音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

■Fugueの第 1提示部とは何か?フリーデマン小曲集から分かること■

2013-03-11 19:12:33 | ■私のアナリーゼ講座■

■Fugueの第 1提示部とは何か?フリーデマン小曲集から分かること■
                                 2013. 3. 11                      中村洋子

 


★先月27日、名古屋で、 「 第 10回 インヴェンション・アナリーゼ講座 」 を、

開催いたしました。

講座が終わりましてから、和菓子の老舗 「 亀末廣 」 さんの

風格ある家屋が、かつて建っていました場所へと、行ってみました。

鰻の寝床のように、奥深いその敷地には、無残にも、

無機質な黄色い看板が、立っていました。

コインを入れる駐車場となっていました。

かつての名店、その風情の痕跡すらありません。

日本の和菓子文化の、頂点に立つお店でしたが、

その文化を育てるには何10年、あるいは、

100年単位の年月が必要だったことでしょう。

しかし、それが消滅するのは一瞬です。

果たして、「 亀末廣」 さんに匹敵するようなお店が、

出現することが、ありうるのでしょうか。


★名古屋の講座では、遠方からも熱心な音楽愛好家の皆さまが、

お出かけくださいました。

また、私のお話に呼応して楽譜を見ながら、

「 あ、この個所も、先生の指摘されているのと同じですね 」 と、

ご自身で発見される方もおいでになり、とても、うれしい講座でした。

 

 


★たくさんのことをお話しましたが、そのうちの一つを書きますと・・・。

「 Klavierbüchlein für Wilhelm Friedemann Bach

ヴィルヘルム・フリーデマン・バッハのためのクラヴィーア小曲集 」  に、

「 Inventionen und Sinfonien 」 の初稿が含まれています。

Sinfonia シンフォニア 11番は、「 ヴィルヘルム・フリーデマン小曲集 」 では、

「 Fantasia 5番 」 となっています

それは、 「 ヴィルヘルム・フリーデマン小曲集 」 が、

「 Inventionen und Sinfonien 」 のように、

調が、Dur、 Moll と一つずつ上がっていく配列には、

なっていないからです。

フリーデマン小曲集の Fantasia も、全 15曲ですが、

配列は、C-Dur d-Moll e-Moll F-Dur G-Dur ・・・

の順になっているため、5番なのです。


この曲集と、 「 Inventionen und Sinfonien 」 との配列の違いが、

どこに起因するか、それについては、講座でお話しましたが、

そこを、理解いたしますと、 Inventione の理解が容易になります。


★「 Bartók バルトーク 版の平均律クラヴィーア曲集 」 の配列についても、

よく、ご質問を受けますが、

作曲者の Bach ですら、初稿の 「 ヴィルヘルム・フリーデマン小曲集 」 と、

決定稿 「 Inventionen und Sinfonien 」 との配列が、

決定的に、異なっているのですから、

どうしてそのような配列としたかを、考え抜くことが、

曲を理解する、最善の道です。

皆さまもじっくりと、お考えになってください。


★あまり細かいことを言わずに、決定稿だけ勉強すればいい、

という考え方も、あるかもしれませんが、

どこを推敲したかを、詳しく調べることにより、

決定稿での Bach の意図を、正確に読み取ることが可能になります。

例えば、Fantasia 5 番の 5小節目 3拍目内声 3番目の16分音符は、

cis2 ( 2点嬰ハ音 ) 、

6小節目の上声 2拍目 3番目の 16分音符も、

cis2 ( 2点嬰ハ音 ) 、となっています。


同じ個所が、Sinfonia 10番では、

c2 ( 2点ハ音 ) となっています。

この相違は、どこから来たのでしょうか?

 

 

★Fantasia 5番 を、弾いてみますと、

この cis2 ( 2点嬰ハ音 ) が、大変に魅力的で、

Sinfonia 10番より、 「 鮮やかな印象 」 を受けます。

Fantasia 5番 では、5小節目の1、2、3の各拍に、 cis1、 cis2、 cis2 と、

3回、 ドの ♯ が現れます。

6小節目では、 2拍目に、前述した cis2 が現れます。

そして、3拍目に、唯一 4分音符の ♮ がついた c2 が奏されます。

この c2 は、美しく意外性があり、演奏する場合、

subito p ( 急に弱く ) のような効果を、もたらします。

このため、 5、 6小節だけを見ていますと、

Fantasia 5番 のほうが、美しく感じられます。

Sinfonia 10番 は、 5小節目 3拍目、 6小節 2拍目で、

既に、 c2 が奏されますので、 6小節目 3拍目 c2 の 4分音符に、

意外性は、全くありません。


★Sinfonia 10番 の 5、 6小節目は、 Fantasia 5番 と比べますと、

穏やかで、落ち着いたイメージです。

Bach はなぜ、最終的に、落ち付いた 5、 6小節を、

選択したのでしょうか?


★この曲の 8小節目までは、

3声の fugue フーガの 1st Exposition ( 第 1提示部 ) です。

そして、3声の fugue の場合、 1st Exposition は、 

subject ( 主題 )、 answer  ( 応答 )、 subject ( 主題 ) と、

3回 、テーマの提示があります。

事実、この曲は、 1、 2小節目の ソプラノ に subjectが置かれ、

3、 4小節目の内声 ( この場合は、アルト声部に相当します )に answer  、

7、 8小節目の下声 ( バスというよりは、テノール声部に近いようです )に

subject が置かれています。

これで、 「 3回の テーマ の提示 」 となりますが、

実はそれだけではなく、 5、 6小節目のソプラノに、

3、 4小節目アルトの answer を、

そのまま 1オクターブ上で、反復しています。


★このため、 5、 6小節目の 2拍目が cis2 となっているのです。

しかし、ここは、3小節目 answer の反復であり、

1st Exposition の提示とはいえません。

「 間奏 」 と、みるべきでしょう。

 

 


★ Bach はよく 第 1提示部で、 fugue フーガ の声部の数よりも、

ひとつ多く、テーマを提示することがあります。

その場合、どれが、本来のテーマであるか、

どれが間奏であるか、を見分けることが、

非常に、重要です。


★Fantasia ファンタジア 5番 のように cis2 を配置しますと、

5、 6小節目が、個性的でとても美しくなってしまい、

「 間奏 」 という役割から、逸脱してしまいます。


★事実、 Bach は、 5、 6小節目の下声は、

5小節目 1拍目 d  ( かたかな ニ音 ) の 4分音符が出た後、

7小節目下声に subject が登場するまでを、休符としています。

それは、 7小節目下声の subject という千両役者が登場するまでは、

その前の 2小節を、お休みとし、

舞台の証明を暗くするように、 7小節目 subject が堂々と、

登場する効果を、際立たせる演出です。

そのために、 5、 6小節目は、 Sinfonia 10番 のように、

穏やかで、落ち着いた c2 を使ったのでしょう。


★初稿である Fantasia 5番 と Sinfonia 10番 を比較することで、

これだけ豊かな情報が得られ、どのように弾いたらいいかも、

自ずから、分かってくるのです。


★次回の名古屋 「 インヴェンション・アナリーゼ講座 」 は、

6月26日 ( 水 ) 10時 ~ 12時30分

インヴェンション & シンフォニア 11番  g-Moll です

 

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