■ブラームスは「交響曲4番」冒頭から、対位法の秘術を尽くしている■
~7月17日岡山での「講演」内容の前触れ~
2023.7.3 中村洋子
★前回のブログで、お知らせいたしましたように、
7月17日、岡山市で開催されます
「リジェネフォーティ先端医学セミナー」で、
「特別講演」をさせて頂きます。
講演では、Johann Sebastian Bach バッハ(1685-1750) の
「平均律クラヴィーア曲集」が、
Frederic Chopin ショパン(1810-1849)、
Johannes Brahms ブラームス (1833-1897)、
Claude Debussy クロード・ドビュッシー(1862-1918)
の作品の根幹をなしている、というお話を分かり易く、
ピアノで音を確かめながら、お話いたします。
https://www.regene4t.co.jp/post/%E3%83%AA%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%83%8D%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%BC-%E5%85%88%E7%AB%AF%E5%8C%BB%E5%AD%A6%E3%82%BB%E3%83%9F%E3%83%8A%E3%83%BC%E3%81%8A%E3%82%88%E3%81%B3%E3%83%AC%E3%82%BB%E3%83%97%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3%EF%BC%86%E8%A8%98%E5%BF%B5%E8%AC%9B%E6%BC%94%E3%81%8C%E9%96%8B%E5%82%AC%E3%81%95%E3%82%8C%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82
★今回、Brahms(1833-1897)「交響曲第4番」について、
講演会でお話する内容を、前触れとして少しお知らせいたします。
以下を十分に理解されたうえで、講演をお聴きになりますと、
理解がより一層深まると、思うためです。
★ブラームスの作品は「重厚」である、とよく評されます。
「重厚」とは、まさに「重く厚い」という意味で、私もそう思います。
では、ブラームスのどこが、何が「重く」「厚い」のでしょうか?
その「重い」装いの中から、溢れ出る情感、あるいは情熱が、
聴く人の心を、とらえて離さないのは、どうしてなのでしょうか?
それは、「ブラームスの音楽」は、一体どこから来たのか、
という問いでもあります。
★ブラームスの音のパレットは、画家「Georges Rouault ルオー
(1871-1958)のようだ」と、私は感じることがあります。
油絵具を何度も何度も、熱く塗り重ねることによって、
不思議な透明感を得るルオーの絵画、
そこに差し込む透明な光の色彩は、まるでブラームスの
音楽のようです。
★ルオーが塗り重ねた絵の具と同じような役割を、ブラームスの
音楽では、どのような「技法」が、担っているのでしょうか?
やはりクラシック音楽の基本「Counterpoint 対位法」です。
「対位法」と言いいますと、広い意味がありますが、
ここでは「カノン」に絞って、「1楽章冒頭」を見てみましょう。
一度聴いたら忘れがたいメロディーから、1楽章は始まります。
★上記譜例はヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバスの
パートを、要約したものです。
「あぁ、ブラームスの《4番》!」という音楽です。
しかしこの時、オーケストラのその他の主要な楽器は、
何をしているのでしょうか?
「休符」が付いた休止部分では、決してありません。
上記の譜例の「ヴァイオリンⅠ」の部分と、「フルートのⅠ、Ⅱ」
の部分を、試みに抜き書きしてみます。
ヴァイオリンの旋律を、「二分音符」分の間隔を空けて、
第Ⅰフルートが、追いかけています。
これは立派な「カノン」です。
他の木管楽器も、クラリネットはフルートのⅠ、Ⅱの旋律を
一オクターブ低くして、全く同じように演奏し、
ファゴットⅠ、Ⅱは、さらに1オクターブ低く、フルートと同じ
旋律を演奏します。
ヴァイオリンⅠ、Ⅱの圧倒的な音量と存在感に、ともすれば
見落としがちになりますが、フルート、クラリネット、ファゴットの
木管楽器連合が、ヴァイオリンの濃厚な色彩とヴォリュームを、
点描のように、カノンで追いかけています。
★この二つのグループが織りなす“色彩のパレット”を支えるのは、
ホルンとコントラバスによる、主調「e-Moll ホ短調」の主音である
「ミ」の「持続音」です。
深く、憂愁に満ちています。
★ここでとても重要なことは、ブラームスはこの交響曲の1楽章で、
なんと「1小節目」から、「カノン」を始めていることです。
カノンは通常は曲の始めには、あまり登場しません。
その曲の「主題」の旋律や、大事な「motif 要素」の旋律に
聴く人の耳が馴染んだ頃、カノンの「追いかけっこ」が、
始まることが多いのです。
★このような曲頭に、すぐカノンを配置する例は、実は、
Bach 「平均律クラヴィーア曲集」のフーガに見られます。
さてその後、この1楽章はどのように変遷するでしょうか?
Brahmsの自筆譜を見てみましょう、19小節に注目です。
そこには、自ら、青鉛筆で大きく【A】と、書いています。
★その自筆譜は、自ら指揮をするために、青鉛筆で大きく
「A」(19小節)、「B」(45小節)、「C」(57小節)、「D」(87小節)・・・
と練習番号(番号ではなく、アルファベット)を書き込んでいます。
その大きな区分である「A」「B」「C」「D」の、
「A」19小節から、「ヴィオラ」→「クラリネットとファゴット」→
「オーボエとヴィオラ」→「フルートとクラリネットとファゴット」
の順に、次々と息をのむような「緊迫したカノン」が展開します。
これほど「緊迫したカノン」は、曲の後半や最後のクライマックスまで
とっておきたいと、普通の作曲家は考えるかもしれませんね。
ブラームスの練習番号「B」(45小節)が始まって8小節経過した、
自筆譜53小節から、練習番号「C」(57小節)にかけての3小節間の
上方に、ブラームスは黒鉛筆で、以下の文章を記しています。
"Nirgends a2 setzen immer doppelt streichen! Brahms
hat das lieber!"
(「a2 (a due)」とは記さないでください)
★これにつきましては、私の著書《11人の大作曲家「自筆譜」で解明
する音楽史~バッハからバルトークまで~》174~176ページの、
《ブラームスの作曲意図が伝わる「第4番」自筆譜への書き込み》を
お読みください。
★53小節から始まるオーボエⅠ、Ⅱ、クラリネットⅠ、Ⅱ、
ファゴットⅠ、Ⅱ、ホルンⅠ、Ⅱの、各々二人ずつの奏者が、
同じ旋律を、一緒に演奏していましても、それは一つの旋律を
《二人で同じ音》で、弾いているのではなく、
《カノンが極まった段階》に到達した結果として、二人の奏者が
《同じ旋律》を奏することになった、ということなのです。
★例えますと、競馬のレースで、先頭を走っている馬を、
後続の馬がどんどん追い詰め、同時にゴールへ到着した
状況を、思い浮かべてください。
先頭の馬が奏者Aで、追いついた馬が奏者Bです。
結果的にゴールで、同じ音を弾いていることになります。
★全440小節ある交響曲第4番1楽章の、8分の1位の位置
にある「53小節」で、曲の最後に配置するような、
「究極のカノン」を、ブラームスは繰り出しています。
ですから、彼の鉛筆のメモ書きで、楽譜の「engraver彫り師」に
《「a2 (a due)」とは書かないでください、一つの音符の上下に
符尾を2本書いてください。ブラームス(私)はそれを好みます》
とお願いしています。
★さて53小節で、この様な秘術を尽くしたブラームスは、
この後、“1楽章の船”をどのように航海させていくのでしょうか。
皆様も、そこに注意して、楽しみながらお聴きになり、
そして、スコアとも仲良くなって下さい。
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