音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

■■ 新聞の「音楽」記事について ■■

2007-12-24 17:36:44 | ★旧・感動のCD、論文,演奏会など
2007/9/2(日)

★東京新聞( 07.9.1朝刊)芸術欄「音楽」に

「避暑地の老ピアニスト・ハイドシェック」という記事が、載っていました。

いろいろな意味で考えさせられる記事です。

記事の結論で「いま音楽の世界でビジネス化が進み、一握りのスターが過剰な注目を浴びる。

半面、確かな力を持ちながら過酷なコンサートビジネスの生存競争で、脱落する人や、

そもそもデビュー時から華やかなライトとは無縁の人も多い。」

「スターではなくとも優れた音楽家を招き、音楽と人のつながりを育む

独自のサークルやサロン。

19世紀風のそんな集いが、(略)現代の日本で盛んにならないだろうか。

音楽産業が自らマンネリだと認めつつ『天才』や『巨匠』の演奏会を

量産する現状を変える契機にならないか」とあります。

これは、おおむね的確な現状認識です。


★あえて≪音楽産業≫、≪『天才』≫、≪『巨匠』≫、≪量産≫という言葉を巧みに使い、

【美しい“天才”少女、少年たち、あるいは“巨匠”と称される人たちによる

音楽会の量産、産業化した音楽界】という現状を見事に浮かび上がらせます。


★しかしながら、この記事は冒頭で、エリック・ハイドシェックの演奏を取り上げ、

次のように紹介しています。


★「1936年生まれ、個性派の巨匠だった師匠コルトーの衣鉢を継いで、

楽譜への忠実さより自身の主観を全面に打ち出す。

いわば19世紀風の音楽家で、ベートーヴェンなど独墺系の曲でも

唯一無二の音楽をすることで人気を集める」


★残念ながら、この筆者は、コルトーもハイドシェックも、本当になにも知らないのでしょう。

≪楽譜への忠実さより自身の主観を全面に打ち出す≫。

≪いわば19世紀風の音楽家≫

≪唯一無二の音楽をする≫

この表現にはあきれ果てます。

多分、どこかに書いてあるものを、自己の検証なく、

そのまま孫引きしているのでしょう。


★コルトーにつきましては、ショパンの校訂版が、日本では有名で、

「ショパンの専門家」という誤った認識しかされていないようです。

しかし、日本人が知らないだけで、例えば、ブラームスのピアノ作品への

膨大なコルトー校訂版は、ブラームスの意図を探り尽くそう、という

コルトーの情熱に支えられた楽譜です。

私はブラームスを勉強する際、

必ず、コルトー校訂版を参考にしつつ、原典版に当たります。


★どれだけ楽譜への読みが深く、「恣意的」、「思いつき」とは

無縁のピアニストであるか、大変、よく分かります。


★「コルトーのマスター・クラス」というCDがあります。

バッハ、モーツァルト、ベートーヴェン、シューマン、ショパンの

コルトーの公開レッスン(1954~60、パリ・エコルノルマル)が、

3枚のCDに収録されています。


★このCDを聴けば、校訂楽譜のみならず、レッスンにおいても、

彼がいかに、作曲家の意図を忠実に演奏に反映しよう、と努めていたか、

よく分かります。


★この記事の≪19世紀風≫という言葉の意味が全く、理解できません。

ある種、あざけりの意味を込めているのかもしれません。

感情の赴くまま、テンポルバートをかけたり、単なる思いつきで甘ったるく歌わせる、

そのような自己陶酔する演奏を「19世紀風ロマン派」としているのでしょうか。


★ロマン派とされるショパン、シューマン、ブラームスには、

上記の意味での“ロマン主義”は、ひとかけらもないのです。

いつまでも、このような稚拙な定義の言葉、孫引きの形容詞を使っていますと、

本当の意味での批評は、全く育ちません。

逆に、いい聴衆を育てません。


★私は、ハイドシェックのレッスンを聴講しましたが、

≪作曲家の意図に、どれだけ迫れるか≫、

彼のこれまで71歳のキャリアは、すべてそこに注がれているのです。

偉大な芸術家に対し、たとえ彼らがこの日本語のこの記事を読まないとしても、

決して、決して、発してはいけない言葉なのです。


★この記事は、結果的に、コルトー、ハイドシェックに対し、

根本的に間違った評価を植え付けています。

この記事によって、コルトーやハイドシェックのCDを聴いた人が、

≪自分は、とても素晴らしい演奏だと思うが、

“19世紀風で、楽譜への忠実さより自身の主観を全面に打ち出す”とされている。

しかし、この演奏のどこが、主観的なのか!≫と、戸惑いを覚えることでしょう。

あるいは、素直な人ほど、≪自分の耳がおかしいのかしら?≫と、

自分に対し、自信を失ってしまうことすらありえます。

そして、≪自分にはクラシック音楽は、分からない世界だ≫と

離れていく結果すら生み出します。



★皆さまは、新聞、音楽雑誌の批評や評論を読むより、

まず、楽譜とお友達になってください。

これが、時間を無駄にせず、音楽を真に理解し、愛する最短距離です。


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