音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

■バッハの 「 フーガのテーマ 」 は、完璧な形の苗木のように■

2010-11-18 01:55:44 | ■私のアナリーゼ講座■

■バッハの 「 フーガのテーマ 」 は、完璧な形の苗木のように■
                     2010.11.18  中村洋子


★11月 16日の、第 9回平均律アナリーゼ講座は、いつにもまして、

たくさんの音楽を愛する皆さまが、ご来場くださりました。

11月 25日の、横浜「みなとみらい」での

「 第 1回 インヴェンション・アナリーゼ講座 」 は、既に、

ご予約で満席となり、追加講座を予定しておりますので、

決まり次第、お知らせいたします。


★平均律 1巻 「 9番 ホ長調 」は、短く簡潔な曲であるがゆえに、

誤解されることも、多いようで す。

日本で有名な、箱入りの分厚い解説書では、前奏曲について、

『 インヴェンションふうな曲で、単純で幸福にあふれたハーモニー、

歌謡 3部形式による単純な構成は・・・』 と、記しています。


★この筆者は、インヴェンションを、平均律よりも、

「 短く、簡単で、難易度 が低い曲 」 と、

価値を低く、とらえているように、思われます。

私の考えでは、インヴェンションのほうが、ある意味では、

平均律より、演奏者にとって、はるかに手ごわく、

底知れぬ深さを、もっています。


★バッハは、平均律 「 8番 嬰ニ短調フーガ 」 を記譜するにあたり、

左右のページに、3分の1ずつ割り振り、

最後の 3分の1は、次の左ページに、記譜しています。

そして、その右側のページから、この 「 9番前奏曲 」 が始まります。

8番フーガ最後の 3分の1と、9番前奏曲を、

「 一体の音楽 」  として、捉えて欲しい、

というバッハの、シグナルなのでしょう。


★その理由の一つとして、「 8番フーガは 変ホ短調ではなく、

嬰ニ短調である 」 ことを、 講座でご説明いたしました。

それは、「 調号とは何か 」、「 調性とは何か 」 という

問いに対する、

≪ バッハの解答 ≫ である、ともいうことができます。


★この 「 前奏曲 9番 」 は、 「 フーガ8番 」 の、

エネルギーに匹敵するほどの、力をもった曲である、

と言えます。

「 前奏曲 9番 」 を演奏する際は、必ず背中に、

「 フーガ8番 」 のエネルギーを感じ、それを背負って、

弾き始めてください。

「 前奏曲 9番 」 は、その解説本で書かれるような、

「 単純なハーモニー、単純な構成 」 では、決してないのです。


★そこを、鋭く見抜いていたのが、あの 「 ショパン 」 です。

講座では、この前奏曲のある部分に、たった 「 1 声部 」 を、

私が追加して、実演しました。

そこで流れた曲は、なんと、ショパンの

「 別れの曲 」 そのものでした。


★「 前奏曲 9番 」 が、「 単純なハーモニー 」 ではないことが、

それで、お分かり頂けた、と思います。

モーツァルトも、この 9番の 「  構成  」 を学んで、

彼の傑作ピアノソナタを、生み出している、

ということも、お話ししました。

 1月 25日( 火 )の  「  第 10回 平均律講座  」 で、

それをさらに、深める予定にしております。


★モーツァルトやショパンなど大作曲家は、虎視耽々と、

この 「 前奏曲 9番  」 をみつめ、そのエキスを、

吸収していたのです。


★「 フーガ 」 について、上記解説本は、『 プレリュードの消極的、

享受的な態度に比べ、このフーガは、短い主題のもつ

エネルギッシュな活気と決断とで積極的な姿勢を示している・・・

主題の範囲決定について、いろいろ異なった意見の出る

フーガでもある。 』 と、記しています。


★私には、「 消極的、享受的 」 という形容詞の意味が、

全く、分かりません。

さらに、『 主題の範囲決定 』 として、「 主題 」 は、

『 内声 1小節目から、 2小節目冒頭 E音まで 』 、としています。


★主題を、上記としますと、円錐形に形の整った “ 苗木 ” の、

右半分が、ばっさりと切り取られているような、極めていびつな、

中途半端な、主題となってしまいます。

 

 

★フーガの主題で、最も大事なことは、

「 主題だけで、音楽的なまとまりができている 」 ということです。

声を出して、歌ってみて、完結した一つの歌となっているかどうか、

それが、最も基本的な見分け方です。


★さらに、この解説本は、どこを 「 主題 」 とするかについて、

その他に 3つの異なった意見がある、として、例記しています。

私が、主題と考えていますのは、

「 2小節目 3拍目 E音 」 までですが、それについては、

『 この主題範囲は、主題の和声基盤から

ーー終結的な後尾ではないーー 絶体に認められない。』

と、1行しか記されていません。


★理由らしい理由は、『 和声基盤 』としか書いていませんが、

和声基盤という語は、まず、意味不明です。

『  終結的な後尾  』 も、よく理解できない言葉です。

“  このような言葉の意味が、分からないのは、

自分の理解力が、足りないからではないかしら ? 

バッハは、やはり難しい過ぎるのだろうか ? ”  と、

真面目な方ほど、深刻に、お悩みになるかもしれません。

どうぞ、意味不明な衒学的用語に、惑わされ、

ご自分を、責めないでください。

分からないのが、真っ当なのです。

自信を、お持ち下さい。


★さらに、筆者が主張する、主題について 『  このもっとも短い

主題範囲は、第 2小節めで、男性終止し、和声的にも充実している。

簡潔で、先のプレリュードと対照的に、

短い主題のエネルギッシュな力性、決定的な意志を感じさせる。』

と記し、

自分で和声を付けた主題が、五線譜に掲載されています。

しかし、そこには 「 和音記号 」 は、書かれていません。


★私が、見ましたところ、

「 1小節目 2拍目は Ⅰ 、3拍目は Ⅱ₇ 、4拍目は Ⅴ₇ 、

2小節目 1拍目は Ⅰ 」 と、お考えのようです。

その 4つの和音が、トニック、サブドミナント、ドミナント、

トニック、という最も基本的な和音進行である、ということが、

「主題決定」の理由の 1つと、推測はできますが、

「 2小節目 3拍目 E音 」 までを、主題とすることが、

 なぜ 、“ 絶体に認められないか ” 、

その理由は、全く書いてありません。


★「 最も基本的な和音進行 」 とは、例えば、学校などで、

お辞儀をする際のピアノ伴奏  「 ド、 ド、 シ、 ド 」 で、

聴くことができます。

ド ( ドミソ = トニック )、

ド ( ファラド = サブドミナント )、

シ ( ソシレ = ドミナント )、

ド ( ドミソ = トニック ) です。


★ 「 ド、 ド、 シ、 ド 」 の、最も基本的和声進行に

一致することが、主題を決定する理由となるか、

バッハの主題は、そんなに「単純」なものなのでしょうか?


★ バッハの 「 フーガの主題 」 は、小さいながらも、

美しい樹木の形をしている “ 苗木 ”です。

その苗木が、根を張り、枝を伸ばし、葉を繁らせ、

一つの立派な樹木 = 曲と、なるのです。

主題は、短いながらも、完成しており、

バッハの主題は、皆、そうです。

また、その苗木を見るだけで、将来、

どのような立派な樹木に育っていくか、それが

想像できるものなのです。
 


                 ( 野草の花、千両の実、櫨 )
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