■シューマン「詩人の恋」の源泉は、バッハとシューベルト■
2010.12.24 中村洋子
★クリスマスの晩です。
寒いヨーロッパでは、樅など常緑の木々の 「 緑 」 と、
赤々と燃える、暖炉の明かりを象徴するような 「 赤 」 が、
クリスマスの色ですが、日本の街を歩きますと、
青と銀の寒々とした電飾が、多く見受けられます。
温暖な日本では、これが妥当なのかもしれませんね。
★先週の、山梨 「 花かげホール 」 での CD録音は、
各々、「 独奏ギター作品集 」 と、「 ギター二重奏集 」 の、
C D として、来年に、発表する予定です。
演奏、録音ともに最高、素晴らしい出来です。
きっと、ヨーロッパと日本の、音楽を愛する皆さまに、
心から、受け入れられることでしょう。
★帰京後、 20日に 「 横浜みなとみらい 」 で講座、
22日に、カワイ表参道での、定例のアナリーゼ教室でした。
ここでは、シューマンの 「 詩人の恋 」 を、
シューベルトの 「 冬の旅 」 を、参照しつつ、
いずれも、自筆譜ファクシミリを基にして、勉強しました。
★面白かったのは、私を含め、受講生の方が、
シューマンとシューベルトの、自筆譜ファクシミリを
見比べているうち、どちらがどちらか、
分からなくなる瞬間が、あったことです。
★シューマンとバッハの自筆譜を、取り違える方は、
まず、いませんでしょう。
ドビュッシーの筆致も、とても特徴的です。
しかし、シューマンとシューベルトは、
歌曲という同じ分野とはいえ、筆致は、非常によく似ています。
★シューマンの歌曲を、自筆譜を手掛かりとして、
分析していきますと、バッハの 「 インヴェンション 」 や、
「 平均律 」 と、 ≪ 同じ骨組み ≫ が出現し、
「 これは、バッハである !!! 」 と、感嘆します。
しかし、シューマンが、バッハを土台にして、
自分の音楽を、作っていくまでには、
シューベルトの影響も大きかったと、思います。
★シューベルトの没後、シューベルトの兄の家を訪ね、
遺作を世に出し、シューベルトの天才を、
世に知らせたのは、シューマンです。
★これは、作曲家としての善意は、もちろんですが、
それ以上に、シューベルトを学びたい、もっと知りたい、
という、抑えきれない渇望があったことは、
間違いないでしょう。
★同時期、シューベルトの天才を、はっきりと理解し、
自分の作品に活かしていったのは、シューマンだけでなく、
ショパンも、そうでした。
さらに、いいますと、
ブラームスは、シューマンの “ 申し子 ” なのです。
そのブラームスを母体として、 “ 飛び出してきた ” のが、
20世紀の旗手 シェーンベルクなのです。
★話を戻しますと、
「 Die Rose, die Lilie, die Taube.( 薔薇、百合、鳩 )」、
これは、シューマン 「 詩人の恋 Dichterliebe 」 Op.48 の、
第 3曲です。
全部で、 22小節という、とても短い曲ですが、
シューマンは、これを 2ページにわたって、記譜しています。
1ページ目は、 16小節までを、 四段で記譜しています。
2ページ目は、 17小節から最後の 22小節までを、
一段で記譜しています。
そして、 二段目から、途切れることなく、直ぐに、
次の第 4曲が、始まっています。
★この楽譜のレイアウトは、一瞥で、
“ まるでバッハ・平均律クラヴィーア曲集だ! ”
というのが、私の印象でした。
さらに詳しく、分析しますと、
“ バッハそのもの ” でした。
★1ページは 16小節ですので、通常は、
4小節ごとに、整然と、四段でレイアウトすべきと、
誰でも、思いますが、
もちろん、自筆譜では、そうはなってはいません。
★1段目は、 1小節目から 4小節目の 2拍目まで。
2段目は、 4小節目の 3拍目から、 8小節目の 2拍目まで。
3段目は、 8小節目の 3拍目から、 12小節目の 2拍目まで。
4段目は、 12小節目の 3拍目から、 16小節目の全部と、
17小節目の冒頭の音まで。
★2ページ目は、
17小節目冒頭の音を、もう一回、記譜し直し、
17小節目から、最後の 22小節目までと、なっています。
★この、極めて 「 変則的な記譜 」 は、
何を、意味しているのでしょうか?
この曲は、 「 ニ長調 D dur 」 です。
上記の、レイアウトですと、
二段目ピアノパートの、最初の音である
「 バス = A音 ( ラ )」 が、眼に飛び込んできます。
同様に、三段目 ピアノパートの、
冒頭の「 バス = A音 ( ラ )」も、眼に飛び込んできます。
★この A音 ( ラ )は、ニ長調 D dur の属音です。
従いまして、
1段目は、2段目 冒頭の属音 = A音に向かって演奏する、
2段目は、3段目 冒頭の属音 = A音に向かって演奏する、
ということが、極めて明瞭に、楽譜から読みとれます。
★以上のことを、念頭に置き、
「 曲頭の音が、何か 」 を、見ていきます。
最初の言葉 「 Die Rose 」 の、 「 Die 」 は、
ピアノ伴奏を伴っていません。
「 Die Rose 」 について、
現在、私たちが校訂譜で、慣れ親しんでいる
「 最終稿 」 では、
A 、D 、Cis ( ラ、レ、ド♯ ) と、なっています。
★しかし、初稿である 「 自筆ファクシミリ 」 では、
D 、D 、Cis ( レ、レ、ド♯ ) と、なっています。
シューマンは、なぜ推敲して、
D を A に、変えたのでしょうか?
★ 初稿の D 音は、 D dur の主音です。
主音から始めても、十分美しいメロディーができます。
それを、あえて、 A ( 属音 ) に、改めています。
これは、2段目の A ( 属音 ) 、
3段目の A ( 属音 ) に、対応させたのです。
★その結果、 1段目、 2段目、 3段目の冒頭音は、
すべて 「 属音 」 と、なっています。
★さらに、詳しく見ますと、4段目のピアノパート最初の音、
G は、D dur の下属音です。
4段目の最後 17小節目、ピアノパートのバスは、
4分音符の G、 A ( ソ、ラ ) = 下属音と属音。
★もう一度、おさらいしますと、
曲頭の歌のパートと、 2段目、 3段目ピアノパートのバス、
1ページ目最後のピアノパートのバスが、すべて、
「 属音の A 」 です。
★ 4段目で、重要なことは、
冒頭の音は、「 下属音 G 」 であり、
最後の音の、一つ前の音も 「 下属音 G 」 である、
と言うことです。
★ここで、楽譜を持たずに、読まれている方も、きっと、
2ページ目 17小節目の 歌とピアノパートのバスは、
「 D dur の主音 D が置かれる 」 と、容易に、
想像されることでしょう。
まさに、その通りなのです。
さらに、2ページ目は、その後、ピアノだけの後奏となりますが、
最後の終止音も、 「 バスの D 音 」 です。
★このため、この曲は、
一つの大きな 「 カデンツ 」 と見る必要が、あります。
それは、バッハが、 「 平均律クラヴィーア曲集 1巻 1番 」 の、
「 前奏曲 」 で、示したことと同じなのです。
ショパンが、終生にわたって、追求したものでもあります。
★もう一度、冒頭の Die Rose に戻りますと、
「 Die 」 は、冠詞ですので、ここでの要は、
「 薔薇 」 と言う意味の 「 Rose 」 になります。
シューマンは、 推敲した結果、
Die を 属音の A とし、
「 大切な Rose の Ro 」 を、高らかに、
「 主音の D 音 」 に、変えたのです。
★このように、バッハを勉強し続けますと、
シューベルトやシューマンなど、天才の作品に、
近付いて行くことが、容易になります。
「 冬の旅 」 も、インヴェンションと、見まごうほど、
バッハと同じ、構成原理で作曲されています。
シューマンは、バッハとシューベルトなしでは、
存在しえなかった、天才なのです。
★シューマンの音楽は、すべて、
彼が残した 「 楽譜 」 の中に、存在しているのです。
恋や文学など、シューマンにまつわるエピソードは、
映画、ドラマ、本などで、溢れかえっています。
それに時間を費やすよりは、急がば回れで、
バッハを、地道に勉強することが、
シューマンを理解するための、最善で、最短の路でしょう。
そうすれば、クリスマスのサンタクロースのように、
シューマンが、静かにドアをノックし、
たくさんの音楽の宝物を携え、あなたの許に、
訪れてくれることでしょう。
( ドイツの伝統的なクリスマスのお菓子・シュトレン:アウスリーベ作、
不如帰、ミズキ、侘助 )
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