■Fugueの第 1提示部とは何か?フリーデマン小曲集から分かること■
2013. 3. 11 中村洋子
★先月27日、名古屋で、 「 第 10回 インヴェンション・アナリーゼ講座 」 を、
開催いたしました。
講座が終わりましてから、和菓子の老舗 「 亀末廣 」 さんの、
風格ある家屋が、かつて建っていました場所へと、行ってみました。
鰻の寝床のように、奥深いその敷地には、無残にも、
無機質な黄色い看板が、立っていました。
コインを入れる駐車場となっていました。
かつての名店、その風情の痕跡すらありません。
日本の和菓子文化の、頂点に立つお店でしたが、
その文化を育てるには何10年、あるいは、
100年単位の年月が必要だったことでしょう。
しかし、それが消滅するのは一瞬です。
果たして、「 亀末廣」 さんに匹敵するようなお店が、
出現することが、ありうるのでしょうか。
★名古屋の講座では、遠方からも熱心な音楽愛好家の皆さまが、
お出かけくださいました。
また、私のお話に呼応して楽譜を見ながら、
「 あ、この個所も、先生の指摘されているのと同じですね 」 と、
ご自身で発見される方もおいでになり、とても、うれしい講座でした。
★たくさんのことをお話しましたが、そのうちの一つを書きますと・・・。
「 Klavierbüchlein für Wilhelm Friedemann Bach
ヴィルヘルム・フリーデマン・バッハのためのクラヴィーア小曲集 」 に、
「 Inventionen und Sinfonien 」 の初稿が含まれています。
Sinfonia シンフォニア 11番は、「 ヴィルヘルム・フリーデマン小曲集 」 では、
「 Fantasia 5番 」 となっています。
それは、 「 ヴィルヘルム・フリーデマン小曲集 」 が、
「 Inventionen und Sinfonien 」 のように、
調が、Dur、 Moll と一つずつ上がっていく配列には、
なっていないからです。
フリーデマン小曲集の Fantasia も、全 15曲ですが、
配列は、C-Dur d-Moll e-Moll F-Dur G-Dur ・・・
の順になっているため、5番なのです。
★この曲集と、 「 Inventionen und Sinfonien 」 との配列の違いが、
どこに起因するか、それについては、講座でお話しましたが、
そこを、理解いたしますと、 Inventione の理解が容易になります。
★「 Bartók バルトーク 版の平均律クラヴィーア曲集 」 の配列についても、
よく、ご質問を受けますが、
作曲者の Bach ですら、初稿の 「 ヴィルヘルム・フリーデマン小曲集 」 と、
決定稿 「 Inventionen und Sinfonien 」 との配列が、
決定的に、異なっているのですから、
どうしてそのような配列としたかを、考え抜くことが、
曲を理解する、最善の道です。
皆さまもじっくりと、お考えになってください。
★あまり細かいことを言わずに、決定稿だけ勉強すればいい、
という考え方も、あるかもしれませんが、
どこを推敲したかを、詳しく調べることにより、
決定稿での Bach の意図を、正確に読み取ることが可能になります。
例えば、Fantasia 5 番の 5小節目 3拍目内声 3番目の16分音符は、
cis2 ( 2点嬰ハ音 ) 、
6小節目の上声 2拍目 3番目の 16分音符も、
cis2 ( 2点嬰ハ音 ) 、となっています。
★同じ個所が、Sinfonia 10番では、
c2 ( 2点ハ音 ) となっています。
この相違は、どこから来たのでしょうか?
★Fantasia 5番 を、弾いてみますと、
この cis2 ( 2点嬰ハ音 ) が、大変に魅力的で、
Sinfonia 10番より、 「 鮮やかな印象 」 を受けます。
Fantasia 5番 では、5小節目の1、2、3の各拍に、 cis1、 cis2、 cis2 と、
3回、 ドの ♯ が現れます。
6小節目では、 2拍目に、前述した cis2 が現れます。
そして、3拍目に、唯一 4分音符の ♮ がついた c2 が奏されます。
この c2 は、美しく意外性があり、演奏する場合、
subito p ( 急に弱く ) のような効果を、もたらします。
このため、 5、 6小節だけを見ていますと、
Fantasia 5番 のほうが、美しく感じられます。
Sinfonia 10番 は、 5小節目 3拍目、 6小節 2拍目で、
既に、 c2 が奏されますので、 6小節目 3拍目 c2 の 4分音符に、
意外性は、全くありません。
★Sinfonia 10番 の 5、 6小節目は、 Fantasia 5番 と比べますと、
穏やかで、落ち着いたイメージです。
Bach はなぜ、最終的に、落ち付いた 5、 6小節を、
選択したのでしょうか?
★この曲の 8小節目までは、
3声の fugue フーガの 1st Exposition ( 第 1提示部 ) です。
そして、3声の fugue の場合、 1st Exposition は、
subject ( 主題 )、 answer ( 応答 )、 subject ( 主題 ) と、
3回 、テーマの提示があります。
事実、この曲は、 1、 2小節目の ソプラノ に subjectが置かれ、
3、 4小節目の内声 ( この場合は、アルト声部に相当します )に answer 、
7、 8小節目の下声 ( バスというよりは、テノール声部に近いようです )に
subject が置かれています。
これで、 「 3回の テーマ の提示 」 となりますが、
実はそれだけではなく、 5、 6小節目のソプラノに、
3、 4小節目アルトの answer を、
そのまま 1オクターブ上で、反復しています。
★このため、 5、 6小節目の 2拍目が cis2 となっているのです。
しかし、ここは、3小節目 answer の反復であり、
1st Exposition の提示とはいえません。
「 間奏 」 と、みるべきでしょう。
★ Bach はよく 第 1提示部で、 fugue フーガ の声部の数よりも、
ひとつ多く、テーマを提示することがあります。
その場合、どれが、本来のテーマであるか、
どれが間奏であるか、を見分けることが、
非常に、重要です。
★Fantasia ファンタジア 5番 のように cis2 を配置しますと、
5、 6小節目が、個性的でとても美しくなってしまい、
「 間奏 」 という役割から、逸脱してしまいます。
★事実、 Bach は、 5、 6小節目の下声は、
5小節目 1拍目 d ( かたかな ニ音 ) の 4分音符が出た後、
7小節目下声に subject が登場するまでを、休符としています。
それは、 7小節目下声の subject という千両役者が登場するまでは、
その前の 2小節を、お休みとし、
舞台の証明を暗くするように、 7小節目 subject が堂々と、
登場する効果を、際立たせる演出です。
そのために、 5、 6小節目は、 Sinfonia 10番 のように、
穏やかで、落ち着いた c2 を使ったのでしょう。
★初稿である Fantasia 5番 と Sinfonia 10番 を比較することで、
これだけ豊かな情報が得られ、どのように弾いたらいいかも、
自ずから、分かってくるのです。
★次回の名古屋 「 インヴェンション・アナリーゼ講座 」 は、
6月26日 ( 水 ) 10時 ~ 12時30分
インヴェンション & シンフォニア 11番 g-Moll です
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