アド・パルナッスム博士」は、決して、

ドビュッシーの愛娘 Chouchouシュシュちゃん~Claude-Emma 

Debussy(1905-19191)が、「退屈な」練習曲に挑戦している姿を

描いたものではありません。

これは生命力あふれる、バッハの「平均律クラヴィーア曲集1巻1番

プレリュード」へのオマージュ hommage、頌歌でもあります。

 

 

 

 

★このことを理解しますと、第6曲ゴリウォーグのケイクウォーク

Golliwogg's Cakewalkの17小節G-c-d(G₁-C-D)「 ソ ド レ」に、

「アクセント」と「スタッカート」が付いている意味が、分かります。

「ゴリウォーグのケイクウォーク」(以下、 Golliwoggと略)だけを

練習していても、何故この三つの音に、アクセントとスタッカートが

付いているか、決して分かりません。

その理解なくして、Golliwoggを真に弾くことはできないでしょう。

Golliwogg の佳い演奏には、「子供の領分」全曲の勉強が必要です。

 

 

 

 


★この17小節の「 ソ ド レ」は、第1曲「パルナッスム博士」を回想

していると同時に、この全6曲で1曲の「組曲」Petite Suite pour 

Piano seul であることも示唆しています。

 

 

 

 

★それでは、ドビュッシーの「子供の領分」の自筆譜レイアウト

見てみましょう。

Golliwogg は1ページを、大譜表6段で記譜しています。

「Wiener Urtext Edition∔ Faksimile」で、このGolliwogg1曲

だけですが、自筆譜ファクシミリを見ることができます。
https://www.academia-music.com/products/detail/32645


★自筆譜1ページ目は1~35小節が書き込まれ、2ページ目、

3ページ目と続き、全部で計3ページです。

そしてこの重要な17小節は、どこにあるかと探してみますと、

驚くべきことに、1ページ目3段目の一番右端(最後の小節)に、

「レイアウト」されています。


★3段目の右端ということは、全6段の真ん中、です。

ドビュッシーの意図が、実に明確に把握できる配置ですね。

バッハもドビュッシーも、そのページの最初の小節、最後の小節、

真ん中の小節には、構造上重要な小節を配置します。

 

 

 

 

 

★この重要な位置に、第1曲「パルナッスム博士」の冒頭 motif 

であり、しかも、バッハの「平均律クラヴィーア曲1巻1番Prelude」

幕開けでもあるmotif ≪G-c-d(G₁-C-D)「 ソ ド レ」≫を

配置するとは・・・

ドビュッシーの天才と、その大胆不敵さには感嘆します。

 

 

 

 


★この様な例は枚挙に暇がないのですが、

次に第1曲と、第2曲「ゾウの子守歌」 Jimbo's Lullaby

見てみましょう。

第1曲「グラドゥス・アド・パルナッスム博士」の4小節目は、

ドビュッシーの「自筆譜」1ページの2段目に位置します。

この上声部(ソプラノ声部)の「h¹-a¹-g¹-f¹ シ ラ ソ ファ」

という motif

 

 

 

 

第2曲「ゾウの子守歌」の63~66小節の内声(アルト声部)に、

ゆったりと二回現れる「motif b¹-a¹-g¹-f¹」につながっていきます。

蜘蛛の巣に、美しいレース編みの糸が掛けられるかのようです。

 

 

 

 

★この第2曲「ゾウの子守歌」も1ページ大譜表6段で、3ページに

わたって記譜されていますが、63~65小節は2ページの最後

即ち2ページ6段目右端に記され、66小節は、3ページ冒頭です。

2ページの最後も、3ページ冒頭も大変重要な位置です。

 

 

 

 

 

★明らかにドビュッシーはこの63~66小節を、

第1曲「グラドゥス・アド・パルナッスム博士」との関連を、

強く意識して作曲しています。

やはり、この組曲を、演奏したり、勉強したりする時に、

これを無視できませんね。

 

 

 

 


★それでは第3曲「お人形のセレナーデ Serenade for the Doll 」

どうでしょうか。

冒頭1~2小節は、お人形さんがブリキのギターをかき鳴らすような、

何ともかわいらしい「E-Dur ホ長調」の主和音が、続きます。

 

 

 

この和音、どこかで聴いたことがあるような・・・。

そうです!第1曲「グラドゥス・アド・パルナッスム博士」の

11小節の分散和音と同じ和音です。

第1曲は「C-Durハ長調」なのに、この11小節で突然

「E-Dur ホ長調」主和音が出現します。

実は、「C-Durハ長調」の主和音と、「E-Dur ホ長調」の主和音は、

≪3度の関係≫にあります。

この≪3度の関係≫は、まさに「バッハ由来」です。

 

 

 

 

この「3度の関係」につきましては、上記の拙著や、

べーレンライター出版の「平均律クラヴィーア曲集第1巻」の

解説に詳しく記述しましたので、どうぞお読みください。
https://www.academia-music.com/products/detail/159893


★さて、この第1曲「グラドゥス・アド・パルナッスム博士」

11小節は、ドビュッシーの自筆譜には、どのようなレイアウトで

書き込まれているでしょうか?

なんと、自筆譜1ページの4段目冒頭に、この小節があります

 

 

 

 

 

「子供の領分」の自筆譜は、1ページを大譜表6段で書かれています。

第1曲「パルナッスム博士」も1ページ6段ですから、

4段目の冒頭ということは、この第1ページの真半分の位置です。

非常に重要な位置に、第3曲「お人形のセレナーデ」の冒頭髣髴

させる和音を設定する、何という深謀遠慮でしょう。

 


ドビュッシーもバッハと同じく「推敲、そしてまた推敲」の人でした。

その「自筆譜」を勉強しますと、実にそれがよく分かります。

この「子供の領分」全曲も、一点一画を揺るがせない、

凄まじいばかりの構成です。

その秘密を解き明かす鍵が、彼の「自筆譜」なのです。


★「子供の領分」第1曲と続く2~6曲との関係は、

この後のブログでも続けます。

「子供の領分」の、蜘蛛の巣のように美しく張り巡らされた

motif から、この組曲Suiteの全体像が見えてきますと

晩年の傑作「Syrinx シランクス」への理解も深まるでしょう。

 

 

 

 


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