音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

■モーツァルト「ピアノソナタ KV333」に宿る バッハ「平均律2巻21番」■

2024-01-31 17:44:28 | ■私のアナリーゼ講座■

■モーツァルト「ピアノソナタ KV333」に宿る バッハ「平均律2巻21番」■
~BACHは平均律2巻で「音階」を追求、Mozartの天才はそれを育てた~
                2024.1.31   中村洋子

 

 


★2024年最初のブログが、1月最後の日になりました

新年を祝う間もなく、能登半島の大地震が発災しました。

あまりの大災害に、言葉を失っていました。

亡くなられた皆様のご冥福を、お祈りします。

罹災されました皆様に、心よりのお見舞いを申し上げます。

「能登は優しや、土までも」と言われる、心優しい人々。

日本の文化の源流の一つともいえる、奥深い歴史。

憧れの能登に、いつか旅したいと思いながら、

出不精で「そのうちに」と思っていました。

旅も勉強も「いつかそのうち」は禁句ですね。

「勉強、勉強」「Practice & Practice」「Üben und Üben」です。


★昨年2023年大晦日に更新しましたブログで、

Mozart の「ピアノソナタ KV333」について、少し書きました。

このソナタの「自筆譜ファクシミリ」は、容易に入手可能です。

モーツァルトの神髄に触れることができる最適の作品、といえます。

https://www.academia-music.com/products/detail/23321

私は、去年2023年1年間かけて、KV333を勉強しました。

「驚き」と「驚嘆」の連続ですが、それでもやっとモーツァルトの

扉をノックしたところ、という感じです。

 

 

 

 


★この作品は「B-Dur 変ロ長調」です。

1楽章冒頭から、「B-Dur」の≪下行音階≫が出現します。

自筆譜1ページ1段目は、アウフタクトの1拍+7小節が記譜され、

その1段に「g²-f²-es²-d²-c² -b¹ ソ-ファ-ミ♭-レ-ド-シ♭」という

この全3楽章を通して、一番大切な motif (要素)が3回も現れます。

その「motif」が、この≪下行音階≫なのです。

 

 

 


この一度聴いたら忘れられないような、明るく軽やかな音階、

「どこかで聴いたような・・・?、どこだったか???」と、

この疑問がずっと、頭の片隅に宿っていました。


★ある日遂に、長年の“疑問の氷”が、ゆっくりと溶けてくれました。

氷の中から、姿を現してくれたのは、やはりBach

Bachの「平均律2巻 21番 B-Dur Prelude」でした。

清々しい気持ちで、一杯になりました。

薔薇の花びらが、天から舞い降り、教会の澄んだ鐘の音が、

響きわたるような、「平均律2巻 21番 Prelude」の冒頭です。


★この冒頭「b²-a²-g²-f²-es²-d²」と、Mozart「KV333」は、

何と多くの共通点を、持っていることでしょう!

 

 

 

 


私は、Bachの平均律1巻は「調性とは何か」を追及した曲集である、

と思います。

「Bärenreiter」版の楽譜に、その解説を書きましたので、

是非お読みください。
https://www.academia-music.com/products/detail/159893


★それでは、Bachはなぜ平均律を「1巻24曲」だけでなく、

更に、「2巻24曲」を作曲したのでしょうか。

これにつきましては別の機会に、じっくりご説明したいのですが、

一言で言うならば、Bach先生は

「私は、1巻では≪調性とは何か≫を、解き明かした」。

「2巻では、≪音階とは何か≫を解明しよう」ということである、

と思います。


「調性」の正体がつかめたら、その「調性」によって成り立つ

「音階」を、音楽によって定義しなければなりません。

この様にして、人類史上「至高の曲集」の1巻と2巻が、

編み出された、と私は考えます。


★このバッハの真意を、モーツァルトの天才が察知しない訳が

ありません。

私の著書《11人の大作曲家「自筆譜」で解明する音楽史》

chpter6 108ページ~127ページ

《モーツァルト「交響曲40番」は平均律1巻24番から生まれた》

・8歳で、Bachの息子のクリスチャン・バッハから学ぶ
・モーツァルトは、平均律やフーガの技法を編曲していた
・交響曲40番テーマは平均律1巻24番に酷似・・・・・・


を是非お読みください。

 

 

 

 

★モーツァルトの「ピアノソナタ KV333」は1ページ12段の

縦長の五線紙に、記譜されています。

6段目と7段目の間に、折り曲げたような跡が、

各ページに見られます。

これは演奏する方にはすぐわかることですが、

本来1ページ6段で書くところを、2ページ分縦につないで、

1ページ12段にしますと、演奏する時の譜めくりの回数が、

半分で済みます。

モーツァルトは自作自演をしたでしょうから、

1ページ12段は非常に便利です。


★その1ページの12段の4段目、即ち、このページの三分の一の段の

真ん中23小節目に、ソナタ形式である第一楽章の「第2主題」

配置されています。

その「第2主題」で平均律第2巻「21番プレリュード」の

「b¹-a¹-g¹-f¹ シ♭-ラ-ソ-ファ」が、堂々と登場するのです。

 

 

 

 


★更に、興味深いことに、この1ページ12段の各段右端、

即ち、次の段に移る小節は、6段目を除いて、

「完全小節 complete bar」です。

完全小節とは、この曲の場合四分の四拍子ですから、

1小節に四分音符4個分、正規の拍数を持つ小節です。

しかし、6段目右端40小節だけは、四分音符2個分しか

拍数を持たない「不完全小節 incomplete bar」です。

 

 

 

 


★これは、Bachもしばしば用いる記譜法です。

とても大事な「motif」を、際立たせるために、

その段の右端を不完全小節にします。

この場合、とても大事な「motif」とは、驚くなかれ

「f²-g²-a²-b² ファ-ソ-ラ-シ♭」なのです。

 

 



 

「f²-g²-a²-b² ファ-ソ-ラ-シ♭」は、23小節の第二主題の

主要 motif 「b¹-a¹-g¹-f¹ シ♭-ラ-ソ-ファ」の

「retrograde 逆行形」なのです。

「b²-a²-g²-f² シ♭-ラ-ソ-ファ」は、

平均律2巻「21番プレリュード」冒頭の「motif」です。

これこそが、モーツァルトの「counter-point 対位法」なのです。

ここで、Mozartは、Bach先生に「敬意」と「挨拶」を

表しているのでしょう。

私は、クスッと微笑んでしまいました。

 

 

 

 

★この1ページ6段目右端40小節の、不完全小節

「f²-g²-a²-b² ファ-ソ-ラ-シ♭」を、じっくり観察しますと、

その2小節前、38小節左手部分の後半に、

「b-a-g-f シ♭-ラ-ソ-ファ」が、“隠れん坊”をしています。

「f²-g²-a²-b² ファ-ソ-ラ-シ♭」b-a-g-f シ♭-ラ-ソ-ファ」の

関係は、逆行形です。

 

 

 

 

★勿論、これは23小節の第二主題「b¹-a¹-g¹-f¹ シ♭-ラ-ソ-ファ」

「カノン」でもあります。

11小節や、19小節にもこの「シ♭-ラ-ソ-ファ」は姿を見せますので、

是非探してみてください。


Mozart の対位法は、パズルのように面白く

その上、その曲を聴く時は、まったくそのような「知的な遊び」には

気が付かないほど、美しく心躍る音楽です。

この様に、深く勉強してこそ、

Mozartの天才のルーツが、どんなにかBachに依っているか

分かります。

モーツァルトを弾く楽しみ、聴く楽しみは、その勉強があってこそ、

一層深まります。

是非、ご自分で実感してください。

 

 

 

 

※copyright © Yoko Nakamura    
             All Rights Reserved
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